第52話獣の国、ローア王国

獣の国、ローア王国とはその名の通り獣が棲む国、俗にいう獣人の国だ。


都市アルスにいるクロなどの猫の獣人や狼、獅子、鳥と言ったさまざまな種族の獣人がローアにはいる。その国を治めているのはやはりと言うべきか獅子の獣人である。名を獣王レーヴェ・リオン。国を治める獣人国きっての強者であるが、頂点ではない。頂点に君臨する者は獣王ですら足元にも及ばぬほどの力を持つ者だ。


山奥の洋館から空間の亀裂を通りラグリア、ヴァインの二人はローアにきていた。空間を歩いて到着した先は獣人国の城である。獣王をはじめとする者が住む城だ。本来なら城に入るにはチェックなどがあるものだが直接城内に空間をつなぎ手間を避ける。そうしてつないだ空間の亀裂から城内へと入るのだ。



「怒ってなければいいですね」


「どうだろうな。所詮は獣だからな」



暢気に言い放つラグリア。そしてそれに獣だと獣人をバカにしたような言い方で答えるヴァイン。まったく獣族に対して敬意の欠片もない言葉である。今現在二人がいるのは獣の国、ローア王国である。もし今の発言が城に仕えている誰かにでも聞かれていたら獣人たちの怒りを買う事は免れないだろう。だが、幸い廊下には誰もおらず二人は慣れた

足取りで進む。




入城してから数十分後ー

二人は謁見の間にて獣王レーヴェ・リオンと対面していた。左右には壁に沿うように綺麗に並んだ獣人の軍団が控えているがその数は左右合わせて10人に満たない数である。もちろん普段はもっと大勢の護衛が存在している。その護衛達の先頭の方には護衛達とは違う衣装を着た、貴族のようなものが数名。そして謁見の間の一番奥、三段ある階段を上りきったそこには金などの色で色付けされた椅子に腰かける覇気に満ち溢れる者が座っている。


茶色の髪にひどく印象的な三白眼。そして服の上からでも分かるほどに隆起した筋肉。見た目は完全に40代の人間そのままであるが、変化前の姿である。そしてこの人物が獣王である。




「事前の連絡もなしに、しかもこんな時間に来るとは言い度胸だな、ラグリア」



目を細め二人を威圧するように言い放つ獣王。普通なら竦んだり怖気付いたりするのだが――



「それはそれは。ですが、そろそろこちらに窺わないと陛下の機嫌を損ねてしまうと思いました故、仕方なく」



いけしゃあしゃあと言ってのけるラグリア。王に対する尊敬や礼儀は一切感じられない。それどころか自分たちを威圧する獣王に対して真っ向から対立の意思を示しているようにすら感じられる。



「貴様! それが獣王陛下に対する態度かっ!」



そのあまりにも不遜な態度に獣王の家臣の一人が食って掛かる。ラグリア、ヴァインの両名は王の御膳だというのに敬意を払う言動を一切とっていなかったのだ。普通ならば頭を垂れたり、片膝を付いたりとするものなのだろうが、二人は突っ立ったままの状態だ。そしてあまつさえ二人は顔を隠すために仮面をつけている。顔の隠すだけで模様も何もない白い仮面で非常にシンプルなものだ。



「よせ、こ奴らに言った所で無駄だ」


「しかし陛下…」


「くどいぞ」


「! …申し訳ございません」



態度について言及していた家臣は陛下に気にするなと言われるが、自分たちの王が軽んじられて我慢できなかったのか、王に対して反発にも似た態度をとってしまう。だがその瞬間、王に睨まれその圧倒的とも言える眼力に黙らざる得なかった。だが、そこに油を注ぐ者がいた。



「何を勘違いしているのか知りませんが、私たちは獣王の部下でもなければ仲間でもありませんよ。ただ利害の一致というものだけで繋がれた、言わば利用され利用するだけの存在ですからね」



きっぱりと言い切るラグリア。これには今まで一歩引いた所で黙って静観していたヴァインもやれやれ的な表情をしている。獣人側に至ってはさきほど言及した獣人含め、射殺さんばかりに睨みをきかせてくる。



