第4話 兵士
ネグリジェから私服に着替えたフィアスは小屋の前に全員を集合させた。その両隣にカノンとジータが立ち、彼女は特に肩をいからせていた。
「親愛なる我がジェスタ王国民に、非常に苦しいことを告げなければなりません」
少女たちの片手に支える、身に合わない大きな小銃や軍刀の先が震えた。他のベルジュ兵からある程度の事情を聞いた者もいたのか、これから告げられることに予想はついていたようだった。
「我が王国は滅びます。王土のほとんどを占領した反乱軍を他国は支持するそうです。ある条件と引き換えに、亡命の後私たちはベルジュの市民となります」
班長である少女の一人が泣き崩れた。軍刀を逆手に持ち幾度も地面を突き刺した。他の列からも咽び泣くような嗚咽がある。フィアスはそのまま続けた。
「ベルジュ市民となるのもジェスタ民主政府に降り新しい国家で暮らすのも自由です。ですが、自決だけは許しません。これからも皆には、誇り高き王家があったことを末永く語り継いでもらわねばなりません」
その言葉を最後に彼女は黙った。しばし続いた沈黙にベルジュ兵が声を潜めて私語を始める頃、泣き崩れた少女が突如として立ち上がり軍刀を掲げた。
「ゾルギア王家万歳!」
叫びに呼応して少女たちは次々に鬨の声をあげた。皆号泣し振り上げた小銃の銃床がぶつかってもなお万歳が止むことはなかった。
ジータは頬を濡らすカノンを不思議な顔で眺めていた。ベルジュ兵には少女たちを嘲笑する者さえいる。フィアスは感情の解らない暗い色で万歳を聞いていた。
警護隊がベルジュ特務隊の指揮下に入ることが発表されると、少女たちの武装に難色を示す者もいた。ジータも彼女らが儀仗隊程度の武装ともいえない兵器しかないことは承知していたが、改めて所持兵器を知らされると唇を噛んだ。
ベルジュ軍の携帯天幕が張られた小隊指揮班幕舎に、警護隊の武器が並べられる。
「わかっちゃいたが機関銃が無え。我々には機関短銃と自動小銃があるが、分隊支援火器が無いのは痛手だ」
「あなたたちには配備されてないの?」
「あったにはあったが、反乱軍に襲撃された時に銃手が戦死し、混戦になりかけて認識票しか持ってこれなかった」
「曹長殿、嬢ちゃんたちの兵器は、主武装がこれら軍刀とボルトアクション小銃、回転式拳銃と少しの自動拳銃だけです」
「手榴弾は?」
「持ってないそうです」
「ちぇ、戦争にならねえぞ」
「機関銃なら、突撃銃手の持つ機関拳銃が連射の機能を持つ」
「マシンピストルの
「それ博物館で見たことがありますな」
「近代発展博物館だろ。初期機械産業のブースにある」
「まさかあの骨董品が現役とは思いませんでしたな」
ジータと先任軍曹が笑った。カノンは自分たちの兵器が時代遅れと馬鹿にされてることを感じたが、普段扱い慣れ持ち出した武器が儀礼の意味合いが強い物であることも確かだし、ベルジュ兵の軽そうで合理的な機関短銃や自動小銃も現代戦向きであると思わされた。
疲れたように笑いを止めたジータは、何か言いたげにジロジロとカノンを見回した。
「なにか?」
「軍服、他には」
「これだけだ。普通勤務服で、演習などもこれを着て参加する」
「蛇腹の紺服に白乗馬ズボンが?実戦向きじゃないなあ」
「伝統ある後宮守衛衣だ!選ばれた者だけがこの服の着用を命じられ代々女王陛下と王女殿下をお護りしてきた!」
「そう気色ばむな。王宮の中ならいい、だけど野戦には不向きだ」
「くっ・・・」
「曹長殿、色々野戦向きじゃありませんが、できることを探しましょうや」
「何ができるかな、射撃の腕がたしかな者がいるなら、ボルトアクションでも狙撃には重用できるけど」
「聞いてきます。いくらお飾りの部隊とはいえ、射撃教育くらいしてるでしょう」
拳を固めるカノンをよそに、先任軍曹は少女たちの武器をまとめて幕舎を出て行った。小さな空き缶の灯火が煙草の煙に吹かれ、二人の影が揺れた。いたたまれなくなったカノンは、唇を強く噛むと刀帯のプラチナ製グルメットを派手に鳴らして外に出た。
「あの、フィス様は」
カノンはフィアスの小屋に来ると、中型拳銃のホルスターを細い胴に吊るしたメイドに尋ねた。彼女は乾く目をこすり上げ声を潜めた。
「先程おやすみになられました」
「すみません、入れてもらえませんか?」
「しかし、殿下はもう」
「どうしても会わなくてはならなくて」
『起きてるわ。入ってちょうだい』
困惑するメイドの背からはっきりとフィアスが答えた。メイドが振り返り扉を開けると、カノンはわずかな隙間を縫って素早く身を滑り込ませた。
扉を閉め外界から遮断されると、堰を切ったように号泣した。ベッドに座り微笑むフィアスの胸に飛び込む。
「フィスさまあ!」
「あらあら、カノンが泣くなんてよっぽどのことがあったのね。さっき私の話の時も涙を流してくれたみたいだけど」
優しく髪を撫でた。血の登った頭に冷たい手が愛しく、却ってより情けなくなった。禁忌と知りながら、フィアスが不信を抱くかもしれないと自覚しつつ、泣き言漏らすのを止められない。
「フィスさま、フィスさま・・・」
「話してごらんなさい、少しは楽になるかも。あなたが泣いてたんじゃ他の子たちも不安になってしまうわ」
「ベルジュ兵が、私たちのことを馬鹿にするんです」
