会議室に何かきおったわ ~劇画漫画家の憂鬱~

うみ

第1話 また打ち切りだよ

――打ち切りだよ。うみくん。


 昨日二十三時頃、僕の携帯に結城編集からまたしても「打ち切り」の電話が入った。僕はしがない劇画漫画家をやっているんだけど、どうも僕の作品は人気が出ないのだ。

 僕はため息をつき、零細おんぼろ出版社へ足を運ぶ。

 

 またかよ。また打ち切りなのかよ! 僕は憤りながらおんぼろビルに入るとエレベータのボタンをこれでもかとプッシュする。けれども、完全な八つ当たりである。

 

 見慣れた打ち合わせルームに入ると、すでに結城編集は椅子に腰をかけて両手を顎にやりしかめっ面をしている。

 

「こんにちは、結城さん」


 結城さんから漂う黒いオーラに少し圧倒されたけど、話かけないと始まらないので彼に声をかけた。

 

「やあ、うみくん。やはり駄目だった。すまないな……ハア」

「結城さん、いつもありがとうございます」


 結城さんは劇画漫画家の僕にまたしても、女の子たちが複数主人公を取り囲むお色気満載な作品を提案してきた。

 乗った僕も悪いけど、僕の絵でお色気はどうかと思うんだ。劇画だよ? 劇画。

 

「よおし、このことは忘れよう。次こそはヒットさせようじゃないか!」


 結城さんが自分の頬をパンと叩いて、勢いよく立ち上がったその時――

 

――僕と結城さんが座るテーブルにお侍さんが忽然こつぜんと姿を現したじゃないか。


 しかも、このお侍さん、急に現れたというのに妙に落ち着いている……膝を立てて偉そうに座って僕の方を怖い目で見つめているじゃないか。

 

「な、なんでしょうか? お侍さん」


 おずおずと僕が尋ねると、お侍さんは、

 

「お前か、儂を呼び出したのは。儂は織田信長。もう呼び出されたり、お前らみたいなのがこっちに来るのにも飽き飽きしてるのじゃ」

「え、えええ。何すか、この非現実的な……」

「お前らの反応はいつも一緒じゃな。つまらん。まあいい、お主のスマホを貸すがいい」


 織田信長が「スマホ」とか言ってるよ! なんだよなんだよ。しかし、あまりに顔が怖かったから僕はスマホを彼に渡す。

 すると、あろうことか織田信長はスマホを器用に操作して、戦国時代の英雄たちが女性化したソシャゲをいじり始めた。僕は怖いながらも彼の横からそっとスマホを覗き込むと……

 

――三万円も課金してる!


 待て、待ってくれよ。僕の金じゃないか。すかさず突っ込もうとするけど、さすが織田信長……僕のような一般人が口を挟めるような気配ではない。

 

「よし、十連ガチャ行ってみるか。儂が出るかな?」


 織田信長は女体化した自分が出るまでやるみたいだぞ。ふと僕は結城さんに顔を向けると、結城さんはいい笑顔になってキラーンと歯を輝かせる。

 

「うみくん、織田信長はレア度最高クラス『SSR』だ。喜べ。さすが織田信長だな。うん」

「ゆ、結城さん……織田信長がいきなり出て来たというのに余裕ですね」

「まあ、生きていればそんなこともあるだろ。うみくんと私は新作の打ち合わせをしようじゃないか」

「で、でも織田信長さんが机に座ってますが……」


 そう、僕と結城編集の間には織田信長さんが胡坐をかいてソシャゲに夢中になっておられる。なっておられるのだあ。

 何やらブツブツ言ってる……「半兵衛がSSRだとお。生意気な……」いや、もう勘弁してください。僕のお金なんです……

 

 と……その時――

 会議室の扉がガラリと開く。

 

「話はきかせてもらいましたの。地球は滅亡する!」


 声の主は若い女性のもので、扉を開いた時の定番のセリフを呟いてズカズカと中に入って来る。

 予想どおり女性は二十歳くらいで、このクソ暑いというのに白字に赤の牡丹の絵柄が入った和服をフル装備で、それなのに髪の毛は結っておらず黒髪ロングそのままだった。

 ま、まあ、美人なんだけど、服装といい、手に持った巨大な筆といい、ちょっとお友達になりたくないタイプかな。

 

