第16話
「夢なき眠りのなかでせめて疲れだけは癒しなさい」
膝に乗せた悟の頭を撫でる。昔はよくこうしたものだが、最近はこういうときしかする機会がなくなってしまった。まだ子供だった悟のご機嫌取りで始めた習慣みたいなもの。
始めは何とも思わなかった行為がいつの間にか私の癖になってしまっていた。
だけど時の流れとはままならないもので、そうなる頃には悟が頭を撫でられるのを嫌がるようになってしまった。
「可愛くない」
随分と不機嫌な声が口から漏れた。子供と契約した時点で相手が成長することは当然わかっていた。しかしそれでも、身近にいる他者が成長するということはかなりの驚きだった。まして夢魔である私は人間のように歳を重ねたりしないので尚更だ。
「………」
私より小さかった悟はすっかり私より大きくなってしまった。しかも単に大きくなっただけなく質的な面でも成長した。
子供から男への
閑話休題。とにかく、悟は子供から青年へと成長したのだ。私を置き去りにして。
「生意気だわ……」
頬でも
「それにしても……」
最近はナイトメアの出現が多くて困る。奴らをのさばらせる訳にはいかないが、倒したところで私が得する事など何もないのだ。
かといって他の夢魔はナイトメアの脅威などどこ吹く風なのだから私が、いや私達がなんとかしなければならない。
「全く、あいつらときたら……!」
私の主張は「人間個人の夢はエサに過ぎないが人類の夢は我々夢魔の生命線。だからその脅威になり得るナイトメアを討伐しよう」というものだ。
それに対する他の夢魔の回答は「ナイトメアがそれほどの脅威とは思えない。それにどれほど人の夢が荒れようがヤルことヤレば得るべきものは得られる。だから問題ない」というものだ。
「夢魔としての
一般的に言って夢魔というものは人の夢に現れて情交をする存在だ。まあ、事実大半の連中はそうだ。
彼らは人の
そのため私の主張を聞くと彼らは十中八九唖然としてから
「どいつもこいつも私のことを『無垢ちゃん、無垢ちゃん』って馬鹿にして!」
そうだ、いつか悟を上手に誘導して一人くらい夢奏器で血祭りにしてやろう。半死半生位にしてやれば連中も己の罪と阿呆を自覚して、私に謝罪しナイトメア討伐を手伝うに違いない。我ながらいい作戦だ。
「頼りにしてるわよ、相棒」
普段は使わない呼び方で声をかけながら彼の額をちょんちょんとつつく。
私達の連携なら相手が夢魔であろうと負けはしないだろう。自画自賛もいいところだが、私と悟のコンビネーションはかなりのものだ。私が相手の動きを感知・予測して悟がそれを元に迎え撃つ。シンプルだがどんな相手に対しても揺らぐことのない戦いが可能だ。
性格の相性だって良い。無鉄砲で何処か詰めの甘い悟と、慎重で戦いに関しては後手に回ってしまいがちな私。足りない部分を補い合うことで、互いの強みを最大限発揮できているはずだ。
「最初の頃とは大違いね」
これは時の流れがもたらしてくれた数少ない良いことだ。それ以外は正直言ってあまり歓迎出来ないことが多い。
特に時の流れが悟を変えていくことが恐ろしい。悟の成長、変化はともすれば私と彼の契約を終わらせてしまうからだ。いったいいつまで私は悟の傍にいられるのだろうか。
月日の移ろいのなか大きく育ち続けてきた疑問に答えてくれるものはここにはいない。
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