第5話 ODと紺の群列
「小隊前へ」
「警護隊、出発!」
カノンの方が大きな声だった。それは初めて男の集団と行動を共にする第一歩であるという緊張からでもあるのだが、明らかにジータの隊の方が落ち着いていた。前方を進むのは特務隊、後方を警護隊がフィアスを擁し重い足取り。
男たちは時折振り返り手を振った。警護隊の中には特務隊とある程度の交流を持った少女がいてためらいがちに手を振り返したが、多くは怯えの方が強く並ぶ仲間と指を絡ませ手を握った。フィアスは隣に歩くカノンに耳打ちした。
「カノン、昨晩はどうだったの?」
「どうだった、ですか?」
「ほら、剣術」
「ああ、あれですか!」
カノンは険しい表情を崩し手を打って笑った。何人かの少女が急にカノンを見て、互いに担ぐ少銃をぶつけ合った。
「タミヤ曹長、驚いてましたよ!見直してくれたみたいです」
「そう、言った通りでしょ。あなたたちの剣術は目を見張るものだって」
「えへへ、フィス様のおかげです。なんだか自信が持てました」
「よかった。カノンが暗い顔じゃみんなも心配してしまいますもの」
彼女たちの声を聞きつけた特務隊の一人がゲラゲラ笑った。彼は手を振り上げ仲間と下品に笑い合った。
「おいネーチャン、なんだか楽しそうだな、俺たちも混ぜてくれよ」
「ふん!」
カノンは不敵な笑みで刀帯を鳴らした。その態度の意味がわからずキョトンとしていたら、前を歩くジータが低い声でたしなめた。
「あんまりケンカ売るな。あの子たち、剣は上手い」
「へえ、あんな小娘でも取り柄がありましたか」
「安っぽく笑うなよ、変に自信つけて反乱でも起こされたらどうする」
「はあ」
気のない返事で頭をかいた。確かにフィアスとカノンの会話から警護隊は自信をつけ、急に緊張ほぐれておしゃべりが始まる。ジータには、久々に聞く女たちのはしゃぐ声が鬱陶しかった。
「剣術っても、弾には敵わないよ」
一人だけ毛色の違う言葉、エミルがなぜか得意げだった。カノンは彼女の言葉にむっとして静かな声で反論した。
「どういう意味か、スクナー軍曹」
「だって、そうじゃないですか。弾と剣じゃリーチの差があります」
「敵の懐に飛び込めば弾より役立つ」
「それなら一歩引いてピストル撃つ方が勝ちます」
「あなた、剣術の評価は一番悪かったっけ」
「その代わり拳銃射撃はピカイチですよ」
馬鹿にした目に腹が立った。しかし何も言えず、隊列から離れるエミルを呼び止めることすらできない。エミルは昨晩肩を叩き合っていた特務隊員に走り寄り横からつついた。
「なんだいエミルちゃん」
「ねえ昨日の約束。そっちでも検討されてるんでしょ?」
「ああ、兵器交換のことか」
「そうそう。そうなった時のために、機関銃の使い方を教えてよ」
「いいとも。これは9mm拳銃弾をばら撒く機関短銃だ。強いぜ、32連発だ」
「ふんふん」
エミルは小銃を負革で背負うと相手の肩に両手と顎を乗せにこにこ聞いていた。その姿が羨ましく思ったのか、周囲の特務隊員も我先にと自分の装備を見せびらかす。
「こっちの方がいいぜ、新しいライフルだ。軽量な弾を高速で撃ち出し、機関銃にもなる」
「君たちに重い小銃は苦労だろう、このカービン銃の方がいい」
「うるさいぞ!そこの警護兵、列に戻れ」
ジータが一喝した。一同いきなり黙り込み、特務隊員は銃を肩に吊り直し列を正した。エミルはジータに舌を出すと歩速を緩め班に戻った。
「なにさ、気取っちゃって」
カノンは、ジータにフラれたエミルを見ると、胸のすく思いがした。
半日ほど歩くと森林の切れ目、畑が広がっていた。横に農家が一軒見え、曇り空を背景にジェスタ王国旗が翻っていた。
「どう思う」
茂みに潜み農家を偵察するジータはカノンに双眼鏡を渡した。慣れない双眼鏡でやっと焦点を合わせるカノンはレンズいっぱいに王国旗が揺れるのを目の当たりにし歓喜の声を上げた。
「まさしくあの家は臣民が住んでいるに違いないわ!」
「罠かもしれんぞ」
「そんなはずない!嗚呼美しき我らの王旗よ!」
「住民を見つけてこよう。男物の平服・・・そんな物あるわけないか。エルタ少尉、部下の誰かに平服を着せて住民と接触させろ」
「そんなこと必要ない。味方に決まってる」
「念には念を入れろ。敵は俺たちを血眼で探してるに違いないんだから」
「あの、私行ってきます」
いつのまに後ろに来ていたのか、フィアスのメイドの一人が控えめに手を上げていた。ジータが彼女を見回すと、中型拳銃のホルスター以外は民間人そのもので、動作や雰囲気も軍人ではない。彼はメイドの脇下からホルスターを取った。
「君が一番民間人らしい。これくらいの大きさなら懐に隠し持てるだろう、拳銃だけは・・・いいピストル持ってんな、これは持っていけ」
「は、はい」
「そんな、臣民を疑るようなこと」
「旅の途中道に迷ったとでもなんでもいいから言え。それで、動乱のことと旗のことを聞いてみろ。世間話するようにだぞ、いいな」
カノンの抗議を遮りメイドに彼女自身の拳銃を渡した。腹のボタンを外すと拳銃を入れ、上からベルトで挟んだ。
「じゃ、カノンさん、行ってきます」
「あの、お気をつけて」
メイドはおどけたように敬礼の真似をすると腰をかがめて茂みを出た。カノンは再び双眼鏡を覗き彼女の足取りを見つめた。
「あの子、非戦闘員なのに。こんなことさせて」
「おや、あの家は臣民の住処だから安心なんじゃないのかい?」
「だけど、スパイだなんて。フィス様のお側に仕える者がやることじゃないわ」
「あの子も王女様を思ってのことだろう。それに軍人のお前たちは軍人らしさが抜けない。知ってるか、脱走兵は電車待ちのホームで休めの姿勢をとるからバレるんだと」
「あんたのお国での話でしょ」
「おい、帰ってきた」
メイドはすぐにこちらへ戻ってきた。彼女は老いた農夫の手を引き小走りだった。どうやら王国派の味方であるらしかった。ジータは念のため肩から機関短銃を外し構えた。
「無事だったか。味方か?」
「はい!バリバリの王国派ですって!」
「やっぱり、言った通りでしょ。あっ!」
農夫は茂みに辿り着くとフィアスを見つけ彼女に一目散だった。よもや暗殺を企てているのかと蒼ざめ、特務隊員は銃の安全装置を外した。しかし農夫は、フィアスの足下に平伏した。
「親愛なる王女殿下!」
変な静かさが辺りを支配した。ジータは銃の安全装置をかけると再び肩に吊るした。
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