「馬鹿にするの?」
「武器が古い、役に立たない、軍服も実戦的じゃないって。でもなんとなくそれが正論と感じてしまうんです、彼らの自動小銃や機能的な装備を見ると。だからロクな反論ができなくて、情けなくなって」
「そうだったの。銃器も、たしかにあの人たちの武器の方が戦争できるかもしれないわね。軍服もこんな森林だと目立たない色してる」
「フィス様もそう思いますか?」
「だけど、カノンたちは純粋な心がある」
フィアスは掌で頬を包むと慈悲深い瞳で見つめた。カノンは引き寄せられる軽い手の力を感じ、瞼をそっと閉じるとキスをした。情動が昂り押し倒すようにフィアスに被さると、唇をさらに押し付け強い口づけを繰り返した。臆病に突き出される舌を多少乱暴に吸い、上唇下唇それぞれにそっと歯を置き犯した。フィアスは身体を反らせると白い首筋を晒して、鼻孔からカノンの中が彼女で満たされる。
「・・・申し訳ありません」
「激しいわね」
「きらいですか?」
「ううん、好きよ」
少し乱れたネグリジェを艶っぽく着直した。散々欲の赴くままにフィアスを吸った癖に、カノンは見てはいけない気がして顔を背けた。フィアスは肩を落とすカノンに後ろから抱きついた。耳に何かが被さると思うと不意に熱く、唇と舌が滑らかに絡みつく。カノン一番の性感帯とするところで、耐え切れず逃げようとする頭を捕まえられ、股をぐっと擦り合わせる。
「おかえし」
「もう・・・弱いの知ってて・・・」
「剣を、見せてあげたら」
「え?」
唐突な言葉にベッドに立てかけられた軍刀を横目で見た。黒く長い鉄鞘が月明かりを反射させ、不意に頼もしく心に明かりが灯る。軍刀術なら、対人戦闘を基軸とした教育を受けていた。
カノンは居ても立っても居られなくなり軍刀を腰に吊るし立ち上がった。
「フィス様、ありがとうございます!私たちには軍刀術がありました!」
「やっと元気そうな顔になったわね」
「えへへ、ご心配おかけしてすみません。さっそく行ってきます!」
フィアスに一礼深々と頭を下げると駆け足で小屋を出た。ぶつかりそうになったメイドは首を傾げて開けっ放しの扉を静かに閉めた。
「見せてやるんだから、あの曹長に」
指揮班の天幕からは未だ明かりが漏れていた。手触り悪い防水布を払って中に入るとジータが一人書き物をしていた。彼は突然の来訪にくわえていた煙草の灰を落とした。
「何か?」
「来なさい曹長」
「来なさいとは随分とゴアイサツだな」
「私は将校だ。口を慎みなさい」
「何を今更。へいへい、行きますよ少尉ドノ」
ジータは鉄帽を被り気怠そうにあくびをした。カノンはその態度を鼻で笑い人気のない場所を探しジータを伴わせた。
密林の暗がりにぽっかりと穴が空き、そこだけ月光の恵みを受けている窪地があった。カノンは立ち止まると深呼吸し、背後で煙草に火を点けるジータに向き直った。ライターの火で浮かび上がる彼の顔が憎たらしく、火種を狙い鞘を払った。
「わっ!」
ジータは煙のなくなった煙草を吐き捨てるとそのまま腰の拳銃に手を当てた。ホルスターを開こうとする指に素早く刃を添える。冷汗が顎を伝い戦闘靴の爪先を濡らした。固まったままのジータに誇らしげな表情をぶつけ静かに言い放った。
「見てなさいタミヤ曹長。これが私たちの実戦」
カノンの剣舞が始まる。初めは、これも儀礼用だとタカをくくっていたが、冷汗と震えが止まらない理由があった。様々な形を披露するが、目を凝らして見るとちゃんと対人格闘になっていた。槍を避け一撃を加える、敵の腕を掴み引き寄せ刺突、低い姿勢からの襲撃。
美しい剣舞だった。ジータはすっかりカノンに見惚れていた。
「どう?曹長」
「恐れ入ったね」
感嘆混じりに拍手してやるとカノンは満足そうに汗を拭いた。少し上がった息を肩で呼吸すると、ジータへの怒りはどこやら、嬉しそうに笑顔を輝かせた。口調まで急に柔らかくなった。
「でしょ!これでも私まだ中級くらいなの。隊じゃ下手な方ね。みんな上級者ばかりでもっともっと上手なのよ」
「肉弾戦なんて滅多にないしすることないだろうが、白兵戦くらいなら役に立ちそうだ。拳銃と合わせたらなおさら」
下手なアドバイスを与えるとまた笑った。釣られて笑いかけたが、この笑顔の裏側に真の救援目的を知らされたカノンの形相が頭をよぎった。そして、王女の演説に涙して鬨の声をあげる少女兵たち。
突然暴動を不安した。カノンの感情然り、ベルジュに反感を持つ者が他にいないとは限らなかった。むしろ皆根底には同じ思考があるかもしれない。誰か一人でも暴発すれば、呼応して襲いかかってくるかもしれない。体力と装備に勝るベルジュ兵たちは鎮圧可能だろうが、抵抗の無力化は彼女たちの殺害を意味していた。いや、それ以上に剣を用いて王女を擁し対立することになるかもしれない。常に王女に付くのは少女たちであるから不可能なことではなかった。例え王女が反対したとて、人質にでも取られてしまえば。
「どうしたの?」
急に考え込んだジータの顔をカノンが覗き込んだ。軍刀を認めたことで親近感が湧いたのか無邪気だった。
ジータはカノンの笑顔に、不安な考えは一応頭の隅に追いやることにした。
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