第3話 囚人部隊
銃声が聞こえた。カノンの拳銃と同じ455口径弾の音で、その一発の後に喧騒が起きた。素早くフィアスを離したカノンは瞬時に兵士の顔に戻り、メイドと入れ違えに外に出た。
「何事だ!」
ボルトアクションの小銃を担いで慌てる部下を捕まえ叫んだ。彼女はわなわなと震え森の方を指差した。
「男たちです!大勢の男たちがこちらに!」
「男?反乱軍か⁉︎」
「わかりません。でも、武装した男たちが!」
カノンは拳銃の収められたホルスターに手を添えながら足早に森へと向かった。宿営地の外れでは、部下の班長が件の男たちと対面していた。喧騒はパニックにまでは発展せず、どうやら敵ではなさそうだった。
「あ、隊長。今の発砲、うちの班のヤスガ上等兵が驚いてやっちゃって。すまなくあります」
カノンより二歳年上の、四人一組を班とする第一班の班長が何事もないように笑った。彼女の前には長身の男が見慣れない鉄帽を被って立っており、装備はカノンたちに比べて近代的に見えた。救援に来た隣国の特殊部隊に違いなかった。男は近づくカノンの方に向いた。
「近衛の警護隊長さんですか?」
言葉は通じる。大昔、彼の島国はカノンの国から独立していた。急速な民主化と経済成長を実現させ、今では世界列強の一つだった。
男はくわえていた煙草を捨て踏み消した。片手で肩から提げている機関短銃を抑え踵も合わせず敬礼した。どことなく規律のない態度にカノンは眉をしかめ、しかし背筋を伸ばし踵を鳴らした。
「ジェスタ王国王宮警備隊後宮警護隊、隊長の陸軍少尉カノン・エルタです」
「ベルジュ国空軍第773機動挺進団ジェスタ派遣特務隊、隊長の空軍曹長ジータ・タミヤです」
カノンは王宮でしか軍隊を知らないので、初めて見る機関短銃や近代的な二重鉄帽、防弾ベストにOD《オリーブドラブ》色軍服のまくった袖、頭頂部の鉄帽覆の縫い目から2バックル仕様軍靴の爪先までしげしげと見回した。
冬終わりがけの季節にはちと寒そうだが実用的な装備を前にして安心し、何気なく投げかけた言葉は思いがけない答えを返した。
「特殊部隊ですか、精鋭のようで助かります」
「精鋭だなんてとんでもない、実のところ囚人部隊ですよ」
「なんですって?」
「自分は前から機挺で、他兵科の部下も一応訓練は受けましたがね」
カノンは耳を疑った。この男たちが囚徒であるというのなら、どことなくパリッとしない佇まいや、いやらしくギトギトした眼差しを少女たちに向けることの理由がつけられるというものだった。だがそれ以前に、一国の王女を救出するのに囚人部隊を使うという非常識。
救援に来てくれたという安堵も束の間、警護隊の間では男たちへの不信感が募ってきて、時折かけられる下卑た笑い声に互いに身を寄せ合って耐えた。この怯えの根底には、彼女たちがいずれも容姿教養素行確かなもので、肉親以外の男なぞと関わりを持ったこともないという事実が浸透しているのも原因だった。だが初めにジータを応対した一班班長エミル・スクナー軍曹だけは男慣れした様子で、談笑し男の煙草に火を点けてやったりした。抱き寄せられるようにして肩を組み合うエミルが視界に入り、カノンは唐突な嫌悪感を募らせた。
「スクナー軍曹、離れなさい!」
「隊長、そう邪険にしないでも」
「名誉ある後宮警護隊の誇りを忘れたか!男に触れるなどとは言語道断だ!」
「ネーちゃん、そんなガミガミ言うなや。もう何日も女拝んでないんだ、少しは楽しませろ」
「ネーちゃん⁉」
カノンは怒りというより、そんな安っぽい呼ばれ方は初めてのショックで拳銃に手をかけた。エミルは慌てて男から離れカノンの右手を抑えると猫撫で声になだめた。
「落ち着いてくださいよ。なにもちょっと殿方に触れたぐらいで揺らぐ名誉じゃないでしょう?私たちは彼らに頼るんだし仲良くしといた方が得ですよ」
「そういう問題ではない!タミヤ曹長、部下の罪は?」
「強姦略奪恐喝公金横領、それから犯罪じゃないけど、借金の肩代わりを条件に志願した者もおります」
「貴殿は潔白?」
「自分は政界進出を企む上官のために賄賂などを用意しました。汚い金を用意しただけだけど、皺寄せ食らって罪を被せられました」
「なんてこと、隊長までもが・・・」
急にふらつく頭を抑え、薄眼から見渡す男ども全員仄暗い背中の持ち主であることが、彼の国の国際的な非常識さに疑問を持つことを忘れさせた。目の前に前科者がズラリとしていることに、国際的もへったくれもなくショックだった。
ライターの音派手に煙草に火を点けるジータが溜息吐くように辛口な煙を漂わせた。目に染みる煙を仇のようにカノンがジータを見ると意外と鋭い目が合った。
「少尉殿、お嘆きごもっともであります。実際我々は、自分も含めて総じてクズです。だけど問題は、そんな精鋭でも何でもないクズ共がどうしてこんな重大任務に供されたかってとこですよ」
