第103話クロント王国三都市同時侵攻戦 Ⅰ

ヒュ~と言う気の抜けた音の後にバンッという爆発音が響き渡る。

爆発と同時に晴れ渡った空に色とりどりの大輪の花を咲かせ、周囲を圧倒する。


一発二発ではなく、数十発もの玉が天に昇ってはじける様はそれだけで見る価値があるだろう。加えて空に彩りを与えてくれるのも見ていて楽しめるポイントだ。


しかし、そんなことよりも人々に興奮を齎すモノがある。


それは――



「よ~やくこの日がやってまいりました。年に一度の待ちに待った祭りの日…獣王祭の開幕だぁ~」



魔術によって拡散された声が響くと同時、ワァァァァァァァァァーと先ほどの声にも負けぬ歓声が闘技場内に響いた。

大気を震わせ、地面を揺らす。そう感じさせるほどの歓声だ。



歓声は闘技場内にとどまらず、闘技場外にまで響き渡り否が応にも興奮と熱気を伝播する。

伝播した熱は獣王祭という今日この日を待ち詫びた国民を掛け抜け、元々興奮していたものを更なる興奮へと誘う。それはまさしく待ちに待った獣王祭の開催を喜ぶ歓喜の声だった。


街のいたるところで出店が開かれ、様々な種族の者たちが騒ぎ楽しむ。



「今年は色々あり開催が一月もズレるというハプニングに見舞われ増したが、無事開催されました。いや~嬉しいですねぇ」



闘技場の中央、そこで声を上げるは獣人の男性だ。

喜びのあまり目端には涙まで浮かび上がっている。


男の涙など一銭の価値もないとばかりに罵声があがり、それに押されるような形で進行を再開する。



「すいません。つい嬉しくて。ではさっそく選手一同を介した開会式を開きます。それが終わりましたら開始ですのでもう少々お待ちください」



男性が言い終えると同時に四方にある入口からぞろぞろと選手たちが出てくる。


獣王祭に出ると言うだけあり、皆精強な体躯に顔つきをしている。種族こそバラバラだが、誰もが優勝してやる!、そんな思いを胸に、顔には自身を張り付け行進してくる様は会にさらなる熱気を生んだ。



その光景を王族など限られた者だけが座ることのできるVIP席にて観戦しているのは獣王、護衛のために傍に仕える牙獣戦士団の面々だ。

獣神エグルも観客からはみえない位置にて観戦していた。


加えてそこには普段ならば絶対に入れない妖しい集団が二人いた。



「ようやくこの日が来たな」


「えぇ。そうですね。ようやくです。今日この日をもって世界は我々は一歩目を踏み出すのです」



エグルの言葉に言葉に答えたのは執事服を着た青年――ラグリアだ。


表情は狂気の笑みに歪んでおり、今日この日、これから自身の手で起こすことへの出来ごとを思っていた。



「ラグリア、そしてセリム。分かってるとは思うが失敗は許されねぇ。徹底的に殺ってこい」


「もちろんですとも」


「…」



全身を白一色で染めた服を着ているセリムは、エグルの言葉に答えず闘技場内を見下ろしていた。


開会式は既に終わり、選手たちが散っていく。

何かを探すように視線を彷徨わせる。



「セリム君、探し人ですか?」


「あぁ。ここに来てたらせっかくこちから出向くのに殺せないからな」


「それはいいことですね。ですが、あまり殺しすぎてまともな戦争が出来ないようにだけはしないで下さいよ?」



ラグリアの言葉を適当に流しつつ闘技場から視線を外す。



「始まるな」



エグルの言葉の後に先ほどの感涙男性の声が響き、第一回戦が開催される旨が伝えられた。

直ぐに選手が入場し、中央で相対するように構え、「開始!」と声が上げられると気合いのこもった声が響き始めた。



「さて、祭りは始まった。さっさと行ってクロント王国を滅茶苦茶にしてこい」



これから起こる阿鼻叫喚の地獄絵図を想像し、思わず口元が歪む。長年の恨みを晴らす第一歩。そう考えれば致し方ないことである。しかし、傍から見れば先ほどのラグリアと同等なほど醜悪な笑みだ。


