第87話証Ⅱ牙獣戦士団 二ノ牙ケルドゥVSセリム

牙獣戦士団"二ノ牙"ケルドゥとの勝負は、ただやり合うだけじゃ詰まらないと言うことで、お互いに交互に殴り合って最後まで立っていた方が勝ちと言うものだった。


筋肉バカがやりそうな勝負内容が提案されたがセリムはそれを了承した。


そして現在、先行を務めるケルドゥが引き絞った腕をセリム目掛けて放とうとしていた。



「歯ぁ食いしばれよぉ!」



左足を半歩程踏み出すと拳を固く握りしめ、右腕を引き絞る。元々の筋肉で服の下からでも分かるほど張っていたものがより一層張り出し、ギチギチと服を圧迫する。



「オオゥラァ!」



獣のような咆哮上げながセリムの腹部目掛けて放たれた一撃。



ボオォォォォォォォン――



「っ…」



この世界に防御力と言うものはステータス欄にない。


装備品で固めるか己の身体を鍛え、筋肉を強化することで防御能力を上げていくしかない。


故に人外の領域に踏み込もうが素の防御力というのは種族差はあれど、人間の強度などたかが知れている。刃物は簡単に突き刺さるし、血は流れ怪我もする。


ケルドゥの一撃をまともに喰らったセリムは、足を地面に擦りつけ身体が浮かないようにこらえながら踏ん張りるも五m程後退させられた。


口の中に広がる鉄の味。プッと吐き出し口元を手の甲で拭う。


観客席にいる者たちからほぉ~と感心したような驚いたような声が上がる。


それもそのはずで、今回の勝負ではスキルはおろか魔法も使用しないと言うルール。それでいて身体能力が人よりも優れた獣人の一撃を受けたのだ。


何の防御もせずに交互に殴り合うと言うのがこのゲームなのだが、人族の身で耐えた者はいない。人族以外の…例えば同じ獣人族の者でも同じことが出来る者は限られている。

それだけケルドゥの力は強いのだ。



「やるじゃねぇかよぉ。ほら、次はお前の番だ」



己の一撃に耐え切ったことに笑みを向けながらさっさと掛かってこいと挑発する。


血を吐いたことからダメージはあるはずなのだが、それをまったくを感じさせない、普段通りに歩くセリム。



「ほら、好きなとこ殴ってい…ッグ」



「いいぞ」と言い切る前にセリムが殴りかかったのだ。そのせいで言葉が途切れた。


セリムとケルドゥの見た目にはかなり大きな差がある。


比べた時、身長はもちろん圧倒的なまでにケルドゥの腕や胴回りは太い。対して鍛えているとは言えケルドゥに比べるとセリムは細い。だが、セリムが放った一撃は先程のケルドゥのものよりもはるかに威力があった。


セリムの一撃は、先程の仕返しとばかりに腹部に叩き込まれ、何とか耐えようと踏ん張るが耐えることはできず、そのまま物凄い勢いで闘技場の壁に叩きつけられた。


ドゴォンと言う音と共に壁が砕け散り土煙が舞う。


煙が上がる中をつまらなそうに見つめるセリムだったが、その目は直ぐに逸らされた。身体の向きを変え、立ち去ろうとする。しかし、煙が上がる中から砕けた壁の破片がセリム目掛けて飛来した。


適当に回避していると――



「ハッハハハ 最高だぁ。まさか一撃でここまで喰らうとは…なぁ」



薄くなりつつある煙の中から地べたに腰を降ろし、壁に寄りかかったままのケルドゥが声をあげた。


口元からは血の川を作っており、団服にポタポタとシミを作っていた。だがそんな事を気にした様子はなく、実に楽しそうに笑みを浮かべている。



「まだ、勝負はついてねぇぞぉ オラァ」



殺さないように加減して放ったとは言え、流石に今ので沈んだと思っていた。だからこそ背を向けたセリムだったが、血を吐きながら起き上がってきたケルドゥに面倒くさそうに視線を戻す。



