第107話クロント王国三都市同時侵攻戦Ⅴ

 「やれやれ、これじゃ何のために来たのか分かりませんね」


 思わずラグリアの口から愚痴が漏れた。

 ラグリアは復讐者ルヴァンシュの一員である青髪の女性、フーヴェル・シャガと一緒に迷宮都市クイ―ルに侵攻している。侵攻戦が始まってからまだそれほど時間は経っていない。

 だが、二人の周囲には人の姿が殆ど無くなっていた。

 一つは迷宮都市としてモンスターの氾濫に備えての避難訓練が功を奏したこと。一つは大勢の者が都市から逃げようと門へと集まっていること。最後に冒険者や衛兵なども避難者のところへと行ってしまった所為だ。

 

 「それは仕方ないんじゃないかしら? だって誰も貴方に勝てないんですもの、ねぇ」


 ねっとりと絡みつくような口調でフーヴェルが口を挟んだ。

 最初こそ二人の元へ冒険者なり衛兵、騎士など足止めしようとした者達が来ていた。しかし、足止めどころか操られて同士討ちになる始末。これでは無駄に戦力を削るだけと判断されたのか、少し前から二人の周りは静かになった。 


 「さすがは迷宮都市ってことですかね。迅速な対応に見切りを付ける速さ、さぞ優秀な人材がいるのでしょう」

 「そうかもしれないわね。でも私たちにとっては邪魔になる、そうでしょう?」

 「よくお分かりで」


 肩を竦めるラグリア。


 「邪魔な存在は片っ端から始末していきましょうか。今回の成果の分だけ戦争では私たちが有利に――そしてその後も…」


 妖しげな笑みを浮かべるラグリアに訝しげな顔をするフーヴェル。

 ラグリアの復讐はクロント王国なのは知っていたがその後に組織がどういった指針の元行動するのか知らない。何か知らされていない事があるのでは? と考えたが彼女にとってはどうでも良かった。復讐者ルヴァンシュに入った目的さえ果たせれば。


 「それでどうするの?」

 「そうですね、人がいないのでは戦力を削る事も出来ませんから移動しましょうか」

 「方角は?」


 迷宮都市は北を除く三つの門が存在している。

 今そこには大勢の者たちが駆け寄っている筈だ。とは言え、結局集まっているのはラグリアからすれば雑兵。どこに行こうが大差はない。

 そのようなことからどこでもいいラグリアは選択権を譲った。フーヴェルは現在地から最も近い南門を選択した。


 「行かないのかしら?」


 南へ向けて歩を進めたフーヴェルが振り返る。


 「申し訳ないのですが、先に行ってもらってもよろしいですか」

 「理由を聞いても?」

 「もちろんですよ」


 南門と反対、北の方角を向くラグリア。


 「少々ここのギルドに用がありましてね。用を済ませてから合流させていただきます」

 「そう、じゃあ私は先に行かせてもらうわね」


 背を向け南門へ向かうフーヴェル。

 パチンとフィンガースナップの音が響く。

 フーヴェルの前後左右に魔方陣が現れそこからモンスターが召喚された。


 「都市内部にはSランクがいますのでもしもに備えて連れて行ってください」

 

 至近距離理から四方をモンスターに囲まれると言う状況に嫌そうな表情を浮かべるも、安全策と言われれば止むえない。せめてもの救いは人型のモンスターであることか。

 去っていくフーヴェルを見送りラグリアもギルドへ向けて踏み出した。

 

◇ ◇ ◇


 クロント王国、王都クロス。

 クロスにある冒険者ギルドは初めて出来たギルドとして本部と呼ばれている。本部と呼ばれるだけあり、ギルドの大きさはどこの国にあるものよりも大きい。王都の人口を考えれば大きくなるのは必然だが、本部としての見栄を思えば結果的にプラスに働いていた。

 その三階建のギルドの一室、ギルドマスタールームとプレートのある部屋で二人の人物が会話していた。


 「お疲れ様です」

 

 身長二メートル、左目に眼帯を付けた大柄な人物が見た目に似合わぬ殊勝な態度で給仕係を務めている。

 ものすごい違和感だがお茶を受け取った――都市アルスギルドマスター、レイニー・グレイシアは驚く事もなくお茶を受け取った。


 「ありがとう、ザッハール」

 「いえ、これくらい貴女にお世話になった事を思えば何とも」


 縦にも横にも大きい、壁のような印象を持たせるザッハールと呼ばれた人物。丁寧な言葉遣いは不自然に聞こえる。本人もどこかぎこちなさがあるのは普段使っていない所為だろう。

