第88話証Ⅲ 牙獣戦士団 三ノ牙シャーリィVSカルラ
セリムとシャーリィが選手控えベンチで火花を散らす中、闘技場観客席にいた獣王はラグリアに詰問していた。
牙獣戦士団は半々に別れ一方は獣王の護衛に残り、もう一方は負傷者の救出に向かった。
「貴様と言い連れと言い…巫山戯た奴ばかりだな」
「おや、それは侵害ですね。私のどこがそのように見えるので?」
吐き捨てるように言われた言葉に少しも気分を害することもなく、どこでしょう?どこでしょう?と巫山戯た態度を取り、精神を逆なでする。
「冗談はこのくらいにして…巫山戯た奴というのは少々語弊があると思いますよ。セリムくんと戦った獣人の方は自ら殺し合いを提案したのです。それで実際に殺されたからと言ってその殺した責任を私に求めるのは甚だしいと言わざる得ませんね。それに、殺そうとしたからと言って試合の最中に割って入ったのはそちらが勝手に判断しただけのこと。他人の勝負に割って入るなど
貴様が戦士を語るなと周囲から物凄い圧力が加えらるも、顔色一つ変えず受け流すとさらに煽る。
「そもそもですよ。勝手に殺し合いを挑んで勝手に死んだだけのこと…要するに実力が足りなかっただけです。この世は強き者が全てを奪い、弱き者は死ぬまで搾り取られるしかない、完璧な弱肉強食の世界ですよ。まぁ、貴方たちのような"普通の人間"は常に奪う側で、奪われる者の気持ちなど味わった事がないのでしょう。だから、私たち"怪物"が今まで搾取され続け、負った痛みなど理解など出来ない。ですか、良かったですね」
「何がだ…?」
「貴方たちは今日、一歩成長したのですよ。奪われる者の気持ちを知ることによって、ね。無知ほど恐ろしいものはないと言いますが、実際にその通りだと思いますよね」
散々煽られた獣王以下、戦士団の面々は青筋を浮かべていた。それに気付きながらも、闘技場フィールドを手で指し示し、次の試合を始めましょうかと告げた。
「これは貴方たちの提案なのですからね」
「人間風情が随分と好き勝手に暴れてくれたもんだな」
いきなり背後からの声に振り返る一同。
そこにはまるで元からそこに居たかのように観客席に足を組んで座る男がいた。
年の頃は二十代だろうか、肩の辺りで一つに結われた髪に髪色に合わせて青黒い衣服に身を包んでいる。全身を暗色で満たす中、金色に光る目だけがやたらと目立つ。
「エグル様、なぜここに…」
「何故? ここは俺の国だぞ。どこにいようが勝手だろレーヴェ。それよりラグリア、また随分とやってくれたようだな」
エグル・フェーダー。
獣王国ローアにおいて当代の神の力を受け継ぎし神格者の一人だ。
その登場に獣王含む戦士団の者たちは驚き、観客席に腰を下ろしていた獣王は勢いよく立ち上がる。獣人たちが獣神であるエグルに対し敬う姿勢をとっている中、ラグリアは座ったまま「はて、何のことでしょう?」と返答する。
「元牙獣戦士団、四ノ牙、アルター・ゲオリックの殺害及びゲオリック邸に居た者すべての殺害、それから牙獣戦士団二ノ牙ケルドゥの殺害…この落とし前どうつけるつもりだ?」
「最初の二つはともかく、最後のは私の責任じゃありませんよ。あそこにいるセリム君がやったことであって私は何もしていませんよ。それに
「それは命ほしさの願望か?」
背後に居た獣神エグルからの言葉にまさかと暢気に笑う。
「知ってます?セリム君のステータス」
ラグリアが言葉を発した瞬間、周囲の者たちの目つきが鋭くなった。先程のケルドゥとの戦闘を思い出したのだ。
人族では持てるはずのないスキルを持ち、あまつさえ獣王国で最高戦力の内の一人を容易に下した実力に誰も彼もが興味を持っていた。
「はっきりとは教えてもらえませんでしたが、大体のステータスが
「聞いたときは思わず笑いがこみ上げてきましたよ」と今もまた思い出しているのか口元に手を当てている。
