第12話

『 火 の ほうき 』


 不可解な単語が記された紙片は一瞬で黒に染まり立体となる。

 まづはペンのような形になり、次に形を変えながら巨大化する。すぐに片手では扱えないサイズと化したそれは変形を終えると蛇の脱皮のように黒色の殻を脱ぎ捨てその姿をあらわにした。

 俺の手に収まったそれは竹箒だ。俺は箒を槍のように先端を前方に向けて構える。さらに意識をその先端に集中させる。するとゴミを払う部分に、ジャッという硬質な音と共に火が宿った。その火は力強く燃えているが決して箒自体を焼き尽したりはしない。


「いけそう? この夢奏器むそうきは?」

「ああ。俺のイメージと離れてないし、安定もしてる。大丈夫だ」


 夢奏器。夢の守人の奥の手。他人の夢を元にして創り出す武器。創る際に複雑な制約があり、それ以上に細心の注意が必要な代物だが、その威力は絶大だ。


「それじゃあ、早速?」

「ああ、反撃開始だ!」


 手に持った『火の箒』を2、3度振り回してから駆け出す。ナイトメアは無奏器の力に気づかずにいるのか、真っ直ぐこちらに向かってくる。隙の目立つ動きで飛び掛ってきた最初の一体を『火の箒』でフルスイングする。


「焼け散れぇぇ!」


 ゴッ


 ナイトメアの胴体に直撃した『火の箒』はその外見からは想像も出来ない凶悪な破壊音を立て敵の身体を凹ませ吹っ飛ばした。

 宙に投げ出されたナイトメアは地面に激突してからも勢い良く転がり、その四肢を辺りに散らした。バラバラになったその身体は間もなく燃え上がり始める。あれなら、すぐ灰になるだろう。


「続けて2体目!」


 夢奏器の威力に驚いたのか動きが鈍くなっている2体目を袈裟切りの要領で頭部から叩き潰す。


 ベチィッ


 四肢だけが原型を留め、頭部と胴体をミンチにされた2体目の残骸が舐めるような火に焼かれる。


「3体目」


 混乱状態から脱し勢い良く飛び掛ってきた3体目を水平にぎ払う。直撃を受けた頭部がボールの様に飛び、地面に着地する前に燃え尽きた。

 炎上する残された胴体を尻目に残りのナイトメアへと向かう。


「快調ね」

「相性がいいからな」


 夢の世界では感情やイメージ、確固たる意思が強い力を持つ。

 いま俺が使っている夢奏器『火の箒』は名前のとおり火を操る箒だ。火と箒、両方ともゴミを処理する存在といえる。なのでゴミのナイトメアであるこいつらには圧倒的な力を振るうという訳だ。


「残りは2体? それとも?」

「4体ね。鋏で倒した奴が分裂しているわ」

「了解」


 残った連中はこちらの危険性を察知したのか、一斉に腕を伸ばし襲い掛かってくる。鉄砲水のように押し寄せてくるそれを『火の箒』を円を描くように振り回し弾く。

 『火の箒』に触れたナイトメアの腕はそれまでの怒涛どとうの勢いが嘘のように弾き飛ばされ燃え始める。

 燃え上がる腕を手元へと引き戻した連中は慌てふためき始めたが1体が炎上する腕を無事な腕で引きちぎると他の3体もそれを真似始めた。


「うわぁ……」

「まあ、どうせ再生出来るんだからああするわね」


 しかし奴らの動きはそれで終わらなかった。1番ダメージを負っていなさそうな1体が両腕を広げ雄たけびを上げ始めた。それは仲間を呼び寄せたときのものとは違う苦しそうな響きの不快な叫び声だ。

 その固体は叫び続ける。するとそいつの身体に変化が生じる。胴体の真ん中、人間でいうところの腹から胸にかけて縦一線に亀裂ができた。亀裂は内側から押し広げられているかのように大きくなり、やがてアケビの実のようにぱくりと開きその中身をあらわにした。

 牙と舌。ナイトメアの胴体に生じた亀裂からその2つが現れた。


「……つまり、あれは……」

「口ね。物を食べるのに使うわ」

「うん……って、いやそうじゃなく……ま、まぁ……うん」

「何よ? 言いたいことは言いなさい」

「何でもございません」


 ムウは時々冷静すぎるというか杓子定規しゃくしじょうぎな事を言うから困る。

 なおもナイトメア達の動きは止まらない。胴に口を生やした固体の周りにいたナイトメア達がその口に次々と飛び込み始めたのだ。ぱくり、ぱくりとナイトメアを飲み込んだ口はそれを租借するように動く。


「なっ……!」

「………」


 流石にムウも絶句してしまう光景が繰り広げられる。俺達が唖然あぜんとしている間に件のナイトメアはついに自分以外の同胞をすべて食べてしまった。

 そして、食事が終わるとナイトメアの身体がみるみる膨れ上がり始めた。腕と胴体、胴体から生えている翼のようなものが巨大化し、人型に近かったシルエットはもう面影もなくなってしまった。


「何でもアリだな、こいつは」

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