第10話

「さぁ、悟。やるわよ?」

「了解」


 ナイトメアに立ち向かう為、傍に立つムウへと手を伸ばし契約の言葉を唱える。


「契約者、浅間悟が命ずる。無垢夢喰黒ムクムクロよ、其の全てを解き放ち我が眼前の災厄を振り払う力となれ」


 その言葉を唱えるやいなやムウの身体が黒に染まり縮み始める。みるみるうちに縮んだ彼女はその姿を黒い球体へと変え光さえ吸い込みそうな深い黒色を放ちだす。

 これこそ彼女『無垢むくナル夢ヲラウ黒キモノ』の本質だ。黒球が差し出した手に触れてくる。途端に球体が解け、黒い風と化して俺の身体が包み込まれた。そして次の瞬間風は止み、それは俺の衣装へと姿を変えた。

 一見するとただのモノトーンファッションのようだが、左右非対称なこの格好は勿論伊達もちろんだてや酔狂ではない。ポケットやファスナーが沢山ついた黒のパンツ。右からはサスペンダーベルト、左からは細身のポーチが下がっている。

 上半身は白シャツに黒のベストを身に着け右腕は肘から手首にかけてやはり黒のアームガードが装着されている。


「さあ我が契約者、浅間悟。夢の守人としての責を果たしなさい」


 頭の中にムウの声が響く。いま全身を包んでいる衣装に変身している彼女はしゃべることが出来ないので、代わりにテレパシーで語りかけてくるのだ。


「ああ!」


 返事と同時に飛び出す。見たところ眼前のナイトメアは小型で動きは鈍重どんじゅうだ。大した力があるとは思えない。だから速攻で仕掛けて終わらせる。こちらの殺気に気づいたのかナイトメアが雄たけびをあげているが何も仕掛けてはこない。


「ムウ、はさみを出せ!」

「了解」


 彼女の返事に応じるように、腰のポーチからひとりでに何かが出てくる。それを掴み引っ張り出す。持ち手も刃も漆黒の鋏が手に収まる。俺はその黒鋏を手にしながら独特の構えをとる。

 黒鋏を握る左手を腰にあて、刃は前方に突き出す。空いている右腕を胸の前で曲げてアームガードで胸部を庇うように構える。

 こちらの準備が整うと黒鋏の形状が変化し始める。持ち手は大きくなり五本指で握り締められる形になり、刃は長く伸び腰から右腕のアームガードを超える長さとなる。

 走りながら攻撃態勢をとり全速力に達した俺はナイトメアが間合いに入るやいなや左腕を突き出した。アームガードを滑るように飛び出した黒鋏の両の刃がナイトメアの首と死の抱擁ほうようをかわす。


 シャキン


 軽快な音を立ていとも容易く黒鋏はナイトメアの首を切断した。胴と分たれるまで叫びを上げていた首は物言わぬボールと化し、床に転がる。


「……やったか?」


 気を抜かず身を引きながらムウに尋ねる。ナイトメアの中には異常な生命力を持つものが少なくない。だから倒せたかどうかは必ず彼女に尋ねないと危険だ。しかし彼女から返ってきた返事ははっきりしなかった。


「正直よくわからないわ」

「んん?」

「死んではいないと思う。だけど生きているには力が弱まりすぎてる、って感じね」

「………」


 ナイトメアを見る。分たれた首と胴体はどちらもピクリとも動かない。流血することのないその亡骸は初めからそういう形のオブジェであったかのように静かにそこにある。


「用心しながら近づいて止めを刺す。ムウ、相手をサーチしておいて」

「了解。気をつけて」


 向こうの出方が分からないからといってこのままという訳にはいかない。この状態で相手が強くなっているということはまづない。油断さえしなければ大丈夫だ。用心しながらそろりそろりと近づく。


「………」


 こうやってムウを身にまとっているからだろう、心なしか彼女の緊張が伝わってくる気がする。まづは転がっている頭部を叩き潰そうと黒鋏を両手でかかげた。そのときだ。


「悟! 離れて!」

「!!」


 突然のムウの叫びに驚きながらも飛び退いた。全身を包み込んでいる彼女から警戒と緊張がヒシヒシと伝わってくる。


「どうした!?」

「ナイトメアが来るわ!」

「えぇっ!? 来るって?」

「だから、新手よ! まったく訳が分からないけど、とにかく! 新たに敵が来るわ!」

「りょ、了解!」


 どうしたらいいのか分からないながらも、いつでも動けるよう構え周囲を警戒する。すると動かなくなったナイトメアを囲むように地面に紫色の幾何学模様が浮かび上がる。その数は4つ。

 そして中からどんよりとした動きでアンバランスな体型、頭と背中から左右に1本づつ角と翼のようなものを生やした黒い人影が這い出てきた。


「どう、なってんだ?」


 新たに現れた4体のナイトメアは身体のサイズと細かいパーツの違いこそあるが、かなり似通った姿をしている。そしてそれはいましがた俺が倒した奴と似ているのだ。


「一度に複数のナイトメアが生まれることはないんじゃなかったか?」

「2体位はありえるかもだけど、この数は普通ではありえないわ」


 思わず尋ねてしまったが、ムウも困惑している。実際今までこんなことはなかった。


「しかも、こいつらなんだか……」

「ええ。似ているわね。とにかく悟……」

「まだだ」

「悟!」


 ムウが言いかけた提案を遮る。大丈夫だ、考えなしって訳じゃない。


「さっきの奴みたいにノロいならいける!一体づつ削っていけばいい!」

「いくらなんでも無茶よ。それに……」


 消え入るようにして途切れた彼女の言葉の続きを引き受けるかのように金具が擦れるチャリという音がした。


「相手は4体ではなく6体よ」

「はっ?」

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