第108話クロント王国三都市同時侵攻戦Ⅵ

 クロント王国王都クロスにある城内の一室、そこでは普段と変わらぬ姿で仕事に励む国王の姿があった。

 クロント王国国王ライドリヒ・クロント。

実年齢は六十と良い歳だが見た目は三十代、白髪に赤い目が特徴の男である。見た目の異質さもさることながらどこか人間離れした雰囲気は妖怪のような印象を受ける。


 「陛下如何致しましょうか」


 ライドリヒの背後、彼を護るように佇んでいた青年が抑揚のない声を上げた。

 二十代後半程の見た目に黒髪、群青色の瞳。百九十程もある長身を包むのは騎士団に配布されている軍服だ。ただ、本来青い線が入っているところが赤く変わっている。

 感情が薄く人形のような印象を与える青年の名はヘルムット・アヴァール。ライドリヒと似た雰囲気を放っているが年齢と見た目がかけ離れていると言う事はない。

 問いかけに一切手を止める事なく答えるライドリヒ。


 「各都市にはSランクが数人いたはずだが、それで対処出来ないと?」

 「ザッハ―ル・ジャべリンからの報告によれば商業都市と城郭都市はともかく、迷宮都市のギルドは落ちたとのことですので結果的には陛下の言葉には反するものかと」


 先程までこの部屋に報告に来ていた王都クロスギルドマスター、ザッハ―ル・ジャべリン。その彼から齎された凶報を思い出しながら告げるヘルムット。

 ギルドが落ちたというのは確証こそ得ていなかったが、通信用の魔道具が奪われた時点で壊滅的な被害を受けていると予想がなされていた。ザッハ―ル自身もそのように思い落ちた確率が高いと報告していた。


 「敵の正体が判明していませんので憶測の域を出ませんが、一つの都市だけに戦力を集中させているとは考え難いと思われます」

 「言いたい事は分かる。他の二都市が落ちるのも時間の問題と言うことだろう」

 「仰る通りです」


 既に迷宮都市が落とされているが、これ以上被害が拡大すれば経済的にも大打撃を受ける。加えて国力の低下は他国にとっては絶好の侵攻のチャンス。特に隣国であり長年睨みあっている帝国などにとっては。

 

 (帝国など所詮ただの・・・人間どもの集まり、どうとでもなる。問題はその他、神の座す国がどうでてくるかだ)


 帝国に神はいない。であるにも関わらずクロント王国と長年争い続けてこれたのは帝国が掲げる理念があってこそだ。


 ――強者が全て


 この理念の元、帝国は戦いに優れる者などにとって生きやすい国となっている。

 強ければ何をしても許される。とまではいかなくとも強ければ大抵の事は自由に出来る。弱肉強食がハッキリした国なのだ。だが、それが脅威になるのは神のいない国だけ。クロント王国や獣王国ローアを始めとした神の座す国にとっては、帝国は多少普通の人間よりも強い奴が多い、この程度の認識しかない。よってライドリヒが帝国の事を軽視してしまうのは侮っているからではない。事実として知っているのだ。

 ライドリヒが真に恐れるのは帝国などというちっぽけな国ではなく神格者のいる国。

 

 「急ぎユースティア・レイヴェルに連絡を。付いたならば城に来るよう伝えろ」

 「連絡が付かなかった場合は早めに訪ねて来られるように言伝を残す、とうことでよろしいでしょうか?」

 「そうしてくれ」

 「承りました。失礼いたします」


 その場で一礼するヘルムット。顔をあげると頬に掛った髪を払いのけ音を立てずに部屋を後にした。

 ヘルムットがユースティア・レイヴェルに連絡を付ける為に部屋を出たのを見送った。仕事へ戻ろうとペンを動かし始めた時だった。

 執務机の上に置かれた水晶が光を放った。

 通信用の魔道具だ。

 軽く手を翳し通信状態をONにすると最初に音が聞こえてくる。

 数えるのも億劫になるほどの者達が奏でる熱狂の叫び。思わず眉を顰めていると画面が表示される。

 映ったのは青い髪に金色の瞳の頬杖を付いた青年。

 年の頃は二十後半程、全身を青黒色の服で固めているのは髪に合わせてか。

 豪華な装飾の施された椅子に座る様は位の高い人物であることを窺わせる。が、背後にある無骨な石造りの壁の所為で違和感の方が先に来る。椅子の両隣にはサイドテーブルが置かれ、透明色の水晶――通信用の魔道具だろうか?――と飲み物らしきものが乗せられていた。

