第109話クロント王国三都市同時侵攻戦Ⅶ
王城に赴き今起きている事の次第をライドリヒに伝えたザッハール。しかし、事情を伝えしばし待たされたと思えば返って来た答えは「救援要請には応えられない」と言うものだった。
同じ国の民を見放す言葉に愕然とした。抗議しようにも早々に城を追いだされてしまった。そうして現在途方に暮れた足取りでギルドへと向かっていたのだが、声を掛けられ立ち止った。
「ん、アーサーか。久しぶりだな」
「あぁ。久しぶりだなザッハール」
軽く手を上げて近づいたアーサー。曇った表情のザッハールに気付き訝しんだ。
「何かあったのか?」
「…いや」
話すべきか迷ったが結局口をつぐんだ。
「それよりその服着てるってことはやっぱり戻ったのか?」
「必要があったからな」
寂しそうに言ったアーサーにザッハールはそうか、とだけ返した。
現在、アーサーが着用している服装は普段着ている物とそう変わりはしない。
白を基調として青いラインが入ったものだ。これは以前聖騎士として仕えていた際に着ていた服装だ。だが、今アーサーが着ているのは色は同じだが全体的にラインが増え、胸に聖騎士を示す模様が入っている。
数年前に騎士団の団服が一新されて新たに採用になったものだ。言うなればアーサーが以前着ていたのは旧型であり、今着ているのが新型と言える。
「ちゃんとレイニーさんには伝えろよ。まぁどうせ多少話してはあるんだろけどな」
「その話をレイニーにする為に捜してんだけど、どこにいるか知らないか?」
「多分ギルドだな」
「そうか。助かった。悪いがこの辺で行かせてもらうな」
遠ざかっていくアーサーの背を見つめながらこれからどうするべきか、それを考えると溜息が漏れた。
「…どういう意味だ?」
ザッハールから聞いた情報を元にギルドへと向かったアーサー。そこでザッハールから感じた違和感をレイニーに話し、何があったのかを問いただした。返って来た答えは現在王国にある三都市が侵攻を受けていると言う情報。直ぐに助けに行こうとしたアーサーをレイニーは止めた。
それを問いただしたのが先の言葉だ。
「どうもこうもないでしょ。貴方の今の立場は何かしら?」
優しい口調。だが、アーサーは、怒鳴られたような錯覚を覚えた。
彼の胸元にある剣を模したマークは数年前に取り入れられた聖騎士団、剣聖騎士団所属の証だ。騎士団によってマークは違うがその服を着ると言うことは自分は騎士であり、国の為に身を尽くすという表れ。
個人の思いも大事であるが今の彼はそれだけで身勝手が許される存在ではない。
ただでさえ聖騎士に戻ったばかり。何を求めて戻ったにせよ、戻って早々に身勝手を起こせば彼自身の立場はもちろんのこと、彼を騎士に戻してくれた人物の顔に泥を塗ることになる。
レイニーはそれを理解していたからこそ彼の救援を拒んだ。
優しさからだ。
アーサーも何となくそれは理解出来ていた。だが頭では理解していても心では納得できない。
何十年も住んでいた訳ではない。それでも顔見知りが出来、友が出来、大切なものがある。失ってしまうかもと分かっていて納得できるほど彼は自分が出来た人物だとは思っていない。
それでも抑えなくてはいけない。
ここに戻って来たのはどうしてもやらなければならない事があるから。
拳を握りしめ今すぐ飛び出したい気持ちを押さえつける。不甲斐なさから振るえる手にレイニーが手を重ねた。
「安心なさい」
優しげな声だった。
「決して奪わせはしないわ。この私がマスターを務める場所ですもの」
「…期待して、いいのか」
肩を竦めるレイニー。
「悪いけどザッハールに「先に行かせてもらうわね」と伝言をお願い出来るかしら」
「あぁ。気を付けろよ」
「えぇ」
微笑を浮かべたレイニーは拳握るアーサーを背にマスタールームを後にした。
ザッハールが王城へ出向いた後、レイニーは職員に話しを付けて空間係の魔法が使える人物を招集するよう指示を出した。だが結果として人は集まらなかった。もっと時間をかければ集まっただろうが。
空間係の魔法は元々使用出来る者が少ない。今回はそれが運悪く重なった結果だった。
とはいえ、何時までも待ってはいられない。
即座に行く手段はない。が、レイニ―には多少時間を賭ければ行くことは可能は手段があった。
外面上は冷静を装いつつ早歩きで進んでいく。いきなり急いで出て来たレイニーにぎょっとした職員だったが話しかける隙もなくレイニーはギルドを出て行った。
他の事に気が向いていた事もあり、レイニーが宿屋の二階から向けられる女性の視線に気づく事は無かった。
◇ ◇ ◇
地面を錬成し槍衾の如く放つ。
まるで津波のごとき量の槍衾に後退するエドガー。