しかし周囲は正反対の反応だった。常時ということは何の強化もなしの素の状態でということだ。強化を施せば五万に届く者は世界を探せばいるだろう。だが、素の状態でとなると…信じられる話ではないと言うのが皆の総意だった。
「適当なことを抜かすなよ。そんな人間がいるわけないだろうが」
牙をむき出しにして獣王が咆える。ラグリアは馬鹿にするような笑い声を漏らすと「おかしな事をいいますね」と続けた。
「何だと?」
「先程陛下は自ら言いましたよね。
「…なるほど。確かに
一同が困惑する中、エグルだけは至って冷静にセリムを視界に捉え、観察の結果を述べた。
「だが、穴を埋めたから何だというんだ? 俺は昔言ったはずだぞ…人間が嫌いだとな。出来るならば国にすら入れたくはないくらいに。死んでしまった者のことをいつまでも嘆いていても仕方ない…だがそう簡単に割り切ることもできない者もいる」
瞬間移動としか言えないような、一瞬にしてラグリアの後方から前方に移動した。鼻と鼻が触れそうな位の距離に詰め寄る。
「クロントを潰したら…覚えておけよ」
言外に次は貴様の番だと吐き捨てると、今度は獣王と牙獣戦士団の中央に一瞬で移動、腰を下ろした。
「レーヴェ、次の勝負を開始させろ」
獣神であるエグルならば今この場でラグリアを殺す事も可能だ。
殺す…とまでは行かなくても何かしらやってほしいと思っていた獣王は、納得し難い気持ちを理性の力で飲み下すと「畏まりました」と返答した。
死傷者の救護、及び治療を済ませ、破壊された闘技場内を急造ではあったが魔法で再構築し場を整えた。
ケルドゥは体中に焼かれた跡と風穴が幾つも空いており、全身血塗れ、四肢の全てが欠損した壮絶な最期の遂げていた。
戦士団の三名が丁重に亡骸をシートに入れ、フィールド外へと運び出していく。
ケルドゥを護りに飛び込んだ大盾の男――ディレイズ。セリムの首筋に剣を翳したゼルフの両名は重症では無かったがそれなりのダメージを負っていた。
特に魔法の弾幕の中に居たディレイズだったが、防御に特化した職業と専用スキルのおかげで大したダメージを追わずにすんでいた。
そうして治療、整備全ての環境が整ったところでようやく第二試合、魔眼の魔女カルラVS牙獣戦士団三ノ牙シャーリィの試合が始まることとなった。
カルラは魔法を主体にする後衛職。シャーリィは剣を主体に戦う近接職。
本来なら後衛職同士で戦った方が差がはっきりとわかるのでいいのだが、獣人は基本的に高い身体能力を活かした近接職ばかりで純粋な魔法職がいない。
お互いに整備されたフィールド内へ進む。三m程離れ、向かい合う。今回は前回のような変速ルールなどはない。純粋な勝負だ。
団服のポケットからコインを一つ取り出すシャーリィ。手を軽く握り親指の上にコインを置くと軽く弾いた。
整地がなされる中、二人で戦いの合図はどうするかを話した際に、コインが地面に落ちた瞬間に開始にすると決まっていたのだ
コインが宙をクルクルと舞い、重力に従って地面に落ちた瞬間、シャーリィは獣人としての高い身体能力と近接職として鍛えた肉体を使い一気に接近した。
踏み出す瞬間まで剣は腰に帯びたままだったが、カルラまであと半歩と言う所になると血のように真っ赤な、おどろおどろしい剣を抜剣した。
その様はまるで侍が使う居合切りのようだ。
カルラは、手を前に突き出し何か魔法を発動しようとしているがシャーリィの速度の方が圧倒的に勝っている。
(魔眼の魔女と恐れられても所詮は後衛職としての実力か…)
自身の速度にまったく反応できなていないカルラに気を落とす。
歴史に名を残す。
それもいくつもの戦いで名を上げ、"魔眼の魔女"と恐れられる程の力を見せた人物が、他の魔法を使う者たちとなんら変わらない、前衛職の者たちに護られながら安全に魔法を放つだけの存在だったと思い、心底ガッカリせずにはいられなかった。
抜剣した剣が魔力を帯び、輝きを増す。
カルラの右脇腹からそのまま横一直線に振るわれ突き抜けた。
