第14話 軍事顧問
民主政府軍監視哨では、巧みな偽装の中一本だけ直に伸びた黒い棒の先に十字が八並び、暗緑色に塗られ木々に溶け込んでいた。民主政府軍の腕章巻いた男が小屋の中で機械に張り付き、電波感知音を今か今かと待っている。入室してくる新たな男が二人いて、片方は若く片方は中年だった。汚れ一つない都会者の背広に徽章が小さく光っていた。火を吐く蛇龍が双剣に護られている形象で、仮想敵国ベルジュ共和国の将兵たちはゲロヘビと揶揄する象徴であった。ズーラン陸軍より派遣された軍事顧問で、身分国籍を表わす物はこの徽章と軍隊手帳、もう一つある。
「あ、ゲートル、まだあったんですか」
中年が出した煙草を見て青年が唾を飲んだ。本国の一般的な煙草であり、S字に渡されたリボンの上に文字が印刷されるデザインだった。リボンは黄色なのだが、古参兵には旧制式巻ゲートルの黄土色に見えてしまいゲートルと渾名されている。煙草の予備を忘れた彼は民主政府兵からもらうジェスタ煙草ばかりを口にしていた。
「やらんぞ。これが最後の箱だ」
「いいですよ、来週になれば好きなだけ喫えます。ここの煙草は辛くて閉口してた」
「労働者の煙草だっていうじゃないか、ありがたく喫いたまえ。辛いのが嫌ならこれをやろう。甘いぞ」
背広の腰ポケットから出したのは平らな煙草箱だった。草花の装飾美しく、中央に王家の紋章、一本出してしげしげと眺めると金のラインに吸口上にも紋章があった。くわえると火を点けてないのに甘く鼻をくすぐる。
「王室の煙草ですね。近衛兵でも殺害したんですか?」
「こちらの兵隊が余ってる。首都攻略した連中が回されてきてもらった」
「じゃあ、もう終わりだ」
王室煙草はゲートルよりも薄い煙が出た。いわゆる労働者階級の煙草より数段上等な味で、燃え方すら上品に緩やかだった。
「革命起こした連中もこれ喫うんですかね」
「ズーラン派の同志は、末端はともかく高級将校は決してやらんらしい。王室にまつわる物全ての破壊を望んでいるからな」
「過激ですね。煙草くらい残せばいい」
「残るか残らないか、今瀬戸際なんだ。お前は終わると言うけど、終わるのは俺たちの任務だけだ」
「ベルジュ派と半々の勢力にまではなったんでしたっけ。我々、放っといて帰っていいんでしょうか」
「同志高級幹部が、我々の本国がこれ以上口を出してくるのは内政干渉だと、かなりオブラートに包んでだが言ってくるらしい。ズーラン派連隊長レベルへの速成軍事教育と参考程度の兵器供給は終わった。やることはやったさ」
「あとは、内戦ですか」
「避けられないだろう」
「我々の軍事介入の可能性は?国境警備隊の予備役召集が始まってます」
「ベルジュの出方次第だ。しかし、彼の国では武力でなく、政策としての経済進出を目論んでいるらしい。ベルジュ政府の息がかかった国策企業に、ジェスタ進出の研究が行われていることが判った」
「国を焦土にさせる道は採らないということですか。だけど、王女を連れてる連中は。あれはベルジュの正規兵です」
青年がトンと灰皿に煙草を叩いた。逆探が鳴るのは同時で、民主政府兵が椅子を鳴らして報告した。
「出ました!今度は相互、内陸からの通信も含まれます!」
「来たか。君の言った側からだな」
「攻撃ですか。ズーラン派の命令では王室関係者全員射殺命令が出てますが、実行しますか」
「君には伏せてあったが、本国からは捕縛命令が出ている。我々の上級部隊は飽くまで本国政府の陸軍だ。軍事顧問所在の場合指揮権がこちらへ移るから、この部隊の指揮官は私だ。よって捕縛にする」
青年は目を丸くして、抗議の色が瞳に浮かぶ。軍事顧問としてだけでなく諜報員としても活動していたのに、今までそんな大事な命令が伏せられていたことに単純な怒りがあった。
「なぜ伏せてあったのですか?おくびにも出さなかった」
「知らせると、君は準備を始めただろう。直前までに察知されると困るのだ」
「準備って?何かわからないけど、悟られるなというならそれなりの行動をしました」
「いいや、君は用意周到だしその時になるとオーラが変わる。許せ。ベルジュ兵は全員殺害して構わん。だが王女近衛兵使用人の攻撃は厳に戒むよう命令を徹底しろ。部隊長中隊長集合」
「腑に落ちないですねえ。伝令!」
外にいた伝令を呼び各隊へ連絡に行かせた。分散配置される中隊への伝令は時間がかかり、灰皿に置かれたままの煙草は長い灰を残して燃え尽きようとしている。青年が吸殻をねじ潰すと紋章がへちゃげて汚れた。
「捕縛する意味は?成功しても、ズーラン過激派の目に留まれば処刑しろと口煩く言ってくるはずです」
「だからさ、君の準備を介して怪しまれないようにしたのは。勝手に血気にはやって、捕虜を取るまいと殲滅戦に移られても困った。王女を迎えに来たのは空軍機動挺進団、つまり空挺の特殊部隊だ。ただの人道的保護とは考えられんだろう。王女たちが何らかの情報を持っているから迎えに来たのではないかね?知りたいことがわかれば民主政府軍に引き渡す」
「ああ、だから自分が呼ばれたんですね。かわいそうに、どの道死だ」
青年は三十前、若くして参謀部の大尉を務めるエリートだったが、捕虜尋問にも功績を挙げた経歴を持つ。彼はいつも持ち歩いている胸の薬品箱に手を添え、自白剤の数を増やさなければと懸念し、小娘相手に使いたくはないが、拷問の手法に思索を巡らせた。
集まった部隊長と中隊長たちに作戦を説明し、いずれも射殺命令をズーラン派の幹部より命令されていることから捕縛に難色を示したが、尋問後はどう扱ってもいいとなだめられようやく陣地に戻った。
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