第53話試験開始からの暗雲?

ローア王国で獣王との謁見を終えた二人は来たとき同様、空間の亀裂を通り洋館へと帰ってきていた。着替えを済ませる為に自室ではなく部屋に近い廊下へと移動し歩いていく。そんな中ヴァインが口を開く。



「なぜあんな真似をした? あんなことを言っては奴らは動かなくなるぞ」



先程ローア王国で、ラグリアが獣王を含めた国に対して吐いた暴言の数々の真意を厳しい口調で問うヴァイン。



「あの国はああでも言わないと動かないんですよ」


「どうゆう事だ?」



答えの意味が分からず問い返す。それに対しヴァインの前を歩いていたラグリアは振り向きながら片手で仮面をはずすと「そう言えば…」と何かを思い出しながら語りだす。



「ローア王国には獣王より上の存在がいるのは知ってますか?」



壁に寄りかかりながら今度はラグリアが問いかける。それに対しヴァインは訝し気な顔になりつつも知らないと正直に告げる。



「"獣神"と呼ばれる存在がいるのですがね、制約により国から出ることが出来ないんですよ。だから、攻め込むのではなく攻めてきてもらえれば必ず勝てるという訳ですよ」


「攻めさせるためにあんな行動を?」



「そうですよ」とほほ笑んで正解を告げる。その様はまるで子供に向けるようにに優しいものではあったが、この時のヴァインはちっとも優しい笑顔などには見えなかった。



「それと、これからは積極的に動こうと思います。戦争と言う格好の復讐(ルヴァンシュ)の舞台がある訳ですから、そこに合わせて色々と力を付けていきましょう」



そう言ったラグリアは「これからが楽しみですね」と一言残し、自室へと引っ込んでいってしまった。






3日後ー

今日はついにランクアップ試験が解される日である。出発は昼過ぎからだと言う事で時間的には余裕があるのをいいことにセリムは宿の自室でダラダラしていた。


試験の説明がなされてからの三日間セリムはひたすらにクエストを受けていた。ランクアップの資格は得ているので特に意味はなかったのだが、そこは年相応なのか、運動会前の小学生のような気分だったのかもしれない。とは言え、そのドキワクは数日後には消えてしまう。



「そろそろ準備すっか」



ベットから起き上がり、いつもと同じく支度を済ませていく。一回に降り朝食をとりそのまま宿屋を後にすると正門付近へと歩いていく。そこには既に人が集まりつつあった。



「遅いぞ、セリム」


「遅いわよ」


「遅いにゃ」



口々に遅いと文句を言ってくる面々。だがそこで1つ引っ掛かりを覚えた。



「何であんたがここに?」


「私が審査官にゃからにゃ」



どうやら今回の審査官はクロであるらしい。何故CランクにAランクがと言う疑問がないでもなかったが、審査官はCランク以上という説明だったので、まぁいいかと流す。そこで試験の説明を行ってくれたギルドの職員、サンドが「最終確認です」と言って皆の視線が集まったのを確認してから出発前の確認をする。



「今日は街に待った試験日です。昨日は寝れましたか? 荷物の確認はしましたか?」


(運動会前の確認かよ…)



まるで運動会前の先生のような確認の仕方に試験日までのここ数日間の自分の行動は完全に忘れて思わずツッコミを入れてしまうセリム。



「えーと、審査官の人物紹介は特にしません…」



サンドはそこまで言うと急にセリム達が集まっている一角へと視線を向ける。するとクロが「も、問題にゃいにゃ。ばっちしやるにゃ」と何やら慌てて言い訳らしきものをし始める。それと同時に皆の視線が集まり照れ笑いを浮かべていた。



「何してんのよ」


「にゃはははは…」



言い訳をしたクロを訝し気な視線で見ていたキーラが質問するも、クロはごまかし笑いで逃れるがサンドの次の一言でその理由が判明する。



「特にクロさんは適当に合格の通知を出さないでくださいね」


「別に簡単に出してるぅ…」



サンドに睨みまれ最初は勢いよく反論していたが、言葉が尻すぼみになっていく。



「では、Aランク試験者は"腐海の森"、Bランク試験者は"闘技のダンジョン"Cランク冒険者は"不動の樹海"が試験会場となりますので、各々移動を開始して下さい。悔いが残らぬよう精一杯頑張ることを期待しています」



