第8話
「やっぱり子供目線でも町が汚れているみたいだな……」
海中でゆらゆら揺れる海草を思わせるテキストの林に囲まれながら呟く。時刻はおそらく10時半から11時。この時間帯に夢を見ているのは多くが子供だ。彼らの夢を眺めた結果はやはり、この町でいまゴミが散らかっているということだ。
「………」
子供の夢の中にそんなものが現れていることに複雑な感情を抱きながらテキストの林を眺めているとそれに変化が生じ始めた。だんだんとその数が増えてきているのだ。
「悟、そろそろ調べるテキストを絞って。こっちに来てる人数が増えてる」
ムウも催促してくる。どうやらこの町の人々が本格的に眠りに落ち始めたようだ。このままではプラットホームを覆いつくす勢いでテキストが出現しかねない。
「了解、テキストの表示をリセット。リスト・メイヴンでテキストを表示」
「わかった」
ムウが床を再び叩く。すると俺の周囲にあったテキスト達が地面から切り離され天へと昇っていった。どこまでも勢いよく昇っていくそれらはやがて見えなくなる。
そして地面からは再びテキストが生えてくる。しかし今度は出現したテキストの数は少なく、代わりにその表面を走る文字の数と新しく浮かび上がる速度が桁違いだ。とにかく文字数が多く、高速で新しい文字が出現している。
「相変わらずスゲェな……この人たちは」
これはあらかじめ選抜していた人たちの夢。そこにはこの町で起こった大小さまざま出来事が事細かに記されている。これはいわゆる情報通、周囲に必ず一人はいる誰も知らないようなことを知っている人の夢だ。現実世界の情報通が必ずこういった夢を見る訳ではないが、こういう夢を見る人は十中八九現実世界でも情報通である。
目を凝らし高速で流れる文字の波を見つめ、目的の内容を記すテキストを探す。きっとあるはずだ。
「ん? あれは……!」
それらしいものを見つけた。だけどその文字群はすでに俺の背丈と同じくらいの高さにあり、さらに新しく綴られる文字に押し上げれてぐんぐん上昇している。
「ムウ! コピー!」
叫ぶと同時に走り出す。ムウも返事もせず動き出してくれる。助走の勢いを殺さずに目的のテキスト目掛け跳び上がったときには俺の両手が青い光を放っていた。
出来る限りテキストの上の方を右手で掴み、続けて左手で可能な限り下方を捕まえる。すると両の手の青い光がテキストへと浸食し、右手と左手に挟まれた範囲を青く染め上げる。青く染まったテキストは間をおかずに水を吸ってふやけた本のように膨張し、その部分がバナナの皮のように
「よしっ!」
「どう?」
とことこムウが傍へやってくる。当たりをつけていた箇所を指差し、二人でその前後を読み上げていく。
「……ビンゴ、かな?」
「だと思うわ」
夢ならではの支離滅裂さや話が飛んでいるところを削除・補完する。その内容を要約すると「最近、お隣さんの家の高校2年生がやけに家の中を散らかしているらしい。多少神経質な性質の彼がそんなことをするのには違和感がある。それに、急にそんなことをしだした理由が分からない」というものだ。ポイントは最近のことであること、原因がわからないこと、息子さんに似つかわしくない行動であることだ。
「彼について探りを入れる?」
「そうだな」
情報源である人の夢からこの高校2年生の情報を集めていく。どうやら彼は市内の私立高校に通っているらしい。
「あら、残念。悟の同級生なら話が早いのに」
「おいおい、勘弁してくれよ。こっちのトラブルを向こうにまで持ち越したくねーよ」
仕方がないのでその情報を元にいもづる式に彼の情報を集めていこう。学校と学年は分かっているのでそこから攻めていく。最近素