第11話

 腰のサスペンダーベルトが伸びて前方のナイトメア、倒したはずの固体を指し示した。頭部と胴体をそれぞれ一回づつ。

 指示されたパーツを注意して見ると先ほどにはなかった変化が起きていた。

 頭部と胴体。その切断面から黒い煙とも泡とつかないものが音もなく溢れ出ている。あふれ出る黒いものはあるものは液体のように床に広がり、あるものは煙のように宙を漂い、空間を黒く染めている。

 それらが突如一箇所に凝集ぎょうしゅうし、ゴムボールのような形を成した。ゴムボールのようなものは切断面目掛け一直線に飛び、そこへぶち当たる。すると首を無くした胴体と、胴体をなくした生首がそれぞれブルブルと震え始め、動き始める。

 そしてその動きに合わせてゴムボールも変形を始め、それぞれが欠損したパーツへと姿を変える。


「嘘だろ!?」


 俺が絶句している間にナイトメアの変形は完了し、頭部と胴体に分かれた1体のナイトメアは、2回り程小柄になった完全な2体のナイトメアになった。


「アレは恐らく奴の確立概念ね。『我はゴミ。ゴミは我』ってとこかしら?」


 確立概念。ナイトメアがまれに獲得する特殊能力だ。


「ムウ、どういうことだ?」

「多分奴は切断された身体を2つのゴミとして認識することで、それらを自分自身に変化させたのよ。新しく出てきた奴らはあらかじめこの能力で生み出していた分身だと思うわ。厄介な能力ね。だけど悟、ラッキーよ」


「どうして?」

「わからない? こんな厄介な能力を持ってる奴が成長しきる前に潰せるのよ。ラッキーだわ。もし奴が強力な力と大きな苗床を手にしたらどうなると思う? 人の夢に出てくるゴミというゴミを自分の分身にするに違いないわ」


 ムウの言葉を反芻はんすうする。自身の残骸と他人の夢の中のゴミを元に分身を生み出せる能力。確かにかなり厄介だ。確実にここでケリをつけないといけない相手だ。


「だから悟……」

「あれをやるぞ、ムウ」


 彼女の催促を遮る。夢の守人の切り札というか奥義のようなもの。出来れば使わずにおきたいあれをやるときは彼女に促されてでは駄目なのだ。あくまで自分の判断、意思で使わなくてはならない。そう決めている。


「ムウ、テキスト検索。検索ワードは『蝋燭ろうそく』と『掃除用具』だ!」

「了解……出すわ!」


 彼女が返事をすると地面からテキストが出現する。その数はいままでのものに比べて少ない。これは俺が選別させたためだ。いま目の前にあるテキストたちはその内容に蝋燭、あるいは掃除用具という言葉を含んでいるものだ。

 テキストの中に目的のワードを探すため目を凝らす。どうにかナイトメア達が動き出す前に見つけ出したいところだ。


「……見つけた!」


 まずは一つ目。俺の意図を察したムウが普通のサイズにしてくれた黒鋏を手にテキストを目指す。到着すると手にした黒鋏で紙を切る要領でテキストの一部をシャキシャキと切り出し、ポケットに突っ込む。するとムウの声がした。


「敵接近。まづ右から。次、左」


 ムウの警告に従い接近してくるナイトメアの姿を確認し、後退して接触を避ける。こちらとの距離の縮み具合からして相手は思っていたより素早いようだ。


「さっきの雄たけびは仲間呼ぶためだったみたいだな」

「みたいね。意外と速いわ、こいつら。おまけに知恵も回るみたいよ? 今のやつらと別の2体が左右に広く展開、おそらく挟み撃ちを狙ってるわ」


 その言葉と共に頭の中に自分のものでないイメージが鮮明に浮かび上がる。ムウが送ってきたイメージによると確かにこのままだと囲まれそうだ。

 一度思い切り後退して包囲を回避したいが、そうしてしまうとテキストとも距離を置くことになってしまう。


「ムウ、イメージに出てきてない2体は?」

「動きなし。分裂して生まれた2体よ。どうも身体がまだしっかりしていないみたい。よろよろしているわ」

「オーケー。じゃあ、鋏をでかくしてくれ」


 彼女の報告を聞いて方針が決まった。ここは引かない。再び巨大化した黒鋏を構え走り出す。今度はナイトメア目掛けて。向かって左手にいる奴に狙いをつける。

 カニ歩きとカエルの跳躍を同時にしようとしているかのような忙しない歩行で迫るナイトメア。両腕を上げこちらに襲い掛かろうとしているが、その動きに鋭さは感じられない。

 黒鋏の持ち手をそれぞれ両の手で握り締め、刃を大きく開く。間合いに入った瞬間黒鋏を突き出しナイトメアの胴を捉え両断した。逆袈裟ぎゃくけさ切りのような線を描き敵の身体が切断される。