追い討ちとばかりに突きを放つ。肩に突き刺さった剣は貫通し肉を突き抜ける手応えを感じさせる。剣を引き抜くと試合を終わらせるべくもの凄い速度の連撃を見舞った。
時間にして数十秒、何百と言う斬撃を受けたカルラは美しかった白磁の如き肌を血で染め、服はズタズタに破けていた。
シャーリィの一方的な攻撃によりカルラは地面に倒れ伏した。
剣を鞘に収め、颯爽とその場を後にするべく足を踏み出した時だった。何かがおかしいと言う違和感に襲われた。
(試合は終わった筈…なのに何故誰も動かない? 衛生兵すらも…)
言い知れぬ違和感を感じ取り、周囲をもう一度眺める。そして誰も動かないのはまだ
背後の倒れているカルラへと視線を向けた。
「いな、い!?」
目を疑う光景があった。
倒れ伏していたカルラはおろか、飛び散った血すらも何も残らず消えていたのだ。
肉を切る感触は確かに感じた。血が飛び散るのも見た。だがそこにはそういった痕跡が何もなかった。
何が起こったのか理解できてはいなかったが、気を抜くことは敗北――戦場では死を意味する。気を引き締め周囲を観察する。だが、何も変化はない。そう
「まさかこれは幻術…」
何の証拠も確証もないただの憶測に過ぎなかったが、そうとしか考えられない状況に疑問が自然と口をついて出ていた。そしてその言葉に反応を示す者がいた。
この場でそれが出来る者といえばただ一人…
「あら、気づいた? ちょっとやり方が強引過ぎたかしらね」
「そこかっ!」
背後からの声に一閃。何かを切り裂く感触が一瞬だけ感じ取れるもすぐに消えた。空を切ったかのような虚しさが残る。
そこへ背後からバサバサという音が聞こえる始める。振り向くと何十羽もの蝙蝠が寄り集まっていた。融合とでもいえばいいのか、集まった蝙蝠は合わさり一人の人物へと変わる。傷一つない試合開始前のカルラへと。
すかさず切りかかるシャーリィだったが、切っても切ってもカルラが傷付く事はなく、まるで空を切ったような手応えのなさを感じるだけだった。変化がないことに焦りにも似た感情を覚えるも何とか下し、一旦距離を取る。
「もう終わり?」
余裕綽々といった感じの問いかけをするカルラ。事実余裕ではある。
深呼吸をし息を整えるとシャーリィ。問を投げかけた。
「一つ聞きたい。私はいつから貴方の術中に嵌っていたのだ?」
「術を破れたら教えて教えてあげる」
最初こそ気を落としていたシャーリィだったが、やはり伝説の魔女は違ったと戦意を高揚させる。
今回は剣だけで勝負をつけようと思っていたが予想以上の力にスキルの使用を決めた。
「でも、そんなに時間はあげられないわよ」
そう言うと指をパチンと鳴らす。カルラの身体が蝙蝠達へと分かれ、飛び立っていく。四方八方へと蝙蝠の大群が飛んでいくいく中、シャーリィの身体がまるで光にでもなったかのように発光しだした。
薄い赤色だった髪や耳、狐の尻尾は光の影響か、白くなっている。身体全体を白いオーラが包み込み、鱗粉のような細やかな光が立ち上っている。
セリムの使う雷獣変化と似たような感じだが、シャーリィからは神々しさを感じらた。
剣を地面に突き立てる。白い波紋がエコーのようにいくつも広がり、幻術の世界へと浸透していく。すると、世界に幾つものヒビが入り始めた。
徐々に大きさを増していくヒビだったが突然、逆再生でもしたかのように修復されていく。
「これは!?」
「残念。時間切れね」
年上のお姉さんが優しく諭してくれるような、心地の良い声が幻術の世界全体に響き渡る。すると一瞬の内に勝敗がついた。
「ッ!」
身体から突き出た無数の剣。いつの間に刺されたのかそんな事を気にしている暇もなくシャーリィは倒れた。
直後、パリィンとまるでガラスでも割れたかのような音を響かせ幻術の世界が砕け散ると両者の本当の姿が顕になる。
倒れてはいるシャーリィだったが、勝負開始直後の位置から動かずに倒れていた。カルラも同じく元の場所から動いていなかった。、両者とも
