第113話クロント王国三都市同時侵攻戦ⅩⅠ

 「その剣をこんな下らねぇ事の為に使ってんじゃねぇ!」


 大けがしたのか、酷い出血の左腕を抑えながら叫ぶバロック。

 バロックの突然の奇行にギルドへの避難に同行していた冒険者も慌ててその場に姿を現した。


 「あ? 何言ってんだ?」

 「それはこの俺がお前の為に打った剣だ! 俺はこんな事をする為に作った訳じゃねぇぞ!」

 「…見間違いだろ。世の中どれだけ同じような作品があると思ってんだ? 剣を作ってんなら見極められるようにしとけよ」


 一切取り合う姿勢を見せずそのまま横を素通りしようとした。

 しかし。

 

 「放せ」

 「放さん! これ以上俺が作った物でこんなことをさせるわけにはいかねぇ!」


 全身に怪我を負っているはずなのだがそれを感じさせない力でセリムの腕を掴むバロック。

 そこには鍛冶職人として剣に込めた想いがあった。

 鍛冶職人は武具を作るだけで使用する者は選べない。もちろん買われた武具はどのような使い方をされるのかも。だが、目の前に自分が作った物があってそれが人を不幸にする為に使われているのを見れば思うものがある。

 バロックは長年鍛冶職人として過ごしてきた中で、セリムの事は強く記憶に残っていた。

 まだ十代、やっと大人になれたかどうかいうレベルの少年が都市防衛戦で活躍したのだ。それもAランク指定されるモンスターの討伐を単独でなした。その上その素材を自身の工房に持ってきて装備を作ってあげた。

 忘れるわけがない。

 都市を救ってくれた恩を込めて作った剣を。

 見間違える筈がない。

 思考錯誤してセリムの為に作り上げた剣を。

 だからこれ以上その剣で罪を重ねないでほしかった。


 しかし――


 セリムへ想いは届かない。

 掴まれた腕を振るいバロックを投げ飛ばした。状況がイマイチ理解できない冒険者だったが咄嗟に飛び込んでカバーに入る。ザザザァァと地面と瓦礫とで擦られた身体は一瞬で傷だらけになった。


 「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。そんなにこのガラクタがお前の物だっていうならくれてやるよ」


 言葉通りゴミでも扱うかのように投げると言う雑な渡し方。既にセリムがその剣に何も想いが無い事を如実に表していた。バロックはそれがそれが寂しくもあり、嬉しくもあった。

 もう使ってもらえないこと。

 そして、

 これ以上この剣に不憫な想いをさせないで済む、と。 

 さっそく剣を回収しようと手を伸ばしたバロック、ドスッとその手が踏みつけられた。と思えば自身を受け止めた冒険者が後方へと吹き飛ばされていた。セリムが足を踏むと同時に第二次職業専用スキル"空拳"で吹き飛ばした。

 

 「そういや、お前に聞きたい事があんだよ」

 「…な、何だ…」

 「鍛冶師を探してんだ。これから先必要になると思ってな、こちら側に来る気はあるか?」


 手を踏みつけながらする問いかけではない。

 そもそも今までやって来た事を思えば普通なら絶対に断られる。どこの世界に勧誘時に手を踏みつけてする輩がいるのか。だが、ここは弱肉強食の世界。圧倒的な強者であるセリムがここにいる者全ての命を握っている。


 「それは、俺に人殺しの手伝いをしろ、と?」

 「間接的にでも人殺しに加担するのが嫌だってか? だとしてももう遅せぇんだよ。世の中殺す事と無縁の人間なんぞいやしねぇ。それが人かそれ以外かの差異だ。人ってのは生まれながらにして生き物を殺してる。それが生きている間ずっと続く。だから今更聖人ぶった所で意味何かありゃしねぇぞ」

 

 論点を人殺しからただの殺しにずらした話しにバロックは「そんな話しをしたいんじゃない」と不満をあらわにした。


 「俺が、鍛冶職人になったのはなぁ、この世のために、誰かを守る奴の為にだ。お前のように誰かを傷つける奴に協力する為じゃねぇ」

 「…つまり仲間にはならないと」

 「あぁ…」

 「…付与術師。この世界じゃ結構レアな職業らしいな」


 いきなりの話題転換に訝しげな顔になるバロック。


 「何事もそうだが物事には習熟度ってのがある。スキルもそうだが初見のやつよりも使い慣れた奴の方が効率的に扱う術を知っている。別にお前が誘いを断ろうと俺にとってはスキルを奪えば良い話だ。多少時間は掛るだろうが鍛冶師として物を作れるようになる。だから前の決断なんぞ無意味だ」


