第18話

「あなたに夢の世界とその娘を救う力をあげる。その代わりに夢の世界を守る義務を負いなさい。そして私にあなたの見る夢をちょうだい?」


 うなされる澪の傍に居た悟は突如現れた私の姿を認めると怯えもせずに尋ねてきた。


「なんだお前ッ!?」

「私は夢魔。名前は無垢夢喰黒ムクムクロって言うわ」

「むぅ、まぁ?」

「つまり悪魔よ」


 私が己の正体を明かすと、悟は獲物に襲いかかる寸前の獣のように身体を屈めえた。


「お前かっ!?」

「……何が?」

「お前のせいで澪は眠れなくなってるのか!?」


 子供の敵意を鬱陶うっとうしく感じながらも私は毅然きぜんとした態度で告げた。彼の妹に悪夢を見せている存在について。そいつらのせいで私も迷惑している事。彼がこれから見るはずの夢を私に捧げるならそいつらを倒す力を与えるつもりでいる事、そしてそれに伴う面倒ごとについて。

 彼は最初の威勢いせいに反して私の話に黙って耳を傾け、私が話し終えると質問してきた。


「お前に夢をあげて、その夢の守人になれば、澪は眠れるようになるの?」

「正確には眠れるように出来る力をあげるってとこまでよ」

「澪を眠れるように出来る?」

「……出来るわ。あなたの頑張り次第、だけど」

「じゃあ出来るな! わかった! ケーヤクする!」

「えっ……?」


 質問を終えると悟はすぐに契約を決断した。私がそのことに驚き絶句していると今度は頭を下げた。

「それと、ごめんな。さっきは疑って。この、とーり!」

 

 開いた口が塞がらなかった。正直私という存在までは信じてもらえるかなと思っていたが、話を一度で信じてもらえるとは思ってもみなかったし、まして契約を結ぶなどとは想定外もいいところだ。


「い、いいの?」

「うん!」

「信じるの? 私の話」

「???」


 思わずそう尋ねると悟は首を傾げた。私とて人との交流が皆無だったわけではなかったので、子供があまり人を(私は悪魔だが)疑わないことは知っていた。だが、それにしても少しはおかしいと思ったりしないのだろうか。


「その、あなたはこれからずっと夢を見られなくなるのよ? 一生よ? わかる? ずっとずっと、よ?」

「うん」

「困らないの? 夢がなくなるのよ?」

「ちょっと困る」


 私の感覚から言えばあの夢を損失したらちょっと困るどころではない。それに子供にとっては夢の訪れない夜の眠りというのは恐ろしいものではなかろうか。すると、いぶかしげな私の気配を察したのか悟は続けた。


「夢が無くなったら、ちょっと困る。だけど、澪が泣いたらめっちゃ困る!」


 実に単純な理屈だ。悟は昔からこうだった。単純バカだけど、何が大切かを見失わない。その大切なもののために支払う苦労や痛みをいとわない。だから私は契約を交わした。


「そう、なら契約しましょう。浅間悟、あなたに夢の世界と妹を救う力をあげる。その代償に夢の世界を守る義務を負い、あなたの夢を私に捧げなさい。私、無垢夢喰黒は誓いの限りあなたと共にあるわ」


 差し出した私の手を悟が握る。そのとき契約は成立し、ここから私たちは始まった。

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