観客席にいた者たちから見れば何が起こったのか分からないことだろう。試合が始まったと思ったらどちらも動かず、急にシャーリィが倒れたのだから。
傷を負っていれば倒れた原因としても一応は納得が行くが、血はおろか外傷など一切ない状態だ。
まったく動いていないはずなのだが、両手で黒帽子の位置をちょちょいと微調整すると、魔法でシャーリィを浮かせ、駆けつけてくる衛生兵の元へ運んだ。
闘技場での戦闘後、二人は獣神率いる獣王国最高戦力の軍団の前に行き、獣神から人間など気に食わん!といったオーラを出されつつも何とか獣王国の戦力として認められた。
獣神エグルの判断ということで文句はないようだったが、何か言いたそうそうな顔をしている者たちが一名――ケルドゥとセリムの戦闘に割って入っていった…ディレイズだ。
身体のあちこちに細やかな傷を負いながらセリムを睨んでいた。
視線に気付かない訳がないセリムであったが、敢えて無視を決め込む。
獣神がセリムの横を通り過ぎる際、「覚えておけよ」と呟かれた。何故そんな事を言ってきたのか考えずとも理解するのだったが、どうでもいいと聞き流した。
獣神を筆頭に後に続く者たちを見送ったあと、ラグリアはまだ獣王と話すことがあるとかで一人後を追いかけて行った。
闘技場に残ったセリムとカルラの二人は、これからどうするのかをエドガーに問いかけた。
「俺が知るかよ。特に何も支持は受けてねぇ。好きにしろ」
「そーか。なら金寄越せ」
いきなりの金寄越せ発言。
「ねぇ、ちょっと君、恵まれないお兄さんたちに募金してくれない?」みたいな優しさのある言い方ではなく、会って早々、「おら、ジャンプしろよ。金持ってんだろ、お?」と言うほどの直球。
そんな、まるで街中のチンピラが言うような発言に「このガキは何いってんだ?」額に青筋を作るエドガー。しかしセリムは早くしろとさらに煽る。
「この前倒した魔物の魔石をお前らに渡しただろうが、その分の金を寄越せっつてんだよ」
年上を敬う気持ちも遠慮もこれっぽちもない言い方に手をワキワキさせながらもコインの入った革袋を投げ渡す。ついでに舌打ちを加えて。
「あまり目立った行動はさけろ。住民にお前が神敵者だと騒がれると面倒だ」
中身を確認せずリングの中に収納していると、白い仮面を投げ渡してくる。
何だこれ?とエドガーに視線を向ける。
「それを付けとけ。お前のツラはもう結構知られてるからな。パニックにでもなられたら面倒だ」
目元だけをくり抜かれた白い仮面をつけるとそそくさとその場を後にしようとするセリムだったが、立ち止まった。
「この国で、奴隷はどこに売ってる?」
「そんなん適当に路地裏入るなり、スラムのチンピラから聞くなりしろや」
答えを聞いたセリムは今度こそ闘技場から出て行くのだった。
チンピラのような発言をし、エドガーから金を貰った?セリム。闘技場を出て獣王国内の街を歩いていた。
街並みは人族の暮らしている街と大差ない。ただ露天商などで売っているものは肉などが多いように見受けられる。
初めてくる所という事もあり、視線だけをキョロキョロ動かし周囲を観察しながら路地の方へと進んでいく。
人通りの少ない方へと進み続けるとやがて目的の地へと到着した。どこの街にも確実と言っていいほどに存在する落ちぶれた者たちの溜まり場…スラム街だ。
年中喧嘩など騒がしいイメージがある場所だが、実際に来てみるとそのとおりだという事がわかる。
道端だというのに殴り合いをしている者や酒を飲んで奇声をあげる者と騒がしさには事欠かない場所だ。その中を進んでいく。
今回ここに来たのは奴隷の買う為だ。
メイドなどの側仕えにする為ではない。買う奴隷は戦闘などで使えそうなスキルを持った者だ。
無ければ無いでダンジョンに潜ったりしてスキルがを獲得するが、奴隷という手段の方が早く済む可能性がある。だからこそここにきた。とは言え、まずはここら辺にいるであろうチンピラを捕まえて奴隷売買を行っている組織なり場所なりを聞かなくてはならない。