 「分かったか?」と言うと腕を上げた。

 バロックは勘違いしていた。

 ここで死ぬのだとしても協力しなければ人殺しに加担しなくて済むと。だが、セリムが持つ神敵スキル"神喰ゴッドイーター"はスキルを奪う事が出来る。

 奪えると言う事は自身が持つスキルがセリムの目的の役に立てられるということだ。

 セリムがスキルを奪えると言うのを知らないバロックだったがここで嘘を吐く意味もない。

 絶望にも近い感情が芽生えた。

 ここで拒否すれば間接的であれ協力しないで済むと思って言ったのが崩れ去った瞬間だった。

 

 「じゃあな」


 右手に嵌められたリングが光る。すると右手に粒子が集まり黒い大剣が姿を現した。

 黒を基調とし血管のように巡らさせた紫色の線。紫の線は発光している。

 このような状況だと言うのにバロックは鍛冶師の好奇心か、見た事もない剣に眼を奪われた。


 「何だそれは…」

 「…エルディゴ国のドワーフに作らせたヒュドラの大剣だ。こいつを実際に使うのはお前が初めてだバロック。光栄に思いながら死ねよ」



 黒と紫の線を浮かべた大剣が振り下ろされた。

 肉に食い込んだ瞬間、大剣の重量も相まって一気に肉を断ち切り引き裂く。後には悔しそうな瞳をした半身の死体が二つ。

 完成して間もない黒い煌きを放つ大剣に満足そうに頷いたセリムは、地面に突き刺さった帯電の大剣にも大剣を振るった。バギィンと見ざわりな音を立て折れる大剣――帯電だ。

 さすがはSSランクモンスターのヒュドラだろう。

 それから周囲に居た冒険者を始末するとセリムとルインは人気がありそうな場所へと踏み出した。

 

 


 岩を砕く音と地面が盛り上がる音、そして哄笑がその場には響いていた。

 辺りは一面抉られたように盛り上がった地面と槍のように突き出たものが占めている。

 まるで天然の迷路のように作られた岩を掛ける影が一つ。前後左右へ緩急付けた動きと変則的な動きで相手のペースを乱す様は戦い慣れたもののそれだ。

 銀色の髪からは銀の獣の耳が、臀部からは同色の尻尾が生えている。それらが風に揺らしながら動くのはエドガー・ライネルだ。


 「どうしたぁ!? パラケルスス! この程度かテメェ力はよぉ!」


 獣人としての高い身体能力を遺憾なく発揮した縦横無尽な動きに異常な膂力。土魔法よりも発動速度の速い錬金術、それで途中まではパラスの方が優勢に戦えていた。だがエドガーが狂獣化を使った途端それは覆った。

 銀色の毛が全身を覆い、立派な狼男になったエドガー。爪の牙も肉体の頑強さもさることながら敏捷性もあがった。二足歩行と同時に四足歩行も可能になり、変則的かつ獣として繊細な動きを繰り出す。

 岩を紙きれのように容易に切り裂く攻撃力、咆哮ですら攻撃力を持ちパラスを吹き飛ばした。


 「はぁ はぁ… まいったな、こりゃ。アハハ」

 「殴られ過ぎてイカれたか?」

 「いや、そうじゃないよ。感心したんだ」

 「あ?」


 やはり殴られ過ぎてイカれたのだろうか、エドガーは意味が分からず眉を顰めた。


 「まさかこんなに強い人物が相手側にいるとは思ってみなくてね。ボクとしてはもう少し楽な戦闘になると予想していたんだけど… どうやら目算を見誤ったらしいね」


 見た目相応の覇気のない笑みを浮かべながら倒れている女性の下に移動するパラス。

 女性は既に事切れているのか動かない。その人物の胸部に手を当てる。普段ならだらしなく顔を緩ませるが今は厳しいままだ。

 ふにゅりという柔らかい感触を余所にパラスは謝罪の言葉を口にした。


 「ごめんね。勝手に使っちゃって。でもボクはここを守らないとだから… 禁呪のサクリファイス・フルーフ

  

