嫁入り前夜とそれから

・・・鎮守の森の端にある、あの崖のお稲荷さん・・・

雨はシト、シトと降っている。

お稲荷さんの崖の急階段の降り口にある街灯。

裸電球の灯りは、ボォーと境内の穴ぼこだらけの供養台にあたっている。

半分ひからびている団子が三串、煮つけ物が一皿、供えられている。


・・・その供養台の奥辺り・・・

お父様、お母様、本当に長い間、こんなに元気に育てて貰いました。

本当に・・・本当に・・・ありがとうござ・・・います・・・


静かだが凛とした声が・・・雨音を伝い、かすかに聞こえてくる。


 「私は嫁ぎます・・・行って参ります・・・」


 「なにも、あんな所にとつがなくっても、行かなくても、ここにはいい縁談が沢山あるっていうのに何でまた・・・あんな・・・」


声にもならない声を出し、拳をぎゅつと握りしめ、板の間に強く押し付け、唇をゆがめ、娘には目を合わせる事もなく、横を向きつつ・・・


 「なあ~なあ~」


ブツ、ブツとまわりに言い続ける親父キツネは、ここに至ってもまだ納得いや観念していないようであった。

 隣の、柔和な顔をした母キツネはそんな事おかまいなしにバッサマキツネとの話に夢中である。


 「うちの父ちゃんにも困ったもんだ、本当にずうっとああだ~」


 「ここまで来ても、ずうっとああだ~あのままだよバッサマ」


 「仕方あんめえよ、バッサマ、あの子はどうしてもあの人を好いちゃつて、私も考えなおせって言ったんだよ」


 「そしたら・・・命の恩人なんだからなんて何回も何回も言うんだよ。切ない顔して言うんだよ」、「私も知らなかったけど、こん子が10さいのころだって、興野の河原で大きな黒い犬に追いかけまわされたんだって・・・きっと物凄く怖かったと思うんだけど。そしたらあの子(あん人)でてきてこの子を大きな木に乗せてくれたんだって(キツネは木登り不得意だから)あん人は恐怖で大きく泣きながら、そんでもこの子のお尻を何度も何度も押して、こん子を木の上に乗せてくれたんだって」

「そしてあの子は恐怖で大きく泣きながら・・・こん子の登った大きな木の反対の河原に向かい駆け出したんだって。何度も何度も大きな黒い犬に追いつかれ、転び、河原の石にぶつかり、顔中真っ赤な血にそまりながら、それでも川の中に逃げ込んだんだって・・・そしてこっち(こん子の登った大きな木の方)を見てエ~ンエ~ンってないていたんだって」

「こん子は恐ろしくなり、大きな黒い犬が川に向かい吠えている間に、大きな木を降りて、あの子に何もいわずに、あの子をおいて一目散に逃げて来てしまったんだって・・・そしてあの子のことを誰にもいわずに、助けに行ってとも誰にもいわずに泣きながら眠ってしまったんだって」、「それからずっとこん子はあの人を好い続けているんだって・・・」、「お母さんにはわからないわ、私の気持ちなんて・・・最後にはきまって言うんだから、切ない顔して言うんだから・・・本当に切ない顔して涙まで流して言うんだよ」

「どうしても一緒になる。なれないならこの家出るとか、死んでやるとか、キイっとした目をして言い出す始末で仕方ねえべや」


 「でも、バッサマあの人、とっても優しい、いい人だと思いませんか。一生この子を大事にしてくれると思いますのよ」


 「うんだ、うんだ、オラもそう思うだが、だけど人間様のとこじゃなあ~」


ちょくら下を向いてしまうバッサマキツネであった。


 (もう、この子は誰に似たんか、しっかりしすぎ、気が強い、芯が強い、本当に家出するか、河にでも飛び込むんでないか。一人で行ってしまうのではないか。死んでしまったらもう会えなくなるのに)