それが最後の言葉となり、Aから順に身分確認を済ませたのち正門を潜り外へと出ていく。




今回Cランクアップ昇格試験受験者が挑むのは不動の樹海と呼ばれるダンジョンだ。都市アルスから南下し徒歩3、4日で着く場所にあるとの事だ。移動手段は馬車でも徒歩でもどちらでもよいとのことだったので然程荷物の無いセリムは当初歩いて行こうと思っていたのだが、なんとキーラが幌馬車の手配をしてくれていたとのこと。御者の人も雇ったらしい、まぁ金を使うこと…



「いやー馬車があって助かったにゃね。歩くのは疲れるからヤにゃ」


「審査官としてその発言はどうなのよ…」



「あんまり筋肉付いちゃうと食べる量も増えて太っちゃうにゃ」とまったく今関係ないことを言い始めるクロ。それに対し先程までツッコム側だったキーラがそうなの!の興味を惹かれつつあった。どこの世界でも女性は体重には敏感なのかもしれない。



「そろそろ行くべきじゃねえか?」



ベルが出発を促し、二人して話し込んでいたクロとキーラはそそくさと馬車へと乗り込んでいく。内部は幌が張られ、左右に沿って少し木がせり出して椅子として座れるようになっている。二人に続き馬車へと上がろうとした時に見張りなどはいるのだろうか?という疑問が生まれる。



「そう言えばそうね…」


「生憎と審査官である私はできにゃいにゃ」



間髪入れずまるで電工石火のごとくいい放つクロ。ここまで早い否定だと単にやりたくないだけでは?という疑問が生まれてしまう。



「どうすんだ?」


「いいよ、俺がやっから」



ベルがセリムの顔を見ながら訪ねてきた為セリムはこんな所で揉めんのも面倒だ、と自分がやると引き受けた。そうしてようやく馬車はダンジョンへと向けてゆっくりと進み始めた。馬車の中からは先程の話の続きなのか、クロに対し色々と質問するキーラ

の声が聞こえていた。ベルの声は…しなかった。多分寝てるとか?決して男一人だから話しにくいなんてことはないだろう…寝てるんだ。







場所は変わり、エルフの国アルフヘイム。自然のなかに建てられた国であり周りを木々に囲まれ、国の中には川などが流れる大変見目麗しい幻想的な国だ。だが今はその光景が所々にしか感じられなかった。東と西に国の玄関ともいえる門があるのだがそのどちらもが破壊されいる。



「これはひでーなぁ」



アルフレイムに到着早々アーサーが漏らした一言がこれだ。木は折れ曲がり、家は破壊され踏みつぶされている。所々には火事と思われる焼けた跡なども残っており未だ被害の爪痕は消えていなかった。


アーサー一行がアルフレイムへとやってきたのは先程だ。都市アルスからアルフレイムまでは普通に行けば少なくとも2週間以上はかかる。が、アーサー達一行は10日前後で到着していた。




「いや、助かったー。俺には長い旅路は腰が痛くてな、ありがとよ」


「ステイツです。かの聖王にお目に書かれて光栄です」



「そんな大したもんじゃない」と笑いながら否定するアーサー。今現在アーサー率いる復興の手伝い部隊は王城へと案内されていた。案内をしてくれているのは道中アーサー達を迎えに来てくれたエルフだ。名をステイツ。エルフの特徴でもある金髪に碧眼、そして戦闘兵なのだろう、鍛えた体をしており、肉体を武器に使った戦闘をしそうな、エルフは魔法が得意と言う常識から少し外れた存在かもしれない。



「それではこの部屋でお待ちください」



扉を開き中に入るよう手で示すステイツ。その部屋は復興組5人全員が入っても狭いと感じる部屋ではなかった。5人とも筋肉だるまの男たちなのだがそれが入ってなお、広いとは中々の広さだ。部屋の中は復興の為に役に立てているのか物がなく殺風景だった。

