第5話
「木下さん、今日は早いですね。」
鍵盤に手を置いたまま、清水くんは笑う。
この人だけは私に笑いかけてくれるなあと、思う。
それからまた鍵盤に目を向け弾き始める。
私はピアノに背を向け、椅子に足を置いて抱え込むようにして聴く。
それがいつからかの「普通」になっていた。
もうすぐ夏休みだなあ。本当に音が柔らかいなあ。夕陽が綺麗だなあ。私、こんなに幸せでいいのかな。
思わず夕陽に向かってシャッターを切る。
大抵清水くんは演奏に入り切って気づかない。数週間で身につけた、バレない撮影の賜物だ。
段々眠くなる。私は微睡みの中であたたかいピアノを聴いていた。
「………ん。……さん。…のしたさん。…木下さん。」
朦朧とした意識を立て直そうとした時、目の前には清水くんの顔があった。がっつり黒縁の眼鏡なんだなあ。
「大丈夫ですか。あの、沢山起こしたんですけど、全然起きないので夜になってしまいましたよ。お家の方が心配されますよ。」
ぼーっとする。私は長い時間寝ていたらしい。
「今何時…?」
「十九時二十八分ですよ。」
清水くんは呆れたように笑う。
その顔は反則だと思います。
「私、うちに誰もいないの。だから誰にも心配なんかされないよ。起こしてくれたのは、感謝いたします。」
「僕が心配ですよ、この人いつも帰れてるのかって。」
今度は目を細めて笑う。
何となくじっくり見てしまう。
「何ですか、顔に何か付いてます?」
「いっいやあ………ねえ!……写真を撮りたいの、一緒に花火大会行ってくれないかな?」
私、何を言ってるの。
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