エグルの言葉を聞くと、ラグリアとセリムは身を翻しVIPルームを出て行った。





~~~~~~





「そう言えば、今日獣王祭だってなぁ」


「それ言うなよぉ。行きたいの我慢して街の警備してんだからよ」



同時に盛大な溜息を洩らす二人。


彼らはクロント王国の四つある内の都市の一つ、都市アルスに勤めている兵士だ。


先ほど口にしていた通り獣王祭に行きたかったが、仕事を放棄するわけにもいかず文句を漏らしていた。



特段強い魔物が出るわけでもないアルスだが、時折起こるモンスターによる侵攻を防ぐ名目のもと、街の周囲は壁に覆われている。彼らはその上に立ちながら遠方を眺めながめている。



「青い空、だだっ広い草原、聞こえてくる鳥の鳴き声…平和だ。特に異常なしだな」



のほほ~んをした雰囲気を出しつつ隣に控える兵士に声を掛ける。



「そっちはどうだ?」


「あ? あぁ。こっちも特に異常はないなぁ~」



またしても溜息を吐く。



「これなら獣王祭行きたかったなぁ」


「だからそれ言うなよぉ。行きたくなんだろうがよ」



苛立ちを感じさせるような声を上げる兵士。


娯楽の少ない世界で唯一年に一回大盛り上がり出来る行事とだけあって彼らの落胆は大きい。

沈んだ気分のまま遠方に目を凝らしていく。


さっさと仕事を終わらして憂さ晴らしに今日は飲みまくる、そんな決意をしながら眺めていると遠方に黒い点を発見する。



「ん? 何だあれ?」



陽を遮るように目の上に手で陰を作り、目を細める。

そうして初めて気付く。点が一つではなく、複数あることに。



「なぁ、空にある黒い点ってなんだと思う?」


「点? 飛行系のモンスターか? それとも鳥じゃないのか?」



問われた兵士は面倒くさそうにしながらも確認していく。

すると、顔つきが険しくなった。目を眇める。


鳥にしては大き過ぎる。かと言ってここら辺には飛行系のモンスターはおらず、偶に見かける程度、数にしても数匹。


だが、見える黒点は明らかに数が違う。


十や二十なんて数ではなかった。少しずつ少しずつ増えて行っていた。


先ほどまでは数えるほどだったが、今は点が線のように見えるほどだ。

兵士はただならぬものを感じ急ぎ知らせるべく動こうとした――


「おい、草原から煙があがってるぞ」



もう一人が口にした言葉によってその場に縫いとめられ、確認する。

そこには馬などの動物が走った際にできるような煙が見て取れた。それもこれだけ離れているのにもかかわらず、かなりの大きさで。


さすがに事ここに至りモンスターによる侵攻だと気付く。


以前にあったのは数か月前だ。滅多に起こるものでないにしろ今までにないほどの数のように見受けられる。



「俺は下に報告してくる。お前は引き続き見ててくれ」



血相を変えて飛び出していく兵士。


それから数十秒後――


緊急事態を知らせる大きな音が街全体に鳴り響いた。






~~~~~~





「なるほど。セリム・ヴェルグが神敵者だとは知らなかったと言うわけだな?」


「はい。至って普通のどこにでもいるような少年でした。強いて言えば実力が高かったかなと」


「そう思うなら不思議には思わなかったのか?」


「え? それはどういう意味ですか?」


「若くしてそこまで実力があったのなら何か怪しいと疑わなかったのか、そう聞いているのだ」



「そんな無茶苦茶な…」と問い詰められた冒険者は顔をしかめた。


都市アルスでは現在、このような光景がいくつも確認できるようになっていた。冒険者、町民、貴族構わず聞き込みを行い、セリム・ヴェルグについての情報を片っ端から集めている。


情報を集めているのは王都から派遣されてきた騎士だ。


今から数時間ほど前。正午辺りの時間帯に街に到着した彼らはギルドにいる冒険者に動くことを禁じその場で待機させ、全員から話を聞き出していた。おかげでギルドの中はギスギスしており、騎士に向ける目には苛立ちが目立つ。


騎士としても仕事な上、多くの者から話をきく機会をわざわざ手放すのが惜しく、このような行動に出ていた。

だが、聞き方も強引とあらば、セリムをどうしても悪いという風にしようと聞く人聞く人に先のような言い方で迫っていた。



「随分と強引な聞き方をして、セリムって子を否が応にも悪者にしたいって感じね」


「やっぱりソティさんにもそう見えますよね」



ベテラン受付嬢であるソティの意見に賛同を示すように口を開くフィーネ。

赤毛の鋭い目つきが特徴的なソティは騎士のやり方が気に食わないのか睨みつつもフィーネに返事をした。



「騎士のやり方は気に食わないけど、神敵者だったことだから強引な手段でも"悪"ってことにして色々な人間に神敵者ってのは危険なものだって認識を植え付けたいのかもね」


「何ですかそれっ! それじゃ洗脳みたいじゃないですか」


「落ち着いてフィーネ。貴女がセリムって子を信じていたい気持ちも分からなくはないわよ。貴女が担当して冒険者に登録したって話だしね」



既にセリムが神敵者と知れ渡りある程度の月日が流れていた。それでも直に目にしていないものにとってはセリムの印象は街の中でのものしかない。それを考えた時に本当にそんなことがあり得るのか?と疑ってしまっていた。特にその傾向が強いのがフィーネだった。


