授業が開始した日

今日から普通に授業が始まった。

とはいえ、新学年になって最初の授業だから説明ばかりだったけれどね。


全ての授業もHRホームルームも終わったので、僕はさっさと部室に向かう。

あ、その前に職員室で鍵を貰ってこなきゃ。


鍵を開けて部室に入る。そのままドア付近の、取って付けられたようなフックに鍵の束をひっかける。

部屋の真ん中をぐるりと囲むように4つの折り畳み式の長テーブルを配置し、そのうちの1つに鞄を置き、そこにパイプ椅子も開いた。

僕はそのまま椅子に腰をかけて鞄に顔をうずめた。


この机の配置は1年の時の入部当初からそうなっていたので、掃除とかで畳んでも結果的に気づいた人が戻すことが僕達6人の中での暗黙のルールになっていた。



さて、天文部とはいえ毎日夜まで残っているわけじゃないし、ましてや明るいうちから屋上に行くことは……ないことはないけど、普段はあまりない。

じゃあ普段は何をしているかっていうと、

主に僕は読書、勉強、あとはおしゃべり(ほとんどこれだけど)。

音狐ねこは部活動の日誌をまとめていたり、活動報告書を書いてくれたりしている。

門正かどまさ君は大体ゲーム。あとは皆にちょっかい出したりしてる。

夏納かなさんは絵を描いてる。想像して描いてる絵もあるみたいだし、屋上に上がって風景画描いてる時もあるかな。

夜緑よみさんは悪魔降臨デビル・コールの儀式とか、対魔獣結界の張り直しだとか、あと新しい魔術の開発とかをしている。

矢廻よわり君は授業で出された課題とかをやってるけど、たまに夜緑さんのやっていることを手伝っているみたい。



今部室に1人の僕は、例によって本を読み始めたところだ。

と、読み始めて間もなく夏納さんがやって来た。


「おはようであります!ハル殿!」

「よー。」

「まだハル殿だけなんですね。」

「うん。誰か見た?」

「いえ、他のクラスのことは……」

「そっか。」


そんなやり取りをしながらも、夏納さんは大きなスケッチブックとイーゼルをロッカーから取り出して、それを立てて鉛筆でなにか描き始めた。これもまた、いつもの光景だ。


それから5分くらいたったあたりで、他の4人が一緒に入ってきた。


「あれ?東晴早いね。」

「おおっ虹の精が既にいるなんて珍しいな!」


音狐と夜緑さんが驚きの声を上げた。


「そんなに驚くことかな?」

「そうだろ。」


僕の疑問に短く答えた門正君は、その流れでカバンからゲームを取り出して起動していた。


「門正君には言われたくないよ……」


僕はそう漏らしながら、読んでいたページにしおりを挟み本を畳んだ。

そして部室を見渡し、


「新入部員、どうする?」


と訊いてみた。

各々が自分のやりたいことをやっているので、この言葉が耳に届くか怪しいところだったけれど、全員の視線がこちらに向いたのでどうやら聞こえていたみたいだ。


「自分は……このままの方がいいですけどね。」


真っ先に口を開いたのは夏納さん。

さらに意図してはいないのだろうけど、それに重なるような感じで、


「ヨミは眷属けんぞくが多い方がいいけど……それよりみんなと一緒に居たいというか……。」

「ここの居心地が悪くなるならオレは増やす必要ないと思う。」

「俺も、このままがいいかな……。」

「あんまり門正に同調したくないけど、今回ばかりは私もこのままでいいと思う。」

「4:0、か……。」


頭のなかで数値にしたのを口に出すと皆の意見の片寄り具合が、よりいっそう分かる。これは僕だけが感じた……というわけではなさそうで、部員全員が大きく頷いていた。しかもみんなほぼ同じタイミングだし。変なところでシンクロ率が高いのは2年になっても相変わらずってとこかな。


「みんな、新しい子達を迎え入れる気は無いってことでOK?」


みんなを再度見渡して、そう問いかけた。


「アズマの方こそ自らが使役可能なしもべを増やしたいという願望は無いのか?」

「え、僕が?」


突然の質問返しに、返す言葉が見つからなかった。僕としてはみんなの意見をまとめてどうにかしよう、と考えていたから……と言っても一応決めてはいるんだけどね。


「僕もこのままがいいかな。」


静かに自分の考えを伝えた。

僕としても、今の状態で居心地がいいのは確かだし。

それをフォローしてくれたのかは分からないけど、


「そ、それに、眷属集めは他の場所でもできるからな!その時は手伝ってもらうぞ、協力者パートナー。」


夜緑さんは、矢廻くんにそう振った。


「俺!?まぁいいけど。」

「いいの!?……思ったけど矢廻って意外とノリいいよね。」

「そうだな、少なくとも音狐よりはな。」


門正君はまた一言余計なことを言う。

まあ、これがないと門正君じゃないけどね。


「ゲームしてる奴に言われたくないんですけど。」

「……できた。」

「って、この環境で絵を完成させたの!?」


そしてマイペースを貫き、絵を完成させた夏納さんに対して音狐がツッコミを入れた。

夏納さんは小さく頷いた後、その絵を見て笑ったように見えた。満足のいく絵が描けたのかな?