拳を振り、蹴りを繰り出し岩を砕く。時には岩山の勢いを利用し距離を取り、観察するような視線を向けた。
「さすがは戦闘特化の錬金術師、パラケルスス・ホーエンハイム、といったとこか」
エドガーの称賛に肩を竦めて返すパラス。
エドガーと戦いに入ったのは十分ほど前の事。それまでパラスはモンスターの駆逐に精を出していた。そこへ上空から何かが堕ちてくるのを見咎めて対処に移ろうとしたがモンスターに邪魔されて間に合わず。
落下物はパラスから離れた位置へと落ちた。
モンスターを倒し落下物へと向かったパラス。そこへ丁度現れたのが返り血を振り払いながら歩くエドガーだった。
パラスはエドガーの事は何一つ知らなかったが雰囲気から確実に敵だと言うのを感じ取った。
即座に仕掛け今現在へと至る。
「それほどの腕がありながらこんなカス共を護って戦ることに何の意味があんだ? こいつらは所詮吹けば消えるよなゴミばっか、わざわざ身を呈してまで庇うとかテメェはバカなのか?」
「…バカ、ね。そうかもね。普通ならここは逃げても良い場面なんだろう。けど、僕はそういうのが許される立場じゃないんだよね、残念ながら。分かる? 案外上から信頼されるって面倒ごとが多いんだよ」
訳の分からない事を抜かすパラスに鼻白むエドガー。
「良く分かった。どうやらテメェは余程のアホだってことがな!」
踏み込むエドガー。だが、その足が離れる前に制止した。
狼耳をピクピク動かし上空へ向けた。釣られてパラスも視線を向けた。
「あのガキ、ようやく来やがったか」
視線の先、そこに映ったのは白い物体がものすごい速度でアルスへ向けて落下してくる光景だった。
細く伸びた首に遠目からでも光を跳ね返し反射する鱗、折りたたまれた翼に鞭のようにしなる尾。その背には二つの物体がくっついている。
「龍、と人!?」
驚くパラスにエドガーは哄笑した。
「テメェらが求めてやまない存在だ」
「どう言う意味だい?」
「んなんテメェで考えろ。それよりさっさと行かねぇとあいつが降りて来たとこ全てが消えんぞ」
楽しそうに告げたエドガーは行かせる気など毛頭ないのだろう。パラスへ襲い掛かった。
パラスとエドガーの戦闘が苛烈さを増した同時刻。
上空から白い物体が落下してくるのを幾人もの冒険者が目撃していた。
しかし、落下物が何であるか正確に把握出来た者は高位の冒険者しかいなかった。
ダグラス・サキュレータ。
都市アルス前領主でありながら、戦闘狂な彼もその一人だった。
戦いが好きすぎて周囲の反感を押し切って息子に領主の座を明け渡す程の脳筋、よってこの状況は彼にとっては最高とも言えた。
不敵な笑みを浮かべる。
「まさか龍までもが現れるとはな」
「強敵を前に嬉しくなるのも分かんだが、今回はちょっとばかし分が悪くねぇか?」
「そうね。ちょっとダグラス、勝手に突っ込まないでよ!」
二メートルの身の丈ほどもある大剣を担ぎ今にも飛び出しそうなダグラス。それに同意しつつも龍相手に少し怖気を露わす軽戦士のニック。ニックに同意し飛び出すダグラスを窘めるミコト。唯一盗賊のクリムは静観している。が、顔色は優れない。
「わかっとるわい。だがあれは明確な敵だ。どうするんだミコト?」
部分鎧を身に付けたダグラスは重戦士タイプ。
革の装備を付けたニックは軽戦士タイプ。
灰色のローブを着たミコトは魔術師タイプ。
盗賊にしては珍しい胸に鉄鎧を着たクリム。
この中で空中にいる龍に有効打を与えられるのは魔術師タイプのミコトだろう。
「どうするもこうもどうにかするしかないじゃない!」
ヤケクソ気味に言い放つ。
「奴を止められなくとも構わん。どうにか速度を落とせんか?」
「…出来なくはないだろうけどどうするの?」
「簡単なことだ。失速すれば攻撃を当てやすくなる。儂とニックとであの龍の翼を切り落として地を舐めさせてやるわい!」
「は? 俺もか!?」
ムリムリムリと顔の前で手を振るニック。
龍は硬い鱗だけでなく再生能力を持つ。一撃で断ち切らなければ再生されて攻撃をした者は隙を晒す事になる。
ニックはダグラスと違いパワーが劣っている。故に一撃で切れるような自信はなかった。
使えん奴だと溜息を吐いたダグラスは白髪を撫でクリムへと視線を向けた。
「斬れるか?」
「傷の大きさによるとしか言えないわ。あまりに硬いようなら私の力じゃまず傷が付けられないし、付けられても小さければスキルを使用しても威力はたかがしれるから」
「ならやはりニックお前がやるしかないようだな」
嫌そうな顔を隠しもせずに露わにするニック。
「スキルを使えばいけると思うが?」
「三次職の専用スキルなら可能性はあるだろうが、俺じゃ足を完全に止めた状態じゃなきゃ撃てない。もし一撃で両断出来なければ反撃に遭うんだぞ」