 ザッハール・ジャべリン。

 王都クロスにあるギルド本部のギルドマスターを務める五十代の男性だ。トップに立つだけあり、普段は下の元と接する事が多いだけに丁寧な言葉遣いを使う機会が少ない。

それでもレイニーを前に丁寧な言葉を使うのは昔にお世話になったからだ。


 「お世話って言っても随分昔のことよ? そんな畏まらなくてもいいわよ」

 「そうは言っても癖というか… あまり普段遣いの言葉は使いにくいといいますか」

 「不思議ね。昔は平気でタメ口だったのに、歳を取ったらあのザッハールがこうも変わるんだから」


 昔を思い出し笑いを噛み殺すレイニーにザッハールは巨躯を縮こませて申し訳なさそうにする。


 「それは若気の至りというものです。忘れてください」

 「そう? 『俺のやり方にいちいち口を挟むんじゃねぇ、クソババア』って言ってたのが懐かしいわね」

 「だあぁぁぁ! ちょっとそれは言わないで下さいよ!」


 巨躯の男、それも老人が照れて叫ぶという誰得な絵面。ザッハール自身そんなの関係なく今すぐ穴があったなら入りたい気持ちに襲われていた。

 過去を穿り返し終始笑みを浮かべていたレイニー。ギルドに来た時は疲労を感じさせる顔つきだったが、良い気分転換になったのか表情が和らいでいた。

 レイニーの役に立ったと言い聞かせ、(そうでなければ自身の黒歴史を晒されただけ)気を落ち着かせた。


 「そ、それで今日はどういった御用なんですか?」

 「特にこれといった用はないのだけれど、強いて言えば久々の王都だから貴方と会うのもいいかと思って、かしら」


 少し前にセリムがアルス近隣の村で起こした事件の件で王都に事情説明ををしに来ていたのだが、それが終わり少しの間王都に泊まる事になっていたのだ。特にやる事もなくどうせだからということでザッハールに会いに来たのだが良い気分転換になったようだ。


 「それで揶揄われたこっちは堪ったものじゃないですよ」

 「ふふっ。ごめんなさい。そうね、なら少し他の話しをしましょうか」


 温くなってしまった紅茶に口を付けて舌を湿らすと話題転換を図った。 


 「神敵者について王都のギルドではどれくらいの情報が集まっているのかしら?」


 ついでのように言われた言葉だがレイニーとしては結構気になっている事柄だった。

 都市アルスに神敵者が居た事もそうだが、今後戦う事になるかもしれないと思えば情報は集めておいて損は無い。仮にも数少ないSSランク冒険者、ザッハールも元とは言えSランク冒険者、神敵者などの強敵が相手になれば戦力として召集される可能性は低くない。


 「それは八人目の神敵者神喰ゴッドイーター、セリム・ヴェルグに関してですか? それとも他の人物ですか?」

 「全部よ」

 

 ザッハールがセリムの名を最初に出したのは当然レイニーともっとも関係があったから。他にもセリムに関してはスキルの力も完璧ではないが割れている。そのことからも厄介さは知っており早めに対処したかった。


 「そうは仰られても正直、あまり情報は集まってません。森にいるセリムを遠目に見たという情報もありますがそれだけです。他の神敵者――情報が割れている、キルレシオ、ミルフィー、ガルロの三名も同じく新たな情報は…」


 そこまで言った所で執務机においてある水晶――通信に使われる魔道具に光が灯り点滅した。

 レイニーに一言断りを入れたザッハールは水晶の通信を繋ぐ。音声だけの通信らしく映像は映らない。

 

 『こんにちは。そちら王都にある冒険者ギルドのマスター様で合ってますでしょうか?』

 「…誰だお前?」


 聞き覚えのない声に眉を顰めながら問い返すザッハール。

 通信用水晶などの魔道具は予め通信できる相手を登録しておかなければ通信は出来ない仕様になっている。

 通信する水晶同士を用いなければ設定は出来ず、片方だけの設定では通信不可能。ギルドが登録しているのは世界中のギルド、自国の王族などの限定されたものだけ。その事からザッハールの元に連絡できるのは各国のギルドもしくは王族だけだ。

 そんな限定された通信網故に通信してくるものは限られており、聞き覚えのない人物の介入などあり得ない。事情があってそうなっているのだとしてもまず初めに説明が入る筈なのだ。

 何かが起こっているのかもしれない、そんな予感を抱く。


 『誰か、ですか。名前などどうとでも呼んで貰って構わないですが、敢えて言うなればあなた達の敵ですかね』

 「どういう、意味だ?」

 『どうもこうもそのままですよ。それよりこんなどうでもいい話に時間を割いていてよろしいのですか? こうしている間にも人々は苦しんでいますよ』


 どうやってやっているのか分からなかったが男の声がそう告げた途端、周囲の音が聞こえ始めた。

 悲鳴。

 怒号。

 破壊音。

 笑い声。


 『どうです、聞こえますか? 今こうしてあなたと下らない話をしていた間に数十人が死にましたよ。いやはや人の命というのはちっぽけなものですよね。まぁ観賞する身としては面白いのでいつまでも無駄話をしていても構いませんがね、クハハハ』