 女性を中心に光の渦が立ち上る。女性は一度激しく痙攣すると全てを吸い取られていくかのように身体が光に溶け始めた。

 光がパラスに降り注ぐ。

 後には女性の服だけが残され、光を吸収したパラスは先程までに比べて生に漲った顔つきになっていた。

 舌打ちと共に一気に加速するエドガー。今までのパラスならば到底反応できない速度だ。

 人など一撃で殺す鋭利な爪撃の貫手。パラスの心臓が貫かれた。

 だが――


 「ガハッ いきなり、とは随分と余裕が… ないものだね」


 吐血しながら平然と喋るとエドガーの肩を掴み、ひざ蹴りを繰り出した。

 人間にしては重いが狂獣化状態のエドガーにとっては些細な差だ。その筈だったのだが――


 「うっ」


 予想外に重い一撃に身体が浮き上がった。その一瞬、地面から新たに錬成された土槍が襲い掛かる。

 咆哮を轟かせ槍を砕くと一旦距離を取った。

 後退したエドガーを見送るとパラスは新たに死体がある場所まで走る。その時には胸に空いた穴は何事もなかったように塞がっていた。

 先程と同じように禁呪のサクリファイス・フルーフを発動した。光の粒子が身体に吸い込まれていく。

 

 「禁を犯すのを構わねぇってか」

 「こんな惨状を作り出した君には言われたくないねぇ」 

 「ッチ」

 

 舌打ちするエドガー。原因はパラスが使ったスキルだ。

 禁呪のサクリファイス・フルーフ

 錬金術師から進化する三次職、創造主の専用スキル。

 この世界において幾つかのスキルは禁忌指定されているものがある。理由としてはあまりに強力だったり生を弄ぶからだ。その内の一つが禁呪のサクリファイス・フルーフ

 相手の命を奪い己にストックとして蓄えることが出来る。効果はそれだけに及ばず、最大四つまでのストックが可能(自身のものも合わせて五個の命になる)。

 殺しても他の命があるうちは真っ二つにされようが首をはねられようが死なない。まるで夢であったかのようにストックだけが減るだけで傷は残らない。


 「ップ。調子こくなよ。たかが命が増えたくれぇでよ。直ぐに刈り取ってやるよ!」

 「怖い怖い。でもボクもそう簡単にやられる訳にはいかないんだよね。だから精一杯抵抗させてもらうよ」


 エドガーが駆ける。二足ではない。四足でだ。

 地面から繰り出される岩槍を掻い潜り爪を振り上げる。

 一閃。

 ボトリとパラスの腕が落ちる。痛みに顔を顰めるも直ぐに反撃、残った腕に錬成で作り出した巨大な岩の剣を握る。遠心力を使い豪快に振り回した。


 「ガァァァァァァァァァ!!」


 正面から受け止めるエドガー。

 咆哮により徐々に剣の結合が緩くなりヒビだらけになる。それを錬成で再度構築し直す。

 互いに一歩も引かぬ攻防だがエドガーの方に軍配があがった。岩剣は完全に停止した。

 パラスは剣を放すと距離を取ろうとした。そこへエドガーの咆哮が圧倒的な威力の一撃なりて到達。岩剣を貫通させ、まるでミサイルの如く貫通力のある一撃だ。当然人間などひとたまりもない。腹部を貫かれた。

 

 (もうストックが…)


 ストックが一つ消え残るは自身の命だけとなった。

 パラスはエドガーと正面切って戦った場合分が悪い。獣人のポテンシャルの高さについていけないからだ。だからストックを作り攻撃を喰らうこと前提でやることにしたのだがそれでもまだ足りない。

 腹部の穴と腕の傷が夢であったように消える。着地したパラスはストックなしに戦うのは自殺行為だと逃げの一手を取った。

 だが。

 当然逃がす訳の無いエドガーは追う――


 「あぁ!?」


 跳び出したエドガーは横からの衝撃で吹き飛ばされた。

  

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