「失礼しますよっ……と。」


ワイワイやっていた僕らの部室に、扉を開く音が響く。

僕たち6人は、突如現れた侵入者の方を見て一瞬、固まってしまう。


「……ごめん、邪魔しちゃったかな?」

「……なんだ、そうセンか。」


申し訳なさそうにする侵入者を見て、門正くんがほっとしたように呟いた。それがきっかけで、みんなもため息をつき出す。もちろん僕も例外じゃない。


「でも先生が2日続けて部室に来るなんて。」

「いや、一応天文部の顧問は僕なんだけど……。」

「そういえばこの部活にも顧問、いたんだっけ。」


さらに縮こまって小さな声で答えた蒼星そうせい先生に、門正君がトドメを刺した。

……でも、去年ほとんど部室に顔を見せなかったのは先生の方だし、仕方ないかな。

ま、そのお陰で色々自由にやらせてもらえるんだけど。


「って、そうじゃないよ!天文部に用があったんだ。東晴君、去年部活で星を見た回数は覚えてる?」

「えーっと……3回?」

「そうね。夏休みに2回とクリスマスに1回……ですよね?先生。」

「うん、その通り。」


僕が曖昧な記憶を頼りに出した答えは合っていたみたいだ。


「……そういえば俺、この部活に入ってから1回も星を見る活動してないな。」

「あはは……ごめん。」

「いや、アズは悪くない。俺も何も言わなかったし、それに毎日楽しかったのは本当だしな。」


矢廻君はそう言ってくれたけど、僕の部長としての意識が低かったのは確かだし……。

何より矢廻君に申し訳ない。


「えーっとそれでね、ちょっと『天文部』としての活動が少なすぎるんじゃないか……って上から言われて。」

「ま、当然ね。」

「それで『これからは、最低でもひと月に1回は活動報告を出さないと即廃部にする』って決まっちゃったんだよね……。」

「それも、当然ね。」

「だから……はい、これが報告書。無くなったら僕に言ってくれればいくらでも渡すからね。」


そんな言葉と大量の紙を残して、先生は部室から出て行ってしまった。

……でも、これは活動を見直せるいい機会だ!


「でも、いい機会じゃない?むしろ今までが甘すぎたわけだし。」


なんて声を掛けようとしたら、音狐に先に言われてしまった。


「じゃあ早速、今週末に天体観測しよう、ね!?」

「なんだ夜緑、いつにも増してノリノリだな。」

「なに?闇の死者よ、その名を持ちながら夜というものに心の一つも踊らないのか?」

「そんなの……逆に訊くが、オレの胸が高鳴っているのが聞こえてないのか?」


門正君と夜緑さんは……楽しみにしてるってことでいいんだろうか。

っと、それ以前に。


「ちょっと待って、まずみんなの予定を聞かないと。」

「俺は何の予定もないから、いつでも見に行けるぞ。」

「自分も今のところは……大丈夫です!」

「私も特に用事はないし……夜緑と門正は?」


いまだに何か話し続けている2人に、音狐が声を掛ける。

すると即座に議論が止まり、


「行くに決まってるだろう!」

「右に同じく。」


と返ってきた。

……予定を聞きたかったんだけどな。


「「何の予定もないしな!」」


心を読まれているのだろうか……しかも何故、そこで声が揃うんだ。

もしくはちゃんと話を聞いていてくれていたのか。

ま、とにかく6人全員で活動ができるってことなら……。


「とりあえず、今週末に活動できるか先生に訊いてくるね。」



すぐさま職員室に向かい、先生に今回のことを伝えたところ、二つ返事で許可が下りた上に「もし合宿をしたくなったら、遅くとも一週間前に許可を取りに来てね。」と言われた。

……合宿か。あのメンバーでやるの楽しそうだし、いつかはやってみたいな……。



「許可、下りたよ!」


部室に戻った僕がそう伝えると、部員のみんなが一斉に笑顔になる。

良かった……。


「さて、とはいえもう遅い時間だし……今日は帰って、明日の部活で色々準備しましょ。」


音狐の一言で、みんな一斉に窓の外を見る。

既に空は赤を通り越して、若干暗くなり始めていた。


「もうこんな時間か。時が経つのは早いな。」

部室ここに居ると余計にな。」


夜緑さんと矢廻君がしみじみと言うと、言葉に出さなかったものの、他の部員も大きく頷いた。

みんな、同じように感じていた……なら、後悔しないように思い出をたくさん作っていかないとだよね!


「おい、東晴。カギ、閉めちまうぞ。」

「えっ……」


門正君の声にハッとして辺りを見回すと、部室には僕の影しか残っていなかった。

ボーっとしていて気づかなかったけど、いつの間にかみんな、帰り支度を済ませていたみたいだ。

僕もさっさと荷物をまとめて部室を出ないと。


「じゃ、今日はオレがカギ返してきてやるよ。」

「……ハル殿。本日の鍵当番は誰でしたっけ?」

「門正君だよ。」

「だ、そうだぞ、カド。」

「ぐぬ……ぅ。」


みんなから言われた門正君は、とぼとぼと職員室に向かった……行くのがそんなに嫌なのか……。っていうか、自分で閉めた時点で絶対分かってたよね。



「やっと来た。」


昇降口、門正君の姿を見た音狐が小さく呟く。


「遅いぞ、闇の使者!」

「っせ!ちゃんと廊下を歩いてきたんです~!」

「また、極端にゆっくり歩いてきたのか?」

「……いや?そんなことないぜ。」


返答までの微妙な間。

誤魔化すの下手っぴすぎるよ、門正君。


「もう、ほら!みんな帰るぞ!」

「言われなくてもそうしますって。その為に待ってたんですから。」

「そ、そうかよ。」


夏納さんが笑顔でそう伝えると、門正君は恥ずかしそうに顔を背けた。


なにはともあれ今日も6人で帰るのだ。

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あますみわたり 虚天使ニジ @kumo27ame

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