「これ以上やんなら命を取るぞ…」



低い声で脅すように声を発する。


しかし、ケルドゥは関係ねぇとばかりに起き上がる。胸のネックレス型のアイテムポーチから一本の片手斧を取り出した。


黄金色に黄輝くそれは、セリムの身長と同じ位ありそうなほどに巨大だ。戦斧には赤い龍の彫りが刻まれており、力強さを感じさせる。



「ハハハ いいぜぇ~ 命のやり取りといこうじゃねぇかよぉ!」



強者と戦えるのが楽しいのか本来の目的から外れているが、気にした様子もない。


戦斧を振り払う。生まれた衝撃により闘技場の地面が勢いよく捲れ上がる。セリムのいるところまで衝撃が伝わった。



「いくぜぇ~」



爆発を起こしたような激しい蹴りと共にセリムへ向けて爆進した。


突っ込んでくるケルドゥを見たセリムの目の色が、今までのものとは変わった。


ひどく冷たく人間味を感じさせないものに――


戦斧を持ち、爆進してくるケルドゥは先程殴りあった時よりも筋肉が膨張し、服が所々破け始めていた。


命のやり取りということで身体強化スキル"纏衣まとい"を使用したのだ。



「フンッ」



短い呼気と共に振られた黄金の戦斧は、セリムの左肩に振り下ろされた。


腕一本だけを"硬化"し、降り下ろしを防いだ。


"鉄壁硬化"ではなく"硬化"だった為に服は切り裂かれたが腕には一切に傷はついていない。


それからも黄金の戦斧を縦横無尽に振り回し何遍も何遍も斬りかかる。だが、その全てをセリムは弾いていく。


笑い声を上げながら斬りかかってくるケルドゥの戦斧を弾くセリムだったが、腕に突如痛みが走った。今の今まで無傷だった腕に戦斧がめり込んでいた。



「どうだぁ? この戦斧エルグランドはよぉ」



見ると、戦斧に彫られた赤い龍が光り輝いている。龍から発せられた光が斧全体へと広がっている。



「こいつぁな、同じ箇所を三度攻撃するとどんなに硬かろうが関係なく切り裂く」



そういいながら腕を切り落とそうと戦斧を握る腕に力を込める。強引に力で押し込んでいく。


"硬化"はあくまで表面を硬くするだけなのでめり込んだ戦斧は見る間に腕を斬り進み、切り落とした。


そして勢いそのままに鎖骨目掛けて吸い込まれていく。だがそのまま真っ二つに切り裂かれる事はなく甲高い音を響かせ止まった。


観客席にいる戦士団から失望のような声があがる。


当初のルールで四肢欠損攻撃はするなと言われていたにも関わらず、そのことには誰も何も言わない。そもそもルールなど途中からあってないようなものだったが。



「さすがに切り裂けねぇかぁ。だがよぉ!」



切れないとわかっていながらも戦斧を引かず、寧ろ押し付けながらケルドゥは斧技"天衝斧カライド・アッシュ"を使用する。だが、斧はセリムの鎖骨付近に当てられたまま一切に進むことはなかった。切られた腕をそのままに柄に当て、これ以上進めないように押しとどめていたのだ。


歯を食いしばり何とか押し込もうと力を込めるが一切進まない。


業を煮やし、脇腹目掛けて蹴りを放つが簡単にガードするセリム。腕を振り弾き飛ばすと手刀を繰り出しケルドゥの足を切り落とした。


ブシャーと血の滝が吹き出しあたり一体に水溜りが出来上がった。



「腕のお返しかぁ?」


「腕? 何を言ってるんだ?」



まったく痛がった様子を見せないケルドゥ。片足となったことでバランスが悪く、戦斧を杖代わりに地面につく。


そこへ見せびらかすように腕を持ち上げると断面から腕が徐々に生え始める。ものの数秒で元通りになった腕を確かめるように開いたり閉じたりして確認する。



「お前、龍族だったのか…」



ケルドゥから驚きの声が上がる。それは観客席にいる者たちも同様だったようで「人族じゃなかったのか」と疑問の声が上がっていた。


スキルの中には限られた者しか持っていないものがある。


"再生"もその一つだ。


再生は代表的な例を上げるなら龍族、海人族またの名を海竜族、ワームなどのモンスターが持っている。


モンスターを除けば龍族と海人族、鬼族の限られた存在しか再生は持ち合わせておらず、人族で持っている者はいない。そもそも持てないのだ。


力なく中途半端に閉じられた腕を突き出す。腕から指先へと魔力が集まっていくと指先からバチバチと雷が迸り収束されていく。


片足がない今、ケルドゥに回避する術はない。だが、加減はしない。


今のセリムにとって人の判断基準は"使えるか"、"使えないか"の二種類しか存在しない。


使えるなら使い潰し、使えないなら殺し己の糧にする。ケルドゥに関しては最初、戦力として"使える"と思っていたが、殺し合いと言うものに移った瞬間、胸の内で燻っていたおどろおどろしい感情が囁いたのだ。