ソティが言ったように彼女がセリムの冒険者登録を行った。それからも何度も話をした仲なのだ。直に見てセリムがそんな極悪人だとは信じられなかった。



「すいません」


「気にしてないから平気。私はそろそろ仕事に戻るわね。多分騎士から事情を聞かれるとは思うけどさっきみたいに取り乱しちゃダメよ」



面目ないと言うように狐耳をペタンと折りたたむフィーネ。

それから「よしっ仕事するぞ!」と気合いを入れた時だった――



――ピィィィィィィィィー



街全体に甲高い音が響いた。



「これは緊急事態を知らせる警報?」



呆然と呟くフィーネ。

ギルドの中にも困惑が広がる。


響いた音に混じり外からはざわついた声が生まれ、騎士の一人が様子を確認してギルドから出ていった。その直後だった。


開け放たれたギルドのドアの前を先ほど出て行った騎士が激しく燃え盛る炎の球に押されるような形で逆走していったのは。


ギルド内が静まりかえる。



「何だ今の…」

「騎士が炎に…」


誰もが状況を理解できない中轟音が響いた。重たいものが崩れるような音だ。



「緊急事態…」



誰かが呟いた。


先の警報で既に分かっていたことだが、静まり返った室内で声を発したことで皆理解した。してしまった。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「グォォォォォォォォォォォ」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「キュァァァァァァァァァァ」



悲鳴に混じり幾つも聞こえてくる人間ではない声。それは恐怖を掻き立て、身を竦ませる。



「モン、スター?」



呟くと同時、ギルドに人間では決してありえないほどの巨腕が壁に突き刺さった。バチバチと雷を放射し、バチっと一鳴りする度に壁にひびが広がっていく。誰もが呆然とする中そいつは壁をいともたやすく破壊した。


そこから見えたのは――



「ライジング…バング」



街中に絶対にいるはずのない、居てはならないモンスター。それも一体や二体なんて生易しいレベルの数ではない。崩れた個所から見える範囲でも数十体は確認できる。


獅子の頭部と山羊の頭部と胴を持ち、尻尾は蛇のモンスターキマイラ。鷲の上半身と獅子の下半身を併せ持つグリフォン。近づくことさえも危険と言われる猛毒を持つオオトカゲ、バジリスク。


全てがAランクモンスターだった。


Aランクの集団という有り得べからずな状況に一瞬にして冒険者ギルド内は恐怖と叫び声で埋まった。以下に普段から戦闘を経験している冒険者でもとても耐えられるものではなかった。



「く、くるなっ! くるなっ! くるなぁぁぁぁぁぁぁ」



破壊された壁の近くにいた冒険者はライジングバングに睨まれ、奇声を発した。だがそれが返って注意を引いてしまい冒険者にAランクモンスターの猛威が降りかかった。


一瞬にして壁に埋まり動かなくなった冒険者。そこから生まれるのは先ほどまでよりも大きな恐怖。



「み、みなさん。お、落ち着いて、落ち着いてください」



平静を呼びかけるギルド職員の声にも耳を貸さず、我先に逃げ出そうと走り出す。目指すのはギルドの裏に一つだけある裏口。


普段は職員しか使えない専用の入り口だが、今は正面にライジングバングがおり、完全に入口がふさがってしまっていた。正面から出ようものなら自殺しにいくようなものだ。


押しあい踏みつけ、張り倒す。さっきまでギルド内で一緒にいた仲間は今はお互いにお互いの足を引っ張るだけの見にくい存在となり果てた。


ギルドカウンターに飛び乗りさっさと裏口に向かう者におびえる職員。誰かがカウンターに乗ればみんなして引きずり落とし、モンスターの所に投げ込む。



「俺が先だぁ!」

「私よ」

「いっつも俺は強いって自慢してんだから、あんたが倒してきなさいよ」



たった数分。それだけの時間でギルド内は一変した。


冒険者も騎士も関係なく皆がただひたすらに逃げることだけに全力を注ぐ。なんとも醜い世界が出来上がった。


ギルドに設置された窓から一般の町民が助けを求めるも誰も応じない。もはやルールはない。完全なる無法地帯。生きるか死ぬか、サバイバルゲームと化した。


だが、これは始まりに過ぎない。

Aランクモンスターなんて歯牙にもかけない正真正銘の怪物バケモノが後に控えているだから。


復讐という火に憎悪と言う薪をくべながら、今か今かと――


こうしてクロント王国にある三都市きっての最悪の一日が幕を開けた。


恐怖と絶望。そんなものでは足りないほどの悲しみが生まれる日として――

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