第104話クロント王国三都市同時侵攻戦Ⅱ

世界を祝福するかのように雲ひとつない空。

太陽を遮る雲がないこともあり、降り注ぐ陽はいつもより厳しい。


しかし、誰も暑いなどと口にしている暇はなかった。


暑いと口にするものはゼロ。

変わりに熱いという言葉がその場には響いていた。


クロント王国最西端の都市――商業都市ラトレイユ。


雲ひとつない空に反して地上からは幾つもの黒煙が顔を覗かせていた。



「がっ… もう、やめ、て…」


「キシシシッ ゴミの分際で何しゃべってんだよぉー」



ドスドスと何度も鈍い音が響く。

鈍い音に混じってバキッと骨が折れる音も聞こえてくる。


商業都市ラトレイユにある大通り。

普段ならいくつもの露店や店が軒を連ね、あの手この手で物を売りさばくメインストリートとして栄えている。しかし、現在、大通りは建物が破壊され、崩れた瓦礫が幾つも散乱していた。


人もあちこちに倒れ血を流している。幸い生きている者もいるようで呻き声も聞こえるのは運がよかったと言えた。


凄惨な光景が広がる中、男性の両肩を掴み膝蹴りを叩きこむ人物がいる。


金と茶色が混ざったような髪色に額から赤い角を生やした女性――フォルカ・モルーガだ。


男性は冒険者で襲い来る脅威から街を守るべく立ちあがったのだが…



「がはっ… あぁ」



目は虚ろで腕や足が変な方向に曲がっていた。


一方的にボコボコにされたのだ。



「死ん、じゃった…?」



可愛らしくコテンと首をかしげるフォルカ。


しかし、その目には純粋さなど宿ってはいない。


反応がないことを確認すると文字通りゴミを捨てるように放り投げる。


周囲を見渡すフォルカ。その目は次の獲物を求め蘭々と輝いている。

だがそれも直ぐに曇った。



「いない…」



指を加え悲しそうにつぶやく。


クロント王国三都市合同侵攻戦はまだ始まったばかりだが、ラグリアの神敵スキルによって捕獲されたモンスター部隊が街に解き放たれ暴れている。


地獄と言っても過言ではない光景が広がっているが、実際ここの街中で暴れているモンスターの数はそんなに多くは無い。精々が十前後だ。


これはフォルカが自分の手で殺したいということでまだ温存しているのだ。よって他の都市に比べれば被害は少ないと言えた。ただ、襲われた方としてはそんなもの関係ないが。


モンスターの対処に殆どの人員が出向いてしまったせいでフォルカの近くにはもう誰もいない。



「あまり殺すな。戦力として役に立つかもしれないんだ。殺るなら勧誘してからにしろ」


「キシッ 面倒ー」



はぁと溜息を吐く。

銀髪に血を想像させるような赤い目をした長身痩躯の男――ヴァイン・シリウス。


フォルカとヴァイン。

この二人が商業都市ラトレイユを反落させるために来ていた。


注意するヴァインだが、口元には血の跡が、手には殺したと思われる人間を引きずっている。



「ヴァインだって殺してるんだしーいいじゃん!」


「仲間になるか死ぬか、俺は選択肢を突きつけたうえで殺している。だが、お前は敵を見つけたら躊躇なく飛び出して襲ってるだろうが」


「キシシッ…」


「笑ってごまかすな。無暗矢鱈に殺されては俺たちの手柄が減る。ラグリアから怒られても知らんぞ」



フォルカと同じく持っていたを投げ捨てる。



商業都市ラトレイユはその名の通り商業が盛んな都市だ。


つまり、滅多に見れない物などが数多くある。その分護衛などの街の防備は分厚くなっているのが特徴だ。迷宮都市クイールも防備は厚く、冒険者多いが、ラトレイユは兵士の数が多い。


しかし、現在ラトレイユの各地にはAランクモンスターを始めとした怪物たちが暴れている。そこに名のある冒険者達がモンスターに挑んでいるのだが、圧倒的な数の暴力の前に苦戦している。