殺せ 殺せ 殺せ――と。


そこに一切の疑問を持つこともなくセリムは殺すことを選択した。


本能の赴くまま、怒りのままに全てを破壊し奪い、消す…それが今のセリム・ヴェルグだ。



躊躇、加減容赦一切ない紫電に雷槍ライトニング・ピアスが放たれた。


最初に殺り出したのはケルドゥだが、殺す気満々な魔法を目撃した者たちは流石にやりすぎだと焦り出す。ケルドゥと魔法の間に割り込むようにして一人の男が観客席から飛び出した。


飛び出してきた黒髪銀眼の人物――ディレイズは既にリング型アイテムボックスから取り出していた大盾を構えた。


白を基調とし、水色の十字架マークが入った盾だ。どっかりと構えると魔法を防ぐ。何とか防ぐことに成功したディレイズだったが、思ったよりも威力が高く押し込まれた。そこへセリムが追撃と紫電の雷槍ライトニング・ピアスを十発程纏めて放った。


ズドォン、ズドォンと音を立てながら飛来した雷槍は壁を砕き地面を抉り、盾を焦がし、盾で守られていたはずのディレイズにまでダメージを与えてる。


シュ~と焼け焦げる音を聞きながらディレイズが顔を上げると、そこにはさらに魔法を発動しようとしてるセリムの姿が映る。




「勝負はついた。お前の勝ちだ。今すぐ魔法の発動を止めろ」



魔法を放つ寸前、矛を収めろと声がに係った。


一瞬チラッと振り返る。そこには青みがかった銀髪に団体服を着た男いた。大剣を片手に首筋に剣先を当てている。


スキルを使われでもすれば即座に身体を一刀両断されかねない状況下。そんな状況だと言うのにセリムの表情に変化はない。


銀髪の男から視線を逸らすと「すっこんでろ」と肘打ちをお見合いした。


スキルも何も使用していない素の状態での一撃。だが、背後にいた獣人はに背後の壁まで飛ばされていた。


ガラガラと背後から聞こえてくる。崩壊の音を背に、セリムは魔法の大量の魔法を大盾の持ち主であるディレイズ、ケルドゥへ向けて放った。


ドドドドドドドドドォン!


何十発、何百発と死の弾幕に晒された箇所は大きく抉れ、闘技場の壁がまるごと消し飛ぶ。


それだけに留まらず周囲の壁も大きなヒビが入り今にも崩れ落ちそうな程ボロボロになっていた。


壁が崩れる中、数多の攻撃に晒され燃えカスのように小さくなっていたケルドゥの魔力が爆発的に跳ね上がった。


だが、それも一瞬のことですぐにしぼんでいく。そこに、確実に息の根を止めようと、炎球を放つ。


ただしそれは普通の大きさではなかった。"収束"によって限界まで魔力を内包させ威力を増した一撃だ。


"収束"を使用したにも関わらず炎球の直径は一mを優に超えいる。まさに死を与える為に作り出されたものだと言えた。


熱量も凄まじく周囲の気温が上がったようにさえ感じられる。


それを放った。


巨大な火柱と爆炎が周囲一体、大気までもを焼き焦がす。


当初、セリムの蛮行を止める為に動こうとした戦士団の面々だったが、実際に動けた者はディレイズとセリムの首筋に剣を向けたゼルフの二名しかいなかった。


魔法による攻撃が予想を超えて強力だった為に自身の防衛と獣王の守護、この二つをこなさざる得なくなり、手が回らなかったのだ。


そして闘技場を半壊させる程の被害を与え、忠告を一切無視したセリムは、煙の上がる前方からくるりと回れ右をし、カルラがいるベンチへと歩を進めていた。


その行動はまさに背後にいる奴等のことなど眼中にないように見受けられる。


事実セリムは背後にいる奴のことなどどうでも良いのだ。


生きていてもかなりの手負い、それは間違いない。そう生きていれば・・・・・・だが…


直接頭の中に声が響き渡ってくる。



≪魂を消化、  …魂に付随する情報の取得。開示しますか?≫



先程肘打ちで吹き飛ばした獣人をチラリと横目でみるが、動けないのか、襲いかかってはこない。それを確認したセリムは頭の中に直接響く声に意識を集中する。


どれくらいの強さだったのかを確認すべく、かなり久々のステータス開示を行うべく"はい"を選択した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 ケルドゥ