口には出さないが、

娘を見守る決心は既に固めている母キツネであった。


 「人間様のとこなんか、人間さまのとこなんか、欲のつぱった、見栄ばっかの、ひでえとこなんだ、もう・・・」


娘の正座した膝頭辺りを時々見据えては、あっちに、こっちに親父キツネはまだ愚痴っている。


(本当は、娘が居なくなるのが寂しいのではないの、娘を手放す寂しさが悲しいのではないの、だからどうしようもなく子供みたいに苛立っているんではないよ、私達にあたりちらしているんでないの、ねえ父ちゃん)


言ってやりたい母キツネであったが・・・口にはださず、


 「大丈夫ですよ、父ちゃん・・・この娘はそんな弱い子じやありませんよ、それにこの娘の嫁ぐ先は目と鼻の先ではありませんか」


 「私達も近いし、それに興野の日暮山には兄ちゃん達もいるんだから、何かあってもすぐ行けるし大丈夫ですよ」


 「綺麗な、この娘の花嫁姿、ちゃんと見なくちゃ、ねえ父ちゃん」


諭すのであった。


・・・雨はシト、シトと降り続けている・・・


 「お父さん」

 「お父さん本当にゴメンナサイ、わがまま言ってしまって」

 「でも近いから、時々帰ってきますからお父さん体に気をつけて」

 「お母さんの言う事、聞いてお酒あんまり飲みすぎちゃ、ダメよ」


そう言って、やさしく見つめるその娘の瞳からは真っ白い頬を伝い涙が一筋流れ落ちた。

ちょうぴり、吊り上がりぎみの切れ長の目を伏せ立ち上がる。


沢山の青白い狐火がいたる所で燃えている。

薄暗闇の中、どこまでも続く提灯行列のようだ。

雨はシト、シトと降り続けるている。


 お付きの者の差し出す、真っ赤な蛇の目の傘に包まれて白無垢姿に角隠しを付けたその娘は、青白い狐火に包まれ妖麗な光を発し、とてもこの世のものとは思えない程の美しさであった。


 二足に白足袋をまとい白地に黒松模様の和服姿の狐のお供達、そのお供の行列は等間隔に二列に並び延々とつづく。

その真ん中をしずしずと歩む白無垢姿の花嫁。


 シトシトと降りつづける小雨は止みそうもない。

お供の者達のさしだす長竹にささげられた提灯は右に左に小刻みに揺れる。それはまるで淡い光放しながら飛び交う蛍の乱舞ようだった。

 その長い行列は、そば畑のあるあの興野の小さな橋を渡りだした。

薄暗闇の中、興野のちいさな橋は青白い、いくつもの提灯の淡い灯火ひかりの行列に満たされ河面に淡い曲線を描き浮かびあがらせた。


 狐の嫁入りの行列が見えた年は、豊作で縁起が良いとされている。

橋のたもとのトラばあちゃんと厳じいはきっとこの提灯行列を目にすることでしょう。

 そして興野の小寒村は今年はきっと大変な豊作になって、村のあっちこっちで縁起の良い話が沸き上がるでしょう。

 ・・・そう!伝やんにも縁起の良い話が舞い込んでくるといいですけどね・・・



 ・・・紫陽花の花と共に、長雨もやみ、田植えが終わり・・・

ちっちなカタツムリも角をひっこめ、いつしかいなくなってしまう。

興野の小寒村も繁忙期を過ぎ少しゆっくりしだす頃・・・

そう、もう少したてば、

伝やんのあんなに吹き荒れていた伝やん花火も、噂話も、きっと消え去る事でしょう。

そして代わりに、


「なんで、伝助にあんな綺麗な嫁っこが・・・なんでだ!綺麗すぎだべや」


「ひゃー、おったまげたなや、伝ちゃんにあんなキレイな子が・・・気立てのやさしい嫁さんだって、いや~わかんないね」


「いや~、辰やん、テルちゃんも安心したべ、キレイでやさしい娘だって   よ・・・辰やんもテルちゃんもニコ、ニコ顔だでや」


そんな羨望の声や、驚きの声に変わる事でしょう。

ただ、飼い猫のミケだけは、何故か、いつまでも美しい気立てのやさしい嫁さんにいっこうに懐こうともせづに、常に逆毛をフウッーと立てて・・・

気の良い伝やんを悩まし続ける事でしょう。

                                完

後書きにつづく・・・・

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