第112話クロント王国三都市同時侵攻戦Ⅹ

 (な、何だあれはっ!?)


 双眼鏡の如き遠くを見る事が出来る魔道具で外の様子を窺っていたテセウスは顔に驚愕を張り付け、冷や汗を垂らしていた。

 双眼鏡で見た先、そこに映っていたのは白い髪に白い仮面の人物。その人物が王都から派遣された槍聖騎士団の面々をボロ雑巾のように扱う光景だ。

 普段、というかまったく戦闘をしないテセウスだったが、その人物には危機感を抱かずにはいられなかった。

 小物故の生存本能か。

 兎も角、誰もまったくと言っていいほど歯の立たない存在が自身が居るここに近づいてきている。

 恐怖した。

 周りにいるのはコネ入団したものばかり。クソの役ほどにも立たない存在だけだ。護衛として副隊長の男だけは残っているが、白仮面の人物と戦わせてどれだけ持つかは分からない。

 こんな事になるならばもっと数を残しておけば良かった。

 時間さえ稼げれば冒険者ギルドから援軍なり逃げ込む時間を稼げた。

 今更になって後悔に駆られた。

 全ては後の祭りだ。


 (ど、どうすればいい… どうすれば…)


 近づいてくる白仮面の人物。

 その足取りは真っすぐにこちらに向かっているわけではなく、フラフラと寄り道しながらだった。だからまだ余裕もあるし、ここに来ないという可能性もあった。

 それでも一度危機を覚えてしまえば生来の性格ゆえ、テセウスは直ぐに逃げ出す事しか頭になくなった。

 一番大事なのは自分の命。それ以外はどうでもいい。

 直ぐに逃げる場所の選定に入る。


 (そう言えば、冒険者ギルドが避難所になっていたな)


 副隊長から聞いた情報を思い出すテセウス。

 冒険者ギルドならそれなりに戦力もあるだろう。平民に頼るのは嫌ではあったがこの際仕方がないと割り切った。

 

 「おい、お前ら」

 「な、何でしょうテセウス様!?」

 「私は冒険者ギルドに退避する。付いてこられる者だけ付いて来い!」


 取り巻きたちは戸惑いを浮かべた。

 こんな状況の中で外に出るのは自殺のようにしか思えなかった。

 

 「こんなところに居ればいずれは死ぬ! その前に戦力のあるギルドへ行くと言うんだ!」

 「で、ですが! テセウス様は先程冒険者を派遣してもらうように仰っていたと思いますが…」

 「それでは間に合わないかもしれないから移動すると言っているんだ!」


 苛立たしげに肘掛を叩くと外の景色を眺める。釣られて眺める取り巻き連中。

 段々とこちらに接近してくる爆発音に土煙。

 唯一双眼鏡を持っているテセウスだけがその原因を見ることが出来る。その為に取り巻きたちはあまり焦りがない。


 (鈍感なアホ共がっ!)


 双眼鏡を投げて渡すと見ろと指図する。

 一人ずつ双眼鏡を覗いていく。

 途端。

 外の様子を確認した取り巻きたちは慌てだした。

 

 「理解したらさっさとしろ、鈍間共!」




 騎士を、正確には騎士らしき者達を見つけ次第皆殺しにしていくセリム。

 足を止め視線を横に向けた。

 そこは大通りだった。

 騎士を殺すたびにジグザグ動いていた所為で小道に入ったりしていた。それが今、手に握っている騎士を追い掛けて大通りに出ていた。  


 (うじゃうじゃと)


 大通りは名の通り大きな通り道だ。

 人間よりもはるかに体格の大きいモンスター達が動くには最適の場所だ。

 大通りでは五~六匹程度のモンスターが戦闘をしている。大半が冒険者であり、互いに背を守り合いながらなんとか踏ん張っていた。その中に騎士を数人見つけた。

 彼らは騎士が攻撃されないと言う不可思議な現象を利用し格上のモンスターと互角にやりあっている。

 モンスターの方も命令された事に逆らう事が出来ず動きに繊細さが欠けていた。

 これらの条件により大半の戦闘は拮抗状態だ。


 「おい、あんた! 冒険者か!? 力を貸してくれ!」

 「…」


 大通りに出たセリムとルインの二人はモンスターと戦う冒険者の一人から声を掛けられた。

 逼迫した状態ながらも二人に声を掛けたのは、これだけ激しい戦闘が行われているのに二人はモンスターに巻き込まれることなく歩を進めていたからだ。

 冒険者の男がそれを余程の実力者と勘違いしてしまっても仕方がない。

 