年齢 :38歳

種族 :獣人族

1次職 :戦士

2次職 :狂戦士

3次職 :狂乱鬼

4次職 :破壊者

レベル :80

体力 :32000

魔力 :17000

筋力 :34000

敏捷 :26000

耐性 :25000



スキル

纏衣 Lv10 max

拳技  Lv9 

斧技  Lv7 

体力狂化  Lv1 

筋力狂化  Lv1 

魔力強化  LV2

敏捷強化  Lv10 max 

耐性強化  Lv8

嗅覚上昇  Lv6

聴覚上昇  Lv7

反射速度強化  Lv5

攻撃力上昇 Lv6

治癒力上昇 Lv9

認識速度上昇  Lv4

肉体強度上昇  Lv3

痛覚遅鈍化  Lv5

重量装備時重量軽減  Lv6

火魔法  Lv2

硬化  Lv4

気配感知  Lv6 

気配遮断  Lv3 

部位破壊  Lv6

闘魂  Lv7

咆哮  Lv7

狂気  Lv7

縮地

Lv3

??  Lv? 



状態変化形スキル 

狂獣化  Lv5



職業専用スキル

鉄壁硬化  Lv3

代償治癒  Lv1

滅びの業火ヘル・フレイム Lv1

死の対価  Lv1



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



≪魂を喰らった事によりその全ての権利が譲渡されます≫



一瞬顔を顰めるが、今までも感じたことのある痛みに声を上げて叫ぶことはない。


流れ込んでくる力が全身に行き渡ると、歓喜からか心臓が一際大きく跳ね上がり、力が漲ってくるのを覚えた。


予想していたよりも高いステータスと初めて見るスキルを眺めながら、あとで調べる必要があるなと選手控えベンチに座っている二人の所に到着する。


控えベンチエリアに入って一番手近にあったベンチにドサッと雑に腰を下ろす。土煙がこっちまで飛んできていたのか、はたまた長い間使われていなかった所為なのか埃のような煙が舞った。


顔の周囲の埃を手で払い除けていると左側に座っていたカルラの対戦相手である牙獣戦士団のシャーリィに話しかけられる。



「覚悟は出来ているのだろうな?」



セリムへは一切線を向けず、惨憺たる有様の闘技場フィールドを見つめながら問う。


余程の馬鹿でない限り全身を刺すように発せられた圧力を感じ取ることが出来るだろう。チラリと一瞥するとすぐに視線を戻した。


何の覚悟かなど少し考えれば分かるものだが、考える気もないセリムは「さぁな」ととぼけた返事を返す。



「なるほどな。どうやらお前は力に溺れたバカのようだ」


「…バカっつうのはあんたの仲間のことだろ。あいつが先に殺し合いを仕掛けて来た。だから応戦した。それだけだ。死んだのはあいつが俺よりも弱かったからたま。文句を言うなら護りに入ったやつに言え」


「まだ、死んだと決まっていないだろう」


「希望的観測か? くだらねぇ。盾を持った奴は生きてるようだがケルドゥって奴は死んだ…いや俺が殺した」



今まで前方に向けられていた視線が初めてセリムに向けられる。


睨むような卑下する目だ。試合前に話しているのを見たときは無愛想で、あまり仲が良くないのかも…と思えたが、少なからず何かしらの情はあったと見える。


視線を向けられたセリムは横目に冷めた目をシャーリィへと向けた。



「この世の不利益は当人の能力不足って言葉を知らねぇのか?一々雑魚のことで絡んでくるな。うぜぇ…」


「大層な物言いだなが、常に自分が狩る側だと思うなよ」



シャーリィは射殺さんばかりの鋭い視線を向け、お互いがお互いを牽制、挑発をするような言葉を吐き出す。


周りから見れば一触即発の空気に見えるだろうが、当のセリムからは闘う意思を感じられない。



「覚えておけ。ここは獣人の国、獣王国ローアだ。人族が好き勝手にできると思うな」



二人が険悪な雰囲気で言い合っている中、シャーリィとは反対の席、セリムの右側のベンチに座っているカルラ。



「私の番はいつかしら…」



そう呟きを漏らし二人の姿を横目で見ていたのだった。


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