 

 『まずは自己紹介から始めようか、人間の王。

  この世の神が一柱、獣王国ローアを治める獣神、エグル・フェーダーだ』

 「エグル・フェーダー… 前国王の名だったな。既に死んだと聞いていたが貴公が神格者となったと言う事は丁度交代の時期だったわけか」


 エグルを見た時にその容姿にどこか既視感を覚えていた。それが前国王であり年老いた姿を見ていたからだと知りえて納得の表情を浮かべた。


 「して、獣神である貴公が何用だ? まさか代替わりしたからわざわざ挨拶、などと言うまい」

 『ッハ そんなことの為にわざわざ連絡する訳ねぇだろうが。だがまぁ、今から話すことは聞きようによっちゃ挨拶・・かもしれねぇけどな』

 「不要な言葉を交わす気は無い。私は貴公と違い王を務める身故暇ではない。話す事があるならさっさと話せ」


 国王から神格者となったことで仕事の量も減り、大分時間に余裕が出来たエグル。今まで溜めこんだ人間への鬱憤と暇をここで少しでも解消しようとしていたが、それをバッサリと切られた。

 舌打ちをすると口を開く。


 『ならお望み通り単刀直入に言ってやるよ。 …獣王国ローアはクロント王国に対して戦争を申し込む』

 「意味を理解して言っているのか?」

 『ッハ 当たり前だ。ちゃんと言葉にしねぇと分かんねぇってんなら言ってやるよ。獣人俺たち人間お前たちで種を賭けての殺し合いをしようって言ってんだ。俺が勝ったらお前を含めてクロントの奴らには過去の罪の清算をしてもらうから楽しみにしてろ』

 「戦争を仕掛けてきた理由は過去の罪とやらが理由か?」

 『忘れたとは言わせねぇぞ。あの神殺しの戦争でお前らが俺たちに何をしたのかをな!』


 エグルの手に力が入り肘掛にヒビが入った。


 「目的は復讐か… だが、生憎こちらは貴国と戦争する理由もした場合の利もない。猛るところに水を差すようで悪いが申し出は断らせてもらおう」


 言うと通信を切るべく手を翳すライドリヒ。

 エグルの笑い声がその手を遮った。

 申し出を断られ激昂するなら理解できるが笑い出したのには訝しさを覚えた。

 どんな心情で笑い声を上げたのか少々興味を抱き手を止めた。


 『端から簡単に話が進むなんて思っちゃいねぇよ。ただなぁ、お前は俺を舐めすぎだ』


 サイドテーブルに置かれていた何も映っていない水晶に手を翳すエグル。光が灯り数秒して映像が表示される。

 映っていたのは地面から伸びた杭のようなものが人の形をしたものを貫き地面に固定している光景だった。

 アップで映った死体らしきものから場面が変わる。

 天高く聳える巨塔。

 人工物のように加工された表面ではない。岩を削ったようにした凹凸のある尖塔だ。その見た目にライドリヒは既視感があった。

 迷宮都市クイール。

 名が関するように目に入った尖塔はダンジョン迷宮

 現在都市などの中にダンジョンがある場所は三ヶ所。内、一ヶ所は海底にある国であり特徴とは違う。もう一つは地上であり、クイールと似たようなものだが彼が見間違うことはない。そこには人間よりもドワーフという種族が多く存在している。

 だが映像の中では一人たりともいない。

 これらの情報から即座に迷宮都市であると割り出した。

 僅かな目の動きから見せられている映像に理解を示した様子のライドリヒにエグルの口角が上がった。


 『俺が何の準備もせず口先だけで戦争なんて言葉を使うと思ったか? 選べよ、このまま戦争を断ってお前の国の住民が消されて行くのを見続けるか、戦争を受けるか』


 嬉々として語る間にも映像の中では人が蹂躙されていく様が映る。だが、どれほど惨たらしい死に方を目にしようがライドリヒは表情一つ動かない。唯一動いたのは感心したように息を漏らす行為だけだった。


 「何故こうも同時に各都市が襲われているのかと思えば貴公の仕業だったというわけか。だが、それがどうした。私がその程度で取り乱すと思ったのか? 私にとって重要なのは民でもましてや国でもない。私自身が"神"で有り続けることだ。それ以外は些事に過ぎない。私が神でいるために犠牲が必要だと言うのならいくらでも差し出そう。思う存分殺してくれ」