中にはAランクモンスターを倒せる猛者も居るのだがそこにはフォルカとヴァインが出向くことで尽く潰していた。



「さて、しばらくは静観か」



ある程度邪魔になりそうな奴らを片づけ暇になったヴァイン。瓦礫に腰をおろしつつ休憩へと移行しようとした時だった。


――ヒュンッ


空気を切り裂く音を響かせながら魔法が飛来した。


目の前に血の盾を生み出す。ズドンと音を響かせた攻撃を血の盾によって受け止めたヴァイン。盾は所々欠けており、ものすごい威力の一撃であったことが窺えた。


しかし、ヴァインは驚いていなかった。これ位は出来て当たり前だろうといった雰囲気を発している。



「ようやく出てきた訳か」



魔法が飛んできた先――


そこにいたのは全身を黒い体毛に覆われた獣人の男性だった。


瞳は閉じられており、とても落ち着きはらっている雰囲気だ。


異世界に似つかわしくない浴衣のような服装に白い羽織を纏い、腰には杖を帯びている。さながら新撰組とかそんなイメージだろうか。180はあろうかという長身なだけに良く似合っている。


侵攻戦前に調べた情報の中にあった勧誘候補の内の一人。数日前に商人の護衛として街に入ったのを確認していた。


今回の目的の一つには戦力の勧誘もあるため、出来るならばこちら側に引き入れておきたい駒だ。


Sランク冒険者、魔獣師ガルドフ・ナックル。


獣人には必ずと言っていいほど魔力量が少ないと言う問題がある。

だがガルドフ・ナックルはそれがなかった。獣人としての優れた身体能力に加えて他種族と同等の魔法を扱える。


故に魔獣師。


彼はその強みを生かしSランク冒険者になったのだ。



「貴様に話があ――」



――ブオォン


風切り音を響かせヴァインの顔すれすれに杖が振られた。



けいを殺してこの騒ぎを納めるのが先だ」


(交渉の余地すらないか…)