「なんだってー!」


 結城編集がお決まりの返しをするけど、いやに冷静だな……この適応力が怖いよ。

 

「いいですこと。あなたの駄作を読んだ読者の負の怨念が、そこの侍を呼び出したんですわ」

「えええ。僕の駄作って……」


 僕が少しだけショックを受けていると、結城編集が追い打ちをかけてくる。

 

「確かに駄作ばかりだが、織田信長を呼び出すほどのエネルギーとは……凄いじゃないか。さすがうみくんの打ち切り作品だよ」


 結城編集……それって褒めてない。褒めてないよね?

 僕は涙目になりながら、二人を交互に睨みつけたけど、二人とも全く気にした様子はない。

 

「ところで、君は何者なのかな?」


 結城編集は最もなことを和服の美女に尋ねる。

 

「私は紫莉ゆかり。駄作から生まれる妖怪を退治しておりますの」

「駄作駄作言うなー!」


 僕は思わず突っ込みを入れるが誰も同意してくれない。もうほっといてくれよ。

 

「あなたの漫画……ほんとうにおもしろいと思っておられるのかしら? あなたの本当に書きたかったことって何かしら?」

「ぼ、僕の書きたかった漫画……」


 僕は「受け」だけを狙って女の子を出しまくり、主人公とハーレム状態にした。でも、僕の書きたかったものはそんなものじゃあない。

 そう、劇画漫画家たるもの……書きたいものなんて決まってるじゃないか!

 

「気が付いたようですわね」


 勝ち誇ったように和装の美女――紫莉ゆかりは腕を胸の前で組むが胸がないから、全くおっぱいが強調されることがなかった。

 

「そうだよ。僕の書きたかったもの……ハゲとモヒカンと火炎放射器だよ!」

「うわあ……」


 人に聞いておいて紫莉ゆかりは眉をしかめ、酷くとても酷く嫌そうな顔をする。ため息までついてる。


「お、召喚は終わりかの」


 その時、織田信長の体が薄くなってきて、僕にスマホを放り投げると消えてしまった。

 

 そうだ。僕の書きたいものは「汚物を消毒」することだったんだ。気が付いたよ。「受け」を狙っても仕方ないんだ。

 

「結城さん、気が付きました」


 僕はつきものが落ちたように結城編集へ言葉をかける。

 

「そうか、うみくん。一皮むけたようだな。じゃあ、そこの……紫莉ゆかりさんだっけか? 着物をはだけさせてくれ」

「ええええ、何言ってんすか結城さん!」


 僕は結城編集のいきなりのセクハラ発言に絶叫する。


「いいですわよ」

「いいのかよ!」


 何か僕だけが振り回されてる気がするな……ってマジで脱ぐのかよ。足元に手をかけた紫莉ゆかりは着物の袖をつまむと右へと引く。

 生足が見え……あろうことか白いパンツがチラリと。

 

「うみくん、お楽しみのところ悪いんだが、そうじゃない。見えそうで見えない。それが君に欠けていたものなんだ。紫莉ゆかりさん」


 結城編集の言葉を察した紫莉ゆかりは、着物をすこしズラし、艶めかしい太ももは見せつつ、パンツは後少しで見えないところで寸止めする。

 た、確かに。見えるより興奮する。

 

「なるほど……」

「よし、分かったら次の作品に取り掛かるぞ」

「了解です!」


 僕はその時は素晴らしいと思ったんだけど、そもそも僕の絵は劇画だから女の子で釣ることは出来ないってことに自宅に帰ってから気が付いた……

 急ぎスマホを手に取り結城編集に電話をしようとした時、ふと気になって織田信長がやっていたソシャゲを見てみると……

 

――課金金額 五万円


 僕はその日、結城編集に電話をする気力も失ってしまって、ベッドでうなだれるのだった。

 ちなみにSSR織田信長は出てない。女体化竹中半兵衛は三枚も出ていたけど……僕は困った顔でこちらに微笑む可愛らしい竹中半兵衛を見て、深いため息をついたのだった。


※ふと思いつきました。すいません! 

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