それでも椅子と机だけはあり、それがまた哀愁を誘っているようにも見える。取り合えず各々席に座る。今から行われるのはアルフレイムが襲撃を受けた時の情報を聞くための説明会みたいなものだ。ちょうどそこへステイツが戻ってくる。




「お待たせしました」



そう言って入ってきたステイツの手にはトレーを持っており、上に水か何か透明の液体が入ったコップを人数分載せていた。コップを各々に配り終えるとステイツも席に着き、襲撃当時の状況を語りだしてくれる。



「あれは…一月ちょっと前の事です」



そう言って訥々と語りだす。

その日は特に何があるでもなく普通に過ごしていたとのことらしかった。急に地震にも似た激しい振動がおき、東西の門が開け放たれそこからモンスターの軍勢が流れ込んできたのだと言う。そして、次々に街は破壊され人々は殺されていき、迎撃に出向いたエルフの兵たちもいたらしいのだが一人の人物に近づくと皆一様に動きを止めてしまったのだという。


それからはただ一方的に蹂躙だったのだそうだ。阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れる中、一人の男が城に悠々と乗り込んできたかと思えばいつの間にか女王は連れ去られ国は壊滅の被害を受けていたと…



「私は民を逃がす為に戦闘には参加できず…」



ステイツを見ると己の不甲斐無さを悔いているようで手を血が出そうなほど握り締めていた。ちょうどその時部屋に駆け込んでくるものが現れた。



「し、失礼します。大変です、巨大な魔力の持ち主が東門の方に接近してきているとの報告が…」



入室の詫びを告げてから間髪入れずに要件を語りだす。その瞬間、ステイツの顔が強張るのをこの場の誰もが見ていた。話の中心にいた為に視線が集まっていたのが原因となってしまったのだろう。



「すいませんが、自分はこれで…」



一月前の悪夢が脳裏をよぎり急いで席を立ち、現場へと向かおうとするステイツ。



「あんたらは国にいろ。復興があんだろ、それに何の為に俺たちが来たと思ってんだ?」



こんな時だというのにおっさんの性か、カッコつけた感じで決めポーズも付けて言うアーサー。それに対しステイツは最初迷っていたが意を決したのか

アーサーの言葉に甘えることにした。



「ありがとうございます。お願いします」


「あぁ、任せとけ。なんつっても俺は強いからな」



「そうですね」と少し緊張が取れたかのような表情になったのを確認した後、アーサーは3人に国の守護を一人は一緒に着いてくるようにと告げて東門へと急行するのであった。





アルスを出発し3、4時間と言ったところだろうか。一行は濃緑色の外套にフードを被った二人組と遭遇していた。



「同乗希望者とかかにゃ?」



前方の街道に立ってこちらをみつめている二人組に何だ?と訝しむ視線を送りながらも、考えられる可能性を口にするクロ。



「さぁ、分からないわね。セリムはどう思う?」


「外套のせいで表情は分かんねーしなんとも」


「オラも同じく」



キーラが幌馬車の後ろから顔を出し、訪ねてくるが、顔は完全にフードで影になっており窺う事は出来なかった。そうこうしている内に徐々に近づいていき二人組の前まで来る。道をふさぐ形で街道の中央に立っている為に止まらざる得ないのだ。



「このような真似をして悪いな」



フードを被ったうちの一人、右にいる人物が声を掛けてくる。



「んにゃ、構わないにゃ。それより二人は?」


「少しそこの少年に用があってな」



そう言いながらセリムの方を指さす。



「悪いが、俺はあんたみたいな知り合いはないんだが…」



きっぱりと話はねぇからさっさとどけやぁ!と会話せずに行こうとするが、それを聞かずに先程声を掛けてきたフードの人物は近づいてくる。セリムの所まで近づいてきて横にくるとぴたりと止まる。そして顔を少し横に向け小声で呟きかけてくる。



「お前がセリム・ヴェルグだな」




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