「一つ良いことを教えてあげましょうか」



そう言ってラグリアは右手の人差し指を立てる。それにヴァインが余計なことを言うなよと注意を促すのだが、ラグリアは軽く後ろを振り返るだけで返事はしなかった。



「なぜ、私があなたたちに利用される関係を選んでいるか、殺して利用しないでいるのか分かりますか?」


「ラグリア、おまっ!」



さすがに聞き捨てならない発言にヴァインは彼らしからぬ焦った態度で止めに入る。



「黙ってろよ」



肩に手を伸ばしかけた所で言葉が発せられる。いつもは温厚そうな態度で誰に対しても敬語を使う者から発せられた一言。普段は圧力など微塵も感じられない言葉だが、この時のものは違っていた。自分の身体が自分のものじゃないような、圧倒的な"力"によって無理矢理に"支配"をされるような感覚に襲われ、従がわざる得なかった。その言葉はヴァイン一人に向けたものだったが、この場にいた全ての者が黙る。そうして静寂が場を支配するなかラグリアは理由を語りだす。



「貴方たちを殺すことは簡単だ。だが、それをしてしまえば目的を果たすのが難しくなってしまうのですよ。だからこの国の獣人は生かしておいて

いるんですよ」



「もちろん獣王もね」とこの場に存在する全ての者がただの獲物であると告げる。仮面によって表情は窺い知ることは出来ないが、言葉からはすべてを見下す強者の雰囲気が漂っている。この場にいる全ての者は額から脂汗を流し緊張感に、襲いくる圧力にただ我慢するしかないだろう。



「とは言え、貴方たちを殺せば私の身も危なくなるので今は絶対に殺しはしませんので安心して下さい」



そう言葉を発した瞬間、今までの圧力(プレッシャー)が嘘だったかのように霧散していく。そして圧力から解放されたことにより緊張の糸が切れたのか家臣団全てが倒れてしまう。何とか倒れずにいられたのは獣王、ヴァインの二人だけだった。獣王に関しては椅子に座っていたことや王と言われるだけの強靭な精神力の持ち主故に免れたのだろう。



「さて、話が逸れてしまいましたね。本来の要件の話をしましょうか」



いつもの調子に戻ったラグリアがそう告げる。その後ろではヴァインがラグリアの背中を見ながら、改めて感じた力について考え事をしていた。



(これが、神敵スキル。色欲のラグリア・フォルネスの力か…)







圧倒的な力を見せた後、気を失った者たちが別の部屋に運ばれ場が一旦整えられてから、今回来た要件を告げたラグリア。空間に亀裂を作り出しその中に

手を突っ込む。そうして次に手が見えた時、その手に握られていたのは…



「さて、これが陛下が欲しがっていた"エルフの国の女王"ですよ」



そう言って亀裂につながっている鎖を勢いよく引っ張る。すると亀裂から出てきたのは、首に鎖を繋がれたエルフの女性だった。よく見ると手足にも鎖が

付けられており身動きを制限されてた。服は白を基調とし赤の線が所々に入った物を着ており、足には脛辺りまである鎧のようなブーツを履いている。手にはアーム・ロングと言われる袖の無いドレスなどの時に着用される長い手袋を付けている。が、服は全体的に煤で黒く染まっており、破けている所まである。



「きゃっ」



勢いよく引っ張ったせいでエルフは勢いそのままに床に倒れ声を漏らす。ラグリアがエルフの女性を引っ張りだした瞬間、獣王は「それが…」と驚嘆の声を漏らす。それは獣王だけではなかったようで気を失った兵の代わりに新たに補充された者たちも同じ表情となっていた。



「いやー、苦労しましたよ。なんせ陛下の注文は自由意志は残したままの"洗脳"でしたからね」


「やはりアルフヘイムを陥落としたのはお前だったか…」


「何を今更…ご依頼されたのは獣王陛下ではありませんか。まさか、私達如きでは落とせないとお思いでしたか」



纏う雰囲気は柔らかいものに戻ったものの、その言葉、眼光から発せられるものは依然、鋭いもののままだった。直接それと対峙している獣王は殺されないとは分かっていながらも気の抜けない緊張を味わっていただろう。



「では、お約束通りそちらの要望は叶えてさしあげましたので、今度はこちらの要望を実現させてもらいましょうか」


「分かっておる、貴様らの願いは我ら獣人たちにとっても叶えたいものの一つだからな。人間の国、クロント王国との戦争だな。だが、国同士の戦争ともなれば色々と準備が必要だ。今すぐとはいかん。それは理解しているな?」


「えぇ、それは十分承知しておりますとも。ただ出来れば早めにやって頂けるとこちらとしても助かりますよ」



獣は「分かっている」と険しい表情になりながらも納得を示した。その後、捕獲したエルフの国の民の内、総勢百余名だけを獣王へと渡し謁見は幕を下ろした。




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