「え、ええ。そのとおりよ。王女脱出亡命という最重要任務に!」
「答えは簡単、重要任務じゃないからですよ」
「え?」
「まずは王女殿下の許へご案内ください。それから説明します」
フィアスはネグリジェに着替えて急ごしらえのベッドに座っていた。私服に着替えるのを待つようにメイドとカノンが止めるのにも関わらず、ジータは彼女の前に出て敬礼した。
「失礼します。フィアス王女殿下救援を命じられたベルジェ国空軍ジェスタ派遣特務隊の空軍曹長ジータ・タミヤであります」
「ジェスタ王国王女のフィアス・ネル・ゾルギアです。寝間着のままで失礼いたします」
「結構であります。この度我々が派遣された故と脱出についてご説明いたします」
「お願いします」
「まず、はっきりさせておきたいことがございます。我がベルジュ国政府は、反乱を起こしたジェスタ民主政府と交渉を行うこととなりました」
「宣戦布告かしら?」
「いえ、和睦であります」
思いもよらないことだった。隣国であるベルジュは、きっと王室の立場を支持してくれるだろうとカノンたちは信じていた。反乱軍との和睦交渉は、王室と敵対することを意味する。
「・・・どういうことかしら」
「政府以下国民においても王室政府の立場は支持しません。私は政治に詳しくないので細かいことは申し上げられませんが、現代においても封建的であるジェスタ王室政府は国際的にも快く思われておりません。むしろより民主的な民主政府の方を支持する声が大きいのです。領土のほとんどが民主政府の支配下に入った今、国内国外情勢によって我が国も民主政府支持の立場をとることとなります。声明の発表はまだですが」
「待って!フィス様はベルジュでも人気があるのでは?フィス様がベルジュへ訪れた時多大な歓迎を受けたし、以降も多くのベルジュ国民がフィス様を敬愛していると聞いています」
カノンの訴えにジータは明らかにせせら笑った。不快な笑いに彼女は顔を赤黒く染めた。
「そうそれ、そこなんですよ、少尉さん。フィアス王女殿下は我が国ではアイドル的な人気があります。以前の訪問の時、多くの国民がこの美しく瀟洒な王女様のファンになった。時間が許す限り国民に優しい声をかけてくださったし印象がいい。それは今でも変わらない。でも、だからといって王室と政府そのものを敬愛しているわけではないのです」
「では、なぜ私たちの救出に出向いてくれたのですか。タミヤ曹長」
「国民感情的に王女殿下の保護だけは望んでいること。しかし、それだけでははっきり言ってくだらない。もう一つあります」
急に無礼になったジータ、一度図嚢から命令書らしき書類を出して目を通すと口元を歪めた。
「未開発鉱山資源および地下天然資源についての情報をお持ちでしょう?我が政府としては、戦後ジェスタに経済進出を行うつもりです。実は王室政府より王女亡命の打診があった時、秘密の資源情報を王女に託していることを救出の見返りとしたのです」
「フィス様、本当なんですか⁉︎」
フィアスは小さく頷いた。カノンはジータを押しのけ彼女の足下にひざまづくと、強く手を握られピクリとも動かない瞳を見つめた。
「確かに、秘密資源の情報は私の頭の中にあります。だけどそれと引き換えの救援であるとは知らされませんでした。お父様、通りであの国立公園についてひどく教え込んだのね」
「ま、裏ではそういうことになってます。とはいえベルジュは飢えておらず経済発展も顕著。最悪その土地が手に入らなくてもいいんだろうけど。だから我々はどうでもいいような囚人部隊です」
「結構です。私と引き換えに従者と警護隊が保護されるなら」
「貴女と引き換えというより、助かってほんのちょっと我が国に貢献してくだされば、貴女も含め皆さんは一市民としての生活が保障されます」
カノンは目を剥いてジータに掴みかかった。王女が他国人の干渉によって都合よく利用されるのが我慢ならなかった。また、王女が一市民となることは王室に関わった者として尊厳の崩壊も同じだった。
「今すぐ帰れ!卑怯なベルジュの手は借りない、私たちは私たちでフィス様をお護りし王女として受け入れてもらう国を探す!」
「馬鹿!それどころじゃない、あんた達の儀仗隊程度の兵器で何ができる。受け入れ国を探す?笑わせるな、政治家もいないくせして!」
カノンを突き放すとポケットをまさぐり小さい小判形のアルミ板を出した。軽い金属音が鳴る三つのそれは、カノン達には馴染みのない認識票だった。
「助かってもらわなきゃ困る。ここに来るまでに三人死んでるんだ。遺体の回収もできなかった。あんなクズでも俺の部下だ。せめて、生き残った連中だけでも真っさらな身で帰りたいんだ」
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