黒太郎

猫がなんかよくわからないものくわえてきた。

黒太郎

 高校生の時、実家にいたときなんだけど、家で猫飼ってたのよ。

 キジトラっつーの?

 避妊済みのメスなんだけどさ、相当ケンカ強かった。

 腹ひっかかれたり耳かじられたりして帰ってくるんだ。まさに歴戦のつわもの。若いオスなんかじゃ太刀打ちできない。

 名前はモモっていうんだけど、ある日ね。


 何かよくわからない物くわえてきたんだ。


 まだ明るいうちだったな。

 ほら、猫ってネズミとかスズメとかトカゲとか捕まえて、持ってくることってあるじゃん。

 玄関にぽとっと落としてさ、本猫ほんにんはすごいドヤ顔してさっさと昼寝に行った。

 あんまり見たことない物だったんだよな。

 干からびてて毛むくじゃらの黒いもの。ネズミかモグラが日なたで死んでて乾いたのかなあ、とか思ったけど、色が真っ黒だし。顔や尻尾ないし。

 棒で突っついてみて、コロンとひっくり返してみたら、ピンときた。


 なんだよ。


 手首んところで切り落とした、手。大きさもちょうど人の手くらいで、中指だけ異常に長い。ただ人間のそれよりも横幅がギュッと狭かった。

 真っ黒な毛がついてたし、手のひらも真っ黒。人間のもんじゃないことはわかったけど、じゃあなんだって話だよな。猿の手なんて――

 うん? そう、たぶん猿。

 だってさ、



 俺の実家、田舎とはいえ住宅街のど真ん中だよ。タヌキだってほとんど見ないのに。

 その「手」はあとで人に訊いてみようと思って、新聞紙にくるんで菓子箱に入れてさ、気持ち悪いから家の中に入れる気にならなくて、玄関の外に置いておいたんだ。

 家族にモモが変なもん持ってきて気持ち悪かったよ、なんて話して夕飯食って。

 深夜な。

 

 小便に起きたらさ、モモが廊下で、玄関に向かってふーって怒ってんのよ。

 玄関の鍵かけないことも多かったからさ、また野良猫が入り込んできたかな、ぐらいに思ったんだ。

 ガサガサって音がしてるから近くに寄ってみたのね。 

 実家って玄関のわきに電柱あって、その街灯がちょうど玄関先を照らす位置でね、結構明るいのよ。

 玄関の戸は引き戸でさ、上半分はガラスのやつね。

 玄関の戸越しにまっ黒いカタマリが見えるの。

 すっげえでかくてさ、一瞬クマ? と思ったくらい。

 顔つきは猿なのよ。

『うぉおほう』みたいに鳴いたとき、牙がまた凄くてね。目がギンギンに光ってた。


 鳴き声がでかすぎて、近所の家の電気がパッとついたんだ。

 猿もヤバい、と思ったんだろうね。新聞紙にくるんであった「手」をくわえてさ、超ダッシュで逃げた。


 そいつが逃げるとき、ちらりと見えた。左手がなかった。


 真っ黒な体だったし、追っかける暇もなく姿は消えちまった。

 近所の人が今のはなんだ、とか何の音だ、って聞くから、

「でっけえ猿が家の前にいたんだ」

 って答えて家の、玄関の電気をつけたんだ。

 俺、びびった。


 玄関先にあった足跡、普通の大人と変わらないぐらいに大きかったんだぜ。

 家に入られてたら俺、やられてたかもな。


 なんか警察までやって来て、朝まで町の男衆と捜索したけど、どこ行ったか全くわからないままだった。

 小学生はしばらく集団で登下校してたな。

 もうそれっきり、誰もその猿を見つけられなかったんだ。



 それから数日後かなあ。

 学校に民話好きな先生がいてさ、駅5つくらい先の、山にある寺に伝わってる猿? 狒々ひひ? の手の話があるんだって。

 いいよ俺、面倒くせえって言ったんだけど。お前しか見てないんだから付きあえ、の一点張りでさ。寺に連れていかれたのよ。

 なんか江戸時代に? 山ん中に子どもさらって食ったりするでかい狒々ひひがいて、黒太郎くろたろうって恐れられてたって。

 退治してくれって村長が偉い武士に頼んだんだって。

 見事に左手を切り落として退治したって話で、寺に伝わってたんだ。木の箱に入った手の写真見たもん。あ、これだって思った。おんなじ形。


 それでさあ、つい最近ね。泥棒が入って、左手の入った箱とか、小さめの仏像とか、大事にしまってあったもんがごっそり盗られたんだって。

 一週間くらい前に。

 その泥棒が、箱の封印のお札を破って中身を確かめて、金にならないと思って捨てたんだろう。そう住職が言ったんだ。

 黒太郎も自分の左手がゴミみたいに捨てられたもんで、怒って取り返しに来たんだろうよ。


 ちょっと待ってくれ。黒太郎ってやつがいたの、江戸時代だろ。


 住職に魔除けのお札もらってきたんだけどさ。効くのかこれ、と思ったよ。いや貼ったけど。玄関に。またあいつ来たら怖いし。

 

 そんで家に帰ったら平和に寝てるわけよ、モモが。

 お前が変なもん持ってくるからだろって腹立ってさ。その夜お風呂でシャンプーまみれの刑にしてやったぜ。



 そしたら次の日、モモ、バッタのだけ持ってきやがったんだ。

 あれ、ぜってー嫌がらせだよな。





                    終

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る