 『…民を見捨てんのか』

 「そう言ったつもりだが」

 『とんだクソ野郎だな』

 「何を怒っているのか知らぬがこれは貴公が望む事の一つだろう。ならば存分にそれを満たすがいい。先も言ったが私にとってこれは些事、何千、何万民が死のうが構わん」

 『なら徹底的に蹂躙しつくしてやるよ。お前が戦争する気になるまでな!』

 「その必要はない」


 咆えて一気に通信を切ろうとしたエグルの手が止まる。


 「本来貴国とは距離的に離れすぎている為に後回しにする予定だったが… 多少予定が繰り上がるだけだ。戦争の申し出受けよう。場所や日時その他諸々は次の通信で決めることとしてこれで失礼する」


 エグルの静止する声を振り切り通信は切られた。


 「まずは一つ」


 何を意味するのかそれは王である彼にしか分からない。


 ◇ ◇ ◇

 

 返事も待たずに切られた水晶を眺め不快げに顔を歪ませるエグル。

 戦争を受けさせることには成功したが常時調子を狂わされっぱなしだった感は否めない。何度も話したことがあるがその時とはまるで別人のような雰囲気。冷めた感じがあるのは元から感じていたがあそこまでとは思いもよらなかった。


 (本性を現したってわけか)


 手に持っていた水晶を乱暴にサイドテーブルに置くと、テーブルに置いてあったもう一つの水晶へ視線を向ける。


 「ラグリア聞こえていたな」

 『えぇ。戦争へ参加させることに成功したこと嬉しく思いますよ。ただ少々想定外な対応の連続だったのには驚かされましたが』

 「…ッチ」


 驚いた。

 そう言ったラグリアだが、どちらの・・・・という言葉が欠けていた。エグルはこれを「常時調子を狂わされっぱなしだった姿に驚かされた」と馬鹿にされているように感じてしまった。

 普段なら聞き流していただろうが、さっきの今ではそれも難しく、それでもなんとか舌打ち舌打ちだけにとどめた。


 「他の奴にも伝えろ。徹底的に蹂躙しろとな」

 『よろしいので? やりすぎると他国から色々言われて面倒になると懸念を抱いていたと思うのですが』

 「んなんもうどうでもいい。そもそもあいつ自身がいった事だ、やってくれて構わないとな。こっちはその言葉に甘えさせてもらうだけだ」

 『了解しました。そのように他の者にも伝えますので』


 では、と軽く一礼したラグリアの姿を最後に通信は切れた。


 「人間風情が舐めやがって… 精々今の内に威張り腐ってろ」


 眼下の闘技場内で行われる戦闘を詰まらなそうに見下しながら吐き捨てた。


 ◇ ◇ ◇


 エグル・フェーダーから齎された戦争の申し込みの通信を終えたライドリヒは、執務室を後にし、呼びに来たヘルムットの後ろをついていきながら廊下を歩いていた。

 これから向かう先にいるのは通信する前に呼びつけるようにいっていたユースティア・レイヴェルがいる部屋だ。

 来るように言ってから然程時間は経っていない。だが既に到着しているのは元から近くにいたから、ではないことをライドリヒは知っている。以前招いた時も呼んで五分もしないうちに訪ねてきたのだ。

 いつもヒョイヒョイと移動するその身軽さは正直羨ましくあった。


 「こちらです」


 部屋の前に到着すると両開きのドアの片方をヘルムットが引く。

 部屋の中には中央に対面式のソファー、テーブルといった簡単な応接セットしか置かれていない。

 ソファーの上座、そこに座る人物が片手を上げた。


 「やぁ。久しぶりだね」  


 見た目十二、三歳の少年。あどけなさの残る顔に黒紫色の髪に紫色の瞳。着ている服は特別高そうでも逆に安すぎるわけでもない、街で住人が着ていそうなありふれたもの。一国の王に会うのに適した人物ではないように見える。だが、部屋に入ってきた二人は特に注意することもなく、ライドリヒは対面へ、ヘルムットは背後で直立の姿勢に移動した。


 「久しぶりというほどでもないだろう。ついこの間も会ったはずだ」

 「堅いなぁ、国王様は! これはね様式美なんだよ。先月ぶりに会おうが昨日ぶりだろうが、会ったら取り敢えず久しぶりって言っとくものなんだよ」

   