進んでいくと怒声を上げながらゲシゲシと何度も足を動かしている人物を発見した。
スラムに住む住人に比べるといい服を着ているが、死ねだのガキだのと口汚く罵る様からはいかにもチンピラといった風貌がある。
近づき観察していると、蹴りを加えていたのはどうやら自身と同じ獣人。しかも、幼女相手に暴力をふるっていた。何が原因なのかは定かではないが、男の周囲には桶が転がっており、地面の一部が黒く変色している。
男が着ている服も元の色とは一部、色が違っている。
周りにいた住人は触らぬ神に祟りなしとでも言うかのように見て見ぬふりだ。
幼女は小さな身体をさらに小さく折りたたみ両手で頭を抑えて蹲りながら「ごめんなさい」と涙声になりながら必死に何度も繰り返すばかり。しかし男は聞く耳をもたず、ゲシゲシと何度も何度も罵声と共に踏みつけている。
「おい」
「このクソガキがっ! 何掛けてくれてんだよっ! 弁償しろカスが」
ようやくそれらしきチンピラを見つけ話かけるも、蹴ることに夢中でまったく気づく気配がない。
周囲の人物からは話しかけない方がいいぞと言われたり、幼女を助けてあげるのかと期待に満ちた目を向けられる。
「おい」
「うるせーぞ! 見てわかんねーのか? こっちは忙しいんだ、よっ!」
んなん、見てわかるかよ。つーか、てめぇ、今仕事してねぇだろうが!そう思いながら男の腰をヤクザキックで蹴飛ばした。
ズザザザザァーとギャグ漫画の如き滑り方で顔面を擦りつける。地面とキスおめでとう、そう祝いたくなる程の見事なダイブだ。
ダイブ、というかキスさせたのはセリムなのだが…取り敢えず祝ってあげる。
幼女や男、ひいては住人は何が起こったのか理解できずに固まっている。
数秒ほど経ち、ようやく現状把握に努め出す。男が勢いよく「誰だコラァ!」と頭を持ち上げる。瞬間、「話し掛けてんだからこっちを向けよ」と吐き捨てながら後頭部を踏み抜く。
ついでにグリグリ地面に擦りつける。
手足をバタバタと動かし、暴れる男は後頭部にある足を掴むと力の限りどかそうとする。だが動かない。
「誰だこの…どか…せっ」
「お前、見た感じチンピラだろ。ここら辺で奴隷を売っている店を教えろ」
相手の都合など一切無視、自身の要件を伝える。
このような状態でそんな事を聞かれた男は罵声を浴びせるだけで応えようとはしない。止む終えず足を退けると、踏まれていた男が勢いよく立ち上がり殴りかかって来る。再びヤクザキックで蹴り飛ばすと住宅の壁に激突した。カハッと肺から空気を吐き出し壁にもたれ掛かる。
「て、めぇ…調子に…乗ってんじゃ」
「調子に乗ってるのはお前だろ。話し掛けられたらこっちを向けよ…で、どこで売ってる?」
「誰が、てめぇみてえなカスに教えるかよ」
「そうかよ。なら質問を変えてやる。子供を甚振るのは楽しいか?」
何の脈絡もなく変わった話に男は何を言われたのか一瞬考えるように視線を下に向けた。
「…あぁ 最高に楽しいさ。謝れば済むと思ってるあたりが最高に滑稽だ」
セリムは別に幼女を助けた訳でも助けようとした訳でもない。偶然見つけたチンピラがあのような状況だっただけで、かわいそうだとかは全く感じていなかった。
何故このような質問をしたのか、それは幼女の姿が力なく何もできないでいた自身に重なり、イラついたからかもしれない。
この世は弱肉強食。
それを嫌というほど実感させられた。だから今度は自身が奪う番だ。常に狩る側にいるクソどもを残らず狩り取る。
「いつまでも
男へと近寄ると片手で頭を掴む。万力の如く力を込め締め上げる。
ミシミシと徐々に食い込んで行く指に男が悲鳴を上げる。徐々に力を込め痛みを与え続けると、ゴリュッと鈍い音と共に一気に指がめり込んだ。
動かなくなった男から手を放すと頭の中に無機質な声が響き渡るのだった。
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