 「だまれ! いつまでもペラペラペラペラと… さっさと目的を言えっ!」

 『随分とせっかちな方ですね、王都のギルドマスターとは』

 「テメェ…」

 『まぁ、生き急ぐのが悪いとは言いませんが早死にするだけですのでお控した方がよろしいかと』

 「だまれって言ってんだろ! テメェが誰で何の目的があってこんな事をしてんのかさっさと吐けやっ!」

 『そうカッカすると老体に響きますよ』


 拳を握りしめ歯を食いしばる。

 そうやって堪えてなければ今すぐにでも水晶を投げ飛ばして不快な声が届かないようにしてしまいそうだった。

 おちょくっているとしか思えない通信内容に激怒するザッハール。それを楽しげに笑い飛ばす通信相手。このままでは一切話しが進まないと感じ取ったレイニーは横から会話に割り込んだ。

 

 「落ち着きなさい。あなたが誰なのかはこの際置いておくとして、何が目的なのかしら?」

 『おや、この声はレイニー・グレイシアギルドマスターですかね?』

 「知っていて貰えるなんて光栄ね」

 『貴女程の御仁を知らない者などいませんよ。この世界最高の戦力の一人、SSランク冒険者、目的を達成するにあたって障碍になる可能性が最も高い存在ですからね』

 「今あなたが行っているのもその目的に関係ある事なのかしら?」

 『クハハハ。やはり歳の功とでも言うものですかね。どうして感情を乱す事がない。それでこそ最高戦力の一角ということですか』


 肩を竦めるレイニー。

 別に何も思う事がないわけではない。だが、こういった輩は感情を乱していては相手のペースに飲まれてしまうだけ。それを理解しているからこそこうして適当に話しを合わせているのだ。


 『さて、無駄話もそろそろ終わりにして本題に入りましょうか』

 「それはあなた達の目的を語ってくれるってことかしら」

 『えぇ。私たちは今、クロント王国にある三都市――商業都市ラトレイユ、迷宮都市クイール、城郭都市アルスに侵攻作戦を仕掛けています。私は迷宮都市にいるので他の所がどうなっているのかは知りませんが、言える事があるとすれば急いだ方がいいということですね』

 

 アルスが侵攻されていると聞き、初めてレイニーの表情に変化が生まれた。

 

 「さっさ援軍を寄越せと言うことかしら? 随分と自信があるようね」

 『あるようではなく、あるんですよ。私からすればこの世界で真に脅威になる存在など限られていますから。それ以外ならどんな存在も児戯に等しい。だから遠慮せず持てる戦力の限りを投入してくださって結構ですよ。でなければ三都市が壊滅するだけですから。それがお望みなら話は別ですがね』


 それだけ言うと通信は切れた。

 あまりにも高慢な物言いに不快感が募る。眉を顰めていたレイニーだったが、通信が終わるとザッハールに指示を出す。


 「取り敢えずあなたはこれを王城に報告に行ってもらえるかしら」

 「レイニーさんはどうするのですか?」

 「各都市に戦力を送り込む為にも空間魔法を使えるような人物を探すわ」

 「空間魔法の使い手ですか。あまり数はいないのが痛いですが、自分の方でも出来る限り集めてみます」

 「お願いね」


 ◇ ◇ ◇


 「通信は終わったの?」

 「えぇ、これでクロント王、ライドリヒ・クロントにも報告が行くでしょう。そうなれば遅くても一時間前後で援軍が来ると思います。なので私たちも準備をしましょうか、お客様を出迎える為の」


 建物の屋上から下を見下ろしながら呟くラグリア。

 先程まで通信していた水晶をリングに仕舞うと南門で戦う者達に視線を移す。

 身長五メートル超え、両肩から通常の腕よりも二回り以上は大きな腕が生えた巨人型SSランクモンスター、デモニアス・ギガント。

 周囲にはデモニアスにやられた冒険者や一般市民が数えきれないほど転がっている。

 

 「やはりSSランクだと過剰ですかね」


 傷一つ負わせられてないデモニアス。

 デモニアスを配置したのはラグリアだが、基本的に門から出ようとしなければ攻撃をしないように命令をしていた。だから街の中にとどまっていれば安全なのだが、背後から迫る脅威に留まるなどという選択肢は最初から存在しない。他の二門にも同様にSSランクを配置しているがきっとここと似たような光景だろう。


 「それよりこれからどうするの? 私としては王国からの援軍よりもあの人にきて欲しいのだけれど」

 「心配ありませんよ。既に手は打ってありますからね」

 「そう、それならいいわ」 


 今から会うのが楽しみだわ、と笑みを浮かべるフーヴェル。

 

 「王国の援軍が先か、意中の人物が先か… どちらにしてもお出迎えの準備に取り掛かりましょうか」


 屋上から飛び降りると集団が集まる所へ向かった。

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