 肩を竦めたユースティア・レイヴェルが語る。

 ユースティアの語る言葉を理解出来ないライドリヒだったが「そうか」と相槌だけを打つとさっそく本題へと入った。


 「此度、貴公を呼んだのは少々予定に狂いが生じたからだ」

 「狂い? 何? まさかまた無茶要求してくる気じゃないよねー?」


 テーブルの上に用意されていたケーキを食べながら聞いていたユースティアは、苦いものでも口にしたようにしかめっ面になった。

 

 「無論、そちらに一方的に要求を出すわけではない。こちらも相応の対価を用意する」

 「それならいいけど。で、僕に要求することってなーに? まぁ、聞くまでもなく大体わかるんだけどさぁ」

 「話が早くて助かる。貴公には以前注文した数にプラスして二百前後、眷属を見繕って貰いたい」


 カラン。

 ケーキへと向かっていたフォークが床へと落下した。次いでまるで信じられないとでもいうように口をあんぐりと開ける少年。


 「は? ちょっと待って! 僕の聞き間違いかな。今眷属を二百用意って聞こえたんだけど」

 

 聞き間違いであってくれと語るユースティア。だが、ライドリヒは無慈悲にも聞き間違えではないと訂正した。


 「はは… 知ってた。知ってたよ。僕の聞き間違えじゃないってことくらい。でもさ! 二百だよ、に・ひゃ・く! この前百程用意してくれって言ってきたと思ったら今度は二百、これはさすがに僕もね簡単には頷けないよ。第一、それだけ用意するとなると僕が忙しいんだけど!」

 「貴公が忙しいだけなら問題あるまい。貴公には仕事もなく、いつもフラフラしてるだけだからな」

 「…」


 言い返したいが正論すぎて言葉が出てこない。

 がっくりと項垂れたユースティアだったが、最後の抵抗を見せる。


 「でも、さすがに二百は無理だね。それだけ作るのに材料がない。そもそも時間がかかりすぎて君の作戦に支障が出るよ?」

 「時間の方は最低でも三、四ヶ月はある。よって問題は材料だけだ。どれくらい必要になる?」


 ヘルムットから新たに渡されたフォークを指揮棒の如く振りながら思案するユースティア。数秒程唸った末に口を開いた。


 「そうだなぁ~。出来るだけ多く… 眷属一に対して最低でも十~二十は欲しいなー。だからどんなに少なくとも二千、最高ならば五千くらいあれば問題ないんじゃない、多分ね」

 「五千か… それだけの数になると生きているのは無理だな。大半が死んだものとなるが構わないか?」

 「うげっ~。死んでるとなるとちょっと能力落ちるんだよねー。それでもいいならできないこともないけど。あまりオススメはしないよ。ま、僕はしっかり材料と報酬を払ってくれさえすれば用意はするけど」

 「それで構わない。用は終いだ。私はこれで失礼する」


 席を立ったライドリヒはヘルムットにユースティアの面倒を見るように声をかけるとその場を後にした。

 お代わりのお茶を出されてフーフー冷ましながらすするユースティア。お茶を飲み終わると席を立った。


 「それじゃそろそろ僕も帰るよ。今度来た時はそうだなー。しっとりした感じのお菓子用意しといてよ」

 「承りました。本日はありがとうございました」


 虚空へ向けて手を翳すと黒紫色の渦が生み出された。途端、渦の中から聞くのも悍ましい怨嗟の声のようなものが聞こえ、瘴気らしきものまで溢れてくる。それらを身に浴びれば気分が悪くなりそうなものだがユースティアの表情は変わらず。

 渦に向けて踏み出した足が不意に止まった。

 何かを思い出したように振り返ると「王様に伝えといて」と口にした。


 「不確かな情報だし別に伝える義理も必要もないんだけどさ、一応忠告しとくよ。もしかしたら君と同じようなこと考えている奴がいるかもしれないから気を付けといた方がいいよー って」

 「…承りました。このヘルムット・アヴァールの名に賭けて陛下にお伝えいたします」

 「大袈裟だなぁ。まぁいいや、それじゃ今度こそ僕は帰るからね。ばいばーい」


 軽く手を上げ挨拶を済ませると悍ましい渦の中へと姿を消した。それを恭しく礼をしたヘルムットは感情を宿さぬ瞳で見送った。 

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