 崩れ落ちるナイトメアを一瞥もせずに駆け抜ける。円を描くような軌道でテキストが集まっている地点へと向かう。


「どこだ? どこだ!?」


 目的のワードを探し、テキストの林を分け入るが見つからない。ごくありきたりの言葉だというのに、その姿を認めることは出来ない。そうしている間にも近くにいるもう一体がこちらへと迫ってきている。


「くそっ!」


 結局俺が目的のワードを見つけ出すよりも先にナイトメアが仕掛けてきた。かかげた両腕を思い切り振り下ろし引っ掻きとも殴打ともつかない攻撃を繰り出してくる。

 しかし、案の定その動きにはキレがなく、俺はひらりとその一撃をかわしガラ空きの背中に蹴りを入れる。体勢を崩し地面を転がるナイトメアを見送ると視界に何かがよぎった気がした。


「いまの!?」


 確信めいたものを感じ、辺りを見回すとすぐ傍にあったテキストの中に目的のワードを見つけた。


『……机や椅子、黒板消しに筆記用具、箒やモップがガタガタと音を立て踊る……』


 ムウに合図して小さくした黒鋏で目的の箇所を切り出す。


「よしっ、これで……」

「悟! 緊急回避!」


 思わず一息ついた瞬間。ムウが叫びながらサスペンダーベルトで俺の脚を引っ張り転ばせた。

 声のおかげでとっさに顔を両腕で庇えたので大して痛い想いはせずに済んだ。


「どうした!? ムウ!」

「新手の攻撃よ! 分裂した奴が仕掛けてきたわ!」


 こけさせてきたムウに叫ぶとベルトが目の前に伸びてきて前方、さっきまで俺の頭があった場所を指し示す。そこには人の腕ほどの太さの黒い縄のようなものがあった。


「なんだこりゃ?」


 跳ね起き、中腰で構えながら縄のようなものが伸びてきている方を確認する。そこには分裂して小柄になったナイトメアが居た。

 そしてそいつがこちらに向けて伸ばしている腕が文字通り伸びているのだった。目の前の光景が信じられずに縄のようなものとナイトメアとを見比べてしまう。


「信じられないけど、アイツの腕が伸びてあなたを狙ってきたわ」

「デタラメだな」


 俺達が会話している間に伸びた腕が掃除機のコードのようにシュルシュルとナイトメアの身体に戻っていく。

 完全に腕が元に戻るとナイトメアは再び腕を上げこちら目掛けてその腕を伸張させてくる。その突きは直線的な動きで避けるのは容易かったが、速度があり直撃したら手痛い思いをするだろう。


「厄介だな」


 単純に飛び掛ってくるだけの相手が沢山いたところで怖くはないが、攻撃方法が増えるのはまづい。それに問題はまだある。


「ムウ、分裂したもう一体は?」

「腕を伸ばしてる奴の右に。多分そいつも同じことしてくるわ」

「そうか。やっぱり、そうだよな」


 近くには健在なナイトメアが3体。遠くに腕を伸ばしてくる奴が2体。身体を切断されているが、そのうち復活しそうなのが1体。いまの間合いでやり合うのは不利だ。


「ムウ、しばらく全力で逃げる。回避指示、任せた」

「了解」


 彼女の返事を聞くと俺は敵に背を向け走り出す。すると脳裏にこちらと相手の距離関係を図にしたものが現れる。ムウのサポートだ。どうやら走力ではこちらの方が上らしい。


「……右」

「おぅ!」


 ぼそりと告げられるムウの指示、その声音に合わせて身体を半歩ほど右方向へとずらす。すると1秒ほどしてから身体のすぐ横をナイトメアの伸びる腕がかすめていった。


「左っ……右。右!」


 こうしてムウの指示のおかげで振り向くことなく攻撃を避け続けた俺は充分に距離をとると振り返った。


「ムウ! 単語帳と糊!」

「了解」


 黒鋏が出てきたときのように、ポーチから物が二つ出てくる。それは黒一色の単語帳とスティック糊だ。その二つをサスペンダーベルトに手渡してから、ポケットの中のテキストの断片を取り出す。他人の夢から切り出したそれにはそれぞれ文章が綴られている。


『……揺れる蝋燭の火がゆらゆらと……』

『……机や椅子、黒板消しに筆記用具、箒やモップがガタガタと音を立て踊る……』


 この二つからさらに特定の部分を黒鋏で切り出す。伸びる腕による突きが届かない距離とはいえ、気が気でない。視界の端では不恰好な走りで3体のナイトメアが迫ってきている。


「……の、っと!」


 目的の部分の切り出しが完了した。急いでその断片の裏側に糊をぐりぐりと押しつける。続いて黒表紙の単語帳をめくり、何も書かれていない白紙にそのテキストの断片を貼り付けていく。


「……よしっ!」


 単語帳に糊付けされた文字の内容を確認すると、俺はそのページを単語帳から切り離し頭上に掲げた。そこにはサスペンスドラマなどで見る切抜きによるコラージュが出来上がっている。


『 火 の ほうき 』


 さあ、反撃開始だ。

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