ピグマリオンは夢を見るか
筒井井筒
第1話 その夜は少し暑くて
冷房の効きが悪いのはいつものことだけど、その日は運悪く熱帯夜の予報だった。汗滴が頬を伝う感覚が、俺を幻から引き上げさせた。力尽きたようなエアコンの唸り声が、まどろむ脳内をかき混ぜる。
―――どうせ、直らないなら………、朝まで切っとくか………。
一人暮らしの六畳間は窓を開け放しても一向に涼しくはならないのだが、閉め切っていたところで温度は下がりそうにない。ベランダのガラス戸をカーテン越しに引っ張る、この二年間の夏場に何度か繰り返した行為だ。暗闇のまま俺は手を伸ばした。
早く寝たい。一昨日から昨日にかけては大学の悪友と一晩中雀荘に詰めていたし、そのせいで溜まったレポートを片付けていたら、寝るのが2時を過ぎてしまった。明日も一限から大学に出なければ………なんて思うと、少しでも睡眠時間を稼ぎたかった。
―――うん?
ベッドから伸ばした手のひらは、いくら振ってもベランダの扉に当たる気配がない。たった五十センチの距離が、ひどく遠くに感じる。さすがに違和感を感じて、俺はむくりと起き上がった。
そして。
「………は?」
豆電気球の褐色に照らされた部屋は、いつもの見慣れたワンルームではなかった。昨日散らかしたコピー用紙の束や、飲みかけの酒缶はその一切を消していた。代わりに明かりに浮かぶのは、整頓された勉強机、まだ何も入ってないカラーボックス、新品のエナメルバッグ、それに数年前までやっていたテニスのラケットケース。
そして、いつの間にかエアコンの唸りは聞こえず、閉じたカーテンの裾からは、東雲の光が漏れていた。
明かりをつけなくても、寝起きの頭にでもわかった。十八年生活した場所―――ここは、実家の俺の部屋だ―――。
ピグマリオンは夢を見るか 筒井井筒 @tsutsunonaka
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