第15話

 すぐに暴れまわることも出来なくなりうずくまったナイトメアはやがて灰も残さず燃え尽きた。プラットホームには俺達だけが残る。


「勝った……」

「なんとか、ね」

「はぁ~~~………」


 緊張の糸が切れ、身体が自重を思い出したかのようにぐっと重くなる。その負荷に逆らわずに大の字になると手足からじわりと疲労感が伝わってくる。しばらくその疲れに身を任せて瞳を閉じ、楽になるまで呼吸を繰り返す。幾分余裕を取り戻し目を開けるといつの間にか人型に戻ったムウがこちらを覗き込んでいる。


「お疲れ様。もういいの?」

「ああ」


 彼女に助け起こしてもらい、辺りを見回す。ナイトメアがいなくなったプラットホームは元通りの静寂に包まれている。


「これで終わり、なのか?」


 相手の能力のせいで、いまひとつ勝利を確信できない。まだ生き残りが誰かの夢の中に潜んでいるのではないかという不安が拭いきれない。するとムウが胸を張って言う。


「おそらくいま倒したので全部よ。あなたが横になってる間に奴の気配を探ってみたけど、感知しなかったわ」

「そうか」


 彼女は一度遭遇したナイトメアなら気配で探し出すことが出来る。その彼女が言うのだから殲滅せんめつできたのだろう。


「それに、もし仮に生き残りがいたとしても今日はこれ以上の深追いは危険よ」

「そう、だな」


 今回の戦いはかなりきつかった。これでさらに当てのない探索をするなど自殺行為だ。


「じゃあ、もうこれもいいな……」


 握り締めていた夢奏器を離す。床に転がった『火の箒』はやがてひとりでにガラスが割れるようにバラバラになり消えていった。


「ありがとう。ごめんな……」


 他人の夢を糧にして創りだす夢奏器。その糧にされた人の夢は失われてしまう。後悔はとは少し違う感情が胸をちくりと刺す。


「……悟、そろそろ休みましょう?」


 ムウが普段は見せない柔らかな表情でこちらを見つめてくる。その笑みを見ていると無条件に従ってしまいたくなる。俺は普段なら感じる気恥ずかしさもなく地面に座った彼女の膝に頭を乗せ、身をゆだねた。


「ゆっくり休みなさい」


 優しく肩に触れてくる手の温もりは甘いまどろみのようにまぶたを重たくさせる。

 夢の中で眠るというのも変な話だが、俺はこれから眠る。ただし夢を見ることは決してない。

 これこそが俺がムウに支払った代償。俺は自分の夢を彼女に捧げた。ただひとりの妹を守るために。だからもう俺は夢見ることはない。

 とにかくいまは静かに眠るとしよう。


「おやすみ……ムウ」

「あなたが私にそれを言うの?」

 

 クスクス笑うムウの声だけが響くなか俺の意識は暗転した。

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