 「おい、あん… くっ… 聞こえてんだろ! 手伝ってくれ!」


 興味がなく無視していたセリム。

 大きな溜息を吐いた。

 仕方なく身を翻すとリングから帯電機能のある大剣を取り出す。


 「邪魔だ」


 無警戒にモンスターに近づいたセリムは、モンスターの横っ腹を蹴り飛ばした。

 

 「なっ…」


 たったの一撃。

 冒険者である男女が苦労しても拮抗するのが関の山だったモンスターを一撃で遥か遠くへ吹き飛ばす。その光景に助けられた冒険者はあいた口が塞がらない。

 僅かなタイムラグを経てようやく再起動した冒険者一行。

 歓喜の声を上げていた冒険者たちはここが戦場だと思いだすと、弾かれたようにセリムへ「助けてくれ」と救世主を見るような視線を向けた。

 縋る視線。

 一瞬後には恐怖へと変わった。


 「力がねぇならさっさと死ねよ。助けなんか求めてんじゃねぇ」


 横薙ぎに振るわれた大剣が話しかけてきた冒険者を二分にした。

 ズシャと音を立てて地面に倒れた男だった物。それを見て周囲の冒険者が声を上げた。


 「お、お前! 一体何のつもりだ!」

 「おい、お前はこいつら片づけろ」

 「わかり、ました」


 問いかけを無視。

 面倒だという雰囲気を全開にし後始末をルインに全て押し付けた。

 腰から全てが純白で出来た刀に近い武器を抜く。抜刀の際に僅かにカチャカチャと音がしたのはやはり実戦――人殺しが始めてだからだろう。

 

 「契約破りの契アブリゲイド


 囁くような声で呟く。

 全身を放電する雷のオーラは覆う。

 バチバチと音が響き、緊張感を高める。

 冒険者達もようやく武器を構えた。

 僅かな震えを強引に抑え込むとルインは一気に接近した。

 電光石火の如き速さで。


 「はや――あっ!」

 

 一人目の人物は、ルインの十歳程度と言う見た目に騙され一瞬で項を切り裂かれた。

 二人目は目の前の出来ごとで身を引き締めるが、ルインの上昇した身体能力に身体が追いつかず幾重にも切られ、地面に転がった所を背後から一刺し。

 三人目も四人目も過程は違えど結果は同じだ。

 初戦とは思えぬほどの戦いを見せたルイン。

 刀の血を落とすとオーラを消した。

 深呼吸する。


 (だ、大丈夫、私は。皆の為に) 

 

 バクバクと五月蠅い心臓を鎮める。

 セリムから声を掛けられると自身が殺した冒険者達に心の中で謝り背を追いかけた。


  


 大通りでの戦闘はほぼ終了した。

 途中で乱入した二人によって。

 援軍と喜び勇んで迎え入れた結果冒険者は無防備な所を襲われた。残ったのは死肉を喰らうモンスターと騎士が数名。騎士も直ぐに何も言わぬ骸となり果てたが。

 建物の鉄筋らしき物に突き刺さった騎士から滴り落ちる血を眺めながら笑い声を上げるセリム。


 「あ、あの早くす、進みませんか?」

 「…はぁ そうだな」


 これ以上セリムの行いを見ていられなくなったルインが先を促した。

 死を目撃するのは日常茶飯事だったが、セリムのような狂気に染まった殺しを見た事はない。ただでさえ人を殺して気分的に優れていなかった所だったのだ。そこに更なる不快を見たくはなかった。

 ルインに肯定したセリムは剣を引きずりながら大通りを進むが、不意に足を止めた。

 目の前に飛び出してきた人物からの声で。


 「その剣をこんな下らねぇ事の為に使ってんじゃねぇ!」


 全身に怪我を負いながらもそれを感じさせないほど迫力のある怒声を上げたドワーフ。

 都市アルス鍛冶職人バロックだった。


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