「それがどうしたのいうのだ? 男なら気合いで耐えられるわい」
「…そりゃあ、老い先短い老人のあんたは一撃喰らって死ぬも永寿を全うして死ぬも変わんねぇかもしんねぇけどな! 俺はまだ三十過ぎのピチピチのナイスガイなんだよ!やりたいこともまだまだあるしお前みたいに出来るかっ! この脳筋アホ野郎が!」
「なーにがナイスガイだ! 儂の視界にそんな男おらんわ! 鏡を見てからもう一回出直せ、このワカメ頭が!」
「言いやがったな、この老害!」
「上等だ。あの龍の前にお前から片づけてやるわい。掛ってこい!」
互いに剣を構え戦い始めようとするダグラスとニック。こんな状況で何をやっているのかと溜息を吐く女性陣。だが、強敵を前にしてもいつもの調子を崩さずに貫ける姿勢は感謝していた。
(お陰で緊張が吹き飛んだわ。やる気もだけど…)
心の内で呟きながらミコトはダグラスを、クリムはニックの頭を武器で殴りつけた。
小気味イイ音が戦場に響く。
ダグラスとニックの二人は叩かれた部分が赤くなり互いに「タンコブ出来てやんの!」とバカにしてまたしてもタンコブを増やした。
「もう、いい加減にしてよ。さすがにふざけている場合じゃないでしょ」
「ぬぅ。分かったわい。儂は右翼をやる。ニック、お前は左翼だ」
「分かったよ」
「クリムさん。ニックの援護をお願いします」
「わかったわ」
男性二人は感覚を開け左右に分かれた。ミコトはその中央からやや後方に。クリムは援護としていつでも動けるようにニックの近くに陣取る。
急速に接近してくる龍を見据えながらミコトは茶髪を掻きあげた。
残り三十メートル程になった瞬間、ミコトは動いた。
右手の中指に嵌められたマジックリング、そこからピンポン玉サイズより一回り大きい魔石を四つ取り出す。
龍に向かって投擲した。
空中に放り出された魔石は中に光が灯り、そのまま砕け散る。
砕け散った魔石は空に解けるように消えるかと思えたがそうはならない。
細かに砕けた石は粒子になり半透明の壁を形成した。大きさは五十×五十の厚さ五センチほど。それが魔石が砕けた場所を起点に四枚。
これがミコトの職業、結界師の能力だ。
魔石に自身の魔力を込めて媒体にすることで結界を作る事が出来る。無論魔石を使わなくても結界は作れるが媒体があった方が消耗も時間も少なくて済む。
四枚の結界を確認したミコトはさらに魔石を取り出す。
今度の魔石は拳台程とかなり大きめのモノだ。それも投擲した。
四枚の結界の一番最後尾で砕けた魔石は二メートル四方の厚さ十五センチ。
結界を張っている間に白龍はもう五メートル程の距離まで迫っていた。いきなり現れた半透明な壁に白龍はたじろぐ様子もなく真っすぐに突っ込んでくる。
一枚目。僅かにも失速させる事が出来ずに砕け散った。
二枚目、三枚目。両翼付近に設置された結界は、一枚目同様直ぐに砕け散ったものの本の僅かにだけ龍を失速させた。
四枚目。二名目の結界から五センチ程後方に設置された物はさらに速度を削いだ。
(やっぱり全然落ちない…)
眉間に皺を寄せたミコトだったが諦めの色はない。自分の結界を信じ衝突の瞬間を見つめた。
五枚目。今までより大きさも強度も優れた結界は今までで一番速度を削いだ。それでもまだ速いと言えるのは龍の面目躍如か。
「頼んだわよ!」
ミコトの叫びに応えた三人は武器を構えた。
ダグラスは大剣を最上段に構え、
――重撃破!
――
ニックは剣を腰だめに構える。所謂居合切りの構え、刀に似た細身の剣を抜き放つ。
――光の太刀!
――
重戦士の専用スキル重撃破。
速度を犠牲にする代わりに一定時間攻撃力を上昇させる。
剣技、
一点に技の威力を集約させることで格段に威力を向上させる。
三次職である速攻戦士専用スキル、光の太刀。
居合切りの構えから放たれる剣速は音の領域にすら到達するほどの速さを持つ。
攻撃力を上昇させたダグラスが剣を振り下ろし、視認不可能な程の速さの居合が白龍の翼を捉えた。
――かに思えた。
剣を振り下ろした瞬間、二人の剣は不可視の衝撃によって弾かれそのまま龍によって吹き飛ばされた。
即座に退避を選択したクリムは軽快さを生かして何とか逃れ、距離があったミコトはヘッドスライディングでギリギリ回避した。
飛行機が停止するように都市内部に刻まれた停止跡。
二人を弾き飛ばした白龍は女性陣から五、六メートル程離れた所で煙を巻き上げ停止した。
「お前ら程度がこの俺を止められると思ったか?」
白龍の背に乗る二人の内、白髪、白い仮面、白いローブの全身白づくめの人物が嘲るように口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます