第102話 欲望の獣

翌日。



「うわぁぁぁぁぁぁぁ―――」



突如響き渡った悲鳴。



「悲鳴?」


「森の、中から。モン、スターとか、出た、のかも」



何があったのか疑問を口にするルインの声にセルシュが答えを返す。


空には既に朝日が昇り、眩しいくらいに地上を照らし出す。

そんな時間帯ということもあり、獣爪ビーストヴォルフ、セリムの面々も既に起床、日課の訓練を行うための準備をしていた。その中で響いた悲鳴は全員の耳に届いた。


セルシュが言ったモンスターという可能性。それを踏まえ途中だった準備を急いで済ませると、獣爪ビーストヴォルフの面々と雇われ用心棒のセルシュは悲鳴の元へと走って行った。



「あの、行かなくていいんですか?」


「丁度いい機会だ。お前も一緒に戦って戦闘経験でも積んでこいよ」



言外に俺は行かないと伝えられルインは困った表情になる。されど主の命であることもあり、無視するわけにもいかない。他の者たちに遅れる形で後を追いかけていった。



「昨日、夜に、森の中、から、大きな魔力、感じた。あれ、あなた?」



ルインが出て行った直後、セリム以外誰もいなくなったはずの宿舎に声が響いた。


開け放された入口、そこには先ほど出て行ったはずのセルシュが立っていた。


問いかけられた声には険しさが混じっている。セリムを非難するような目も向けている。


「あぁ」と短く返事を返すセリム。



「確証はないが、ある程度知ってたって感じだな。だからここから他のやつらをどかせたのか? だとしたらそれは無駄なことだな。俺に気遣ってなのかなんなのか知らねぇが、この事を知られてもどうでもいいんだよ」


「あなた、のこと、心配、して、ない。他の、人、の、心配」



セルシュの発言に対し、意味がわからんと首をかしげるセリム。



「あなた、は、簡単に、仲、間に、手出す。だか、ら、危険」


「随分と優しいことだな。だが、生憎とあいつらの中には殺す価値の奴なんていねぇから安心しろよ。つっかかってさえこなけりゃだがな」



言いきると同時にセルシュへと視線を向けると、仮面の奥の口角を歪める。


視線を向けられたセルシュは視線が何を意味するのかを理解した瞬間、表情が強張る。



――あいつらの中には・・・・・・・・



(つまりは私は対象外…)



防衛本能からか、力む身体を制御し、何とか落ち着かせる。



「昨日、『折角育て上げた奴を殺させると思うか?』って、言った、のに」


「…はぁ。言葉の意味を理解しろ。他人に殺させるのと自ら殺すんじゃその言葉の意味は当てはまらないだろうが」



どこまでも傲慢な自分勝手な言い分。

他人だろうと自らの所有物だろうと容赦しない。歯向かうものには死を。


その考え方はまるで人という知的な生命体の行動ではない。



――獣だ。



欲望のままに他を蹂躙し、攻め滅ぼす。


セルシュとて裏稼業に身を置く人間としてそれなりに非人道的な行為というものを経験してきた。


今までに欲望のままに動く人間をみることは何度もあった。しかし、セリムの場合はそのレベルが違うように感じられた。



――狂っている。まるで狂った獣… 狂獣だ



自身が置かれいる立場が危うい事を初めて本能的に理解させられ、後ずさってしまう。



「おか、しい…」


「おかしい? もしそうだとしたら俺をおかしくさせたのはこの世界、そしてこの世界に生きるお前らだ」


「…」



言葉に詰まり黙ってしまうセルシュ。


沈黙が場を満たし張り詰めたような空気が漂う。そんな中先ほど出て行った連中の内の幾人かが、宿舎に向かって走ってくるのを開け放されたドア越しの視界に捉えた。



「今日から三日後、"天空の覇者"に行く。ルインあいつにも伝えとけ」



そう言うと席を立ちあがる。セルシュの横を突っ切る形で移動する。



「っ…」



すれ違った瞬間、掛けられた声に解したはずの身体がまたしても強張った。



――安心しろよ。突っかかってこなけりゃ、な



苦々しげな表情をしたまま横目でセリムを見送った。






~~~~~~






三日後――


時刻は昼近く、照りつける太陽の眩しさに辟易しながら、セリムはとある場所に向かっていた。


獣王国ローアの街はもうすぐ"獣王祭"開催とだけあって様々な人種の人が行きかっている。


少し前までは貴族の内の一人、アルタ―・ゲオリック及びそこに住まう者が殺害されたと騒ぎにもなっていたが、今ではすっかりお祭り前の準備や、参加者で街はお祭りの雰囲気に染められつつある。


手に持つ一枚の用紙を見ながら辺りをキョロキョロするセリム。それを数度繰り返すうちにスラム街に入り、とくに問題を起こすこともなく抜けていく。


スラム街を抜けた先、そこは草木ばかりで数えるほどしか建物のない場所へと来ていた。


辺りはほとんどが空き地のごとく何もない。数件ある建物にも人の住んでいる形跡はみられない。


周囲を見渡しながら進むこと少し。


ここら一帯の中で一番大きな建物の場所へと辿りつく。


周囲を木の柵で囲まれている。その前に門番なのか門などないというのに兵が立っている――否、正確には兵ではなく、冒険者だろうか。


立っている人数は二人。統一性のない装備は正規の兵士には見えない。この二人は、ルインを買うときに後顧の憂いを立つ目的で護衛として雇ったのだ。とは言え、何の目的もなく優しさで雇ったわけではない。


一つ目は偶然だが、セラを助けたことによる恩。

二つ目は奴隷から救った恩。

三つ目は孤児院の安全の確保による恩。

四つ目は孤児院の皆の命をいつでも奪えるという脅迫。


四つ目は気付いているかどうかは兎も角、セリムにとっては"恩"と"脅迫"の鎖でがちがちに縛りあげ、自身の人形にしあげたのだ。



門番の前まで行くも、特に止められることもなく通り抜ける。


目的の地に着いたことで、持っていた用紙を燃やして処分すると孤児院のドアをノックした。







「取り敢えず、ほら」



マジックリングから人間の頭部ほどの麻袋を取りだすと投げ渡す。中からはジャラジャラと硬貨同士がぶつかる音が鳴る。


あわわわわと年相応の可愛い声を出しながら、手をバタバタさせつつなんとか麻袋を受け取るルイン。


無事にキャッチできて一安心、かと思いきや先ほどと同じ麻袋が一つ、また一つと投げ渡される。その度にあわあわしながら受け止める。


最終的に麻袋は全部で三つ。


あまりの重さに前かがみになっており、まるでお礼をいっているかのようだ。



「わた、し、手伝、う」



ルインの斜め背後に立っていたセルシュが言葉短ながらも助け船をだす。


ルインに向けられた目は優しげだが、時折向けられるセリムへの視線は険しいものが宿っている。この前のことを引きずっているのが明らかだった。


昨日、今日の訓練はなしにしてで待っているよう伝えたセリム。


尋ねた時にまさか二人ともいるとは思っていなかったが、いたことは好都合ではあった。しかし、それはセルシュがセリムを警戒してルインを一人にしないようにしているようにも感じられた。


硬貨の入った麻袋を分けあうのを見届けると「さっさとそれを置いて来い。準備出来次第出発する」と声を掛ける。


それから数分後――



先ほどまでそこらへんに売ってそうな軽装だった二人は全身に装備を纏っている。これから冒険に行くスタイルへと変わっていた。


場違いなほど高レベルのダンジョンに挑むことに若干緊張しているのか震えるルイン。

それを一瞥するも、特に声を掛けることもなくそのまま身を翻す。


一行は旅立った。


SSランクダンジョン "天空の覇者"へヒュドラを狩りに。






~~~~~~






「何これ…」



キ―ラは呆然としつつもその言葉は自然と漏れた。それに同じく一緒にきていた二人――ディレットとフィーも同意するようにうんうんと頷いていた。


現在キ―ラ達三人は"炎獄山"と呼ばれる場所に来ていた。


左右をルぺリア帝国とゲーテ皇国に挟まれる形で存在する巨大な山。それが炎獄山だ。


本来は名のない山だったのだが、山内部にダンジョンが発見されたことで炎獄山などという名前になった。


名前の通り、この山は地獄のような茹だる熱さが特徴的なダンジョンだ。


外見はただの山なのだが、内部にはマグマが至るところで湖のごとく溜まっている。運が悪ければ頂上からあふれだした溶岩が地上に流れ、飲み込まれると言う経験も出来る非常にスリリングな場所だ。



「あっつい」


「フィーも熱いのー」


「ったっく誰だよ、心頭滅却すれば火もまた涼し、とかほざいた奴は…」



三人一斉に「あぁ~」とダレた声をだしながら周囲の環境にげんなりしていた。


この場にいるだけで滝のように噴き出る汗。しかも砂漠のようにカラッとした熱さではない。その為身体に纏わりつきべたべたと不快指数を上げる。


炎獄山に近づけば近づくだけ周囲からは白い煙が立ち上り、それが湿度を上げる。まるで温泉地帯にでもきているかのようだ。


炎獄山地上付近一帯には木が存在しない。正確には葉の付いた木がない。


ここ特有の木なのか、それとも単純に枯れてしまっているのか定かではないが、木もここまで高い湿度にはお手上げなのだろう。



「お嬢に譲ちゃん。取り敢えずこれを」



そう言って渡したのは長方形の瓶に青色の液体が入ったものだった。



「これ何?」


「クーラードリンクだ。制限時間があるが、熱さを軽減してくれる」



質問したキ―ラだったが、話を最後まで聞くことなく「熱さを軽減」というところで勢いよく液体を飲んだ。


熱せられた身体にひんやりしたものが流れ込む。勢いよくごくごく飲んだ直後、身体全体に染みわたるように心地よい冷たさが広がる。



「涼しい!」



あまりの快適ぶりに先ほどまで失われていた笑顔が戻る。二人も一気に飲み干すとキ―ラ同様笑みが戻る。


まるでこのまま天に召されそうなほどのいい笑顔だ。



「さてと、さっさと目的のもん採ってこんなところ後にするぞ」


「フィーがんばるー」


「わかったわ」



灼熱地獄の中で快適さを取り戻した一行は高湿度と白煙立ちのめる中を進むのだった。



各々が目的の為にとれる行動をしていき、時間は流れゆく。


そして二週間と数日後――


誰もが待ちに待った獣王祭が開かれる日。


獣王国、ラグリア、セリムが待ちに待った全ての始まりの日。


今日この日をもって世界は変わっていく。

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