各地からモンスターとの戦闘音に悲鳴が響いてくる。雑音を気にした風もなく冷静にガルドフを見つめるヴァイン。



けいが何故このようなふざけた行動をしているのか知らないが、今すぐやめろ不快だ」



観察されていたことに気付き、隙を与えないようにきっぱり切り捨てた。


まったく入り込む隙のないガルドフに溜息をつきたくなるヴァイン。面倒だと思いつつもまずは交渉のテーブルに着かせることを意識した。


Sランク冒険者、魔獣師ガルドフ・ナックルVS吸血鬼ヴァイン・シリウスの戦いが始まった。







一方ヴァインから離れ、獲物が居ないか散策していたフォルカ。そこにもとある人物が姿を見せていた。


フォルカとは違うが額の中央から小さな角を生やしている。見た目30手前か。


小麦色に染まった肌に青色の髪、白を基調とした服を着用している。服のラインには髪と同色が使われており、全体的に纏まりを感じさせる。



「誰ぇ~?」


「こう見えてもSランク冒険者でそれなりに名は広まってると思ってたんだけど… 知らないのかい?」


「知らなーい。知らなーい。でも――」



ふざけていたフォルカの表情に陰が差し込む。



「お前が獲物だってのは知ってる キシシシシァー」



ダアァァァンとクレーターを作る勢いでジャンプする。その勢いのまま建物の上に立っていた女性に向かって拳を振るう。


引き絞った拳を含めた腕が突如肥大化。元の十倍はありそうな程に

肥大化した腕で容赦なく殴りつけた。


元は何かの店だったのだろう。二階建ての建物は一撃で砕け散りぺちゃんこだ。外へは商品と思われる雑貨類が放りだされ、散らばっている。



「キシシシッ」


「ちょ、いきなり危ねぇなオイ」


「キシッ?」



グリンッと音がしそうな勢いで振り向くフォルカ。肥大化した腕を支えにすると逆の腕も肥大化させる。全てを薙ぎ払うかの如く横殴りを繰り出した。


ドドドドドドドドォォォォォォンと豪快な横なぎで周囲を更地に変えていく。


だが、女性には当たっていない。「ちょっ、おい!」や「わっほ」など奇声らしきものを発しながら何とか回避していた。


しかし、フォルカは止まらない。笑みを浮かべながら次々に殴り飛ばしていく。


周りへの配慮も躊躇も一切ない。瓦礫の下に誰かがいようが関係ないのだ。


内なる衝動に突き動かされていた。



「楽しいぃぃぃぃぃー」



その拳が不意に止まった。否、止められた。


拳の下には片手剣を頭上に掲げ、拳を受け止める女性の姿がある。



「キシッ?」


「周囲からは砂塵の番人ミリエル・ハ―フェンなんつーもので呼ばれてんだが…知らないってんなら私もまだまだだってこてさな。まぁ、今はそれよりあんたを倒す方が先さね」



直後、フォルカは腕に痛みを覚えた。


慌てて肥大化させた腕を解除、元の大きさに戻す。拳を確認すると中間部分ーー中指と薬指の間がぱっくり切り裂かれていた。



「さっきも言ったろ?これでも一応はSランク冒険者だって」



天に掲げていた剣が砂のように細かくなり空中に飛び散っていく。ミリエルの手元から消えた剣が砂となり周囲を転回し始めた。



「キイィィヤァァァー」



甲高い声を上げると全身に深紅のオーラが纏わせる。怒りを表すように吹き上がったオーラは徐々に密度を増していく。


全体が一回りは大きくなったように見える。



「こーろーすぅぅぅぅぅ」





――――――





迷宮都市クイール。


名の通りこの都市には迷宮が存在する。ランクは高めのBだが浅い層ならば初心者でも問題なく挑めるため、街には冒険者であふれかえっている。


冒険者が集まれば騒がしくなるのは必定。喧嘩なんてのは日常茶飯事。だが騒がしい筈の冒険者は、今日この日に限り殆どが静かだった。


理由は一つ。



「さて、ある程度材料も確保出来ましたし、一旦送りますか」


「材料? 何に使うの?」


「悪魔召喚ですよ。何せエルフも無駄には出来ないのでね。それにこういう人たちは色々と用途があるので集められる時には集めておきたいのですよ」


「ふ~ん」



周囲を三十人以上の冒険者に囲まれながらも悠然と会話を紡ぐ二人。


燕尾服ではないが、執事が着てそうな服装をした黒髪の青年。顔には薄気味悪い笑みを浮かべながら周囲を眺めている。ラグリア・フォルネス。色欲の神敵者にして今回の侵攻戦の責任者だ。


横に並ぶのはラグリアを筆頭に形成された組織、復讐者ルヴァンシュに属する女性だ。


フーヴェル・シャガ。青色の髪をした二十代も後半の妖しい笑みを浮かべる女性。


この二人がいることで…正確にはラグリアがいることで周囲の冒険者は皆、強制的に閉口させられていた。



「ねえぇ、思ったのだけど、ここに私必要だったかしら? ラグリア貴方一人で全部出来たでしょ?」


「どうでしょうかね。フゥーヴェルの美貌に見とれて動きを止めている方もいるかもしれませんよ?」


「何それぇ。だとしても残念ねぇ。私にはもう決めた人がいるのよぉ。その人の為なら何だってしてあげるのに… どうしてぇあの人は気付いてくれないのかしらぁ~」


「大丈夫ですよ。フ―ヴェルの魅力にきっと気付いてくれますよ」



頬を赤く染め恍惚な表情を浮かべるフ―ヴェル。その姿は乙女の様にも見えるが、目が完全に危ない感じに逝っている所為で台無しとなっていた。


肩をすくめつつ答えたラグリアに変態的な笑みを浮かべ「ほんとぉ?」と問いかけるフ―ヴェル。



「え、えぇ。それよりも早く回収しましょうか。あまり時間をかけていると後続が来ますのでね」



言うや否や、転移魔法で空間に穴をあける。そこへ周囲の男たちが自らの足で歩いて入っていく。淀みない足取りは自ら望んで入っているようだが、額から噴き出た異常な量の汗がそれを否定していた。


ラグリアに操られているために逆らうことが出来ないのだ。どんなに心のなかで叫ぼうが神敵スキルの前では全てが無意味だ。


回収が済むと再び歩き出す。散歩でもするかのような足取り。


クイ―ルでは他の都市とは違い街中・・にモンスターはいない。


モンスターは最初、入口を塞ぐ門を破壊するために使っただけだ。以降は二人散歩でもするかのように進んでいた。侵攻を妨害するように立ちはだかった者も多くいたがラグリアの前では役に立たなかった。ことごとくを突破され今現在に至る。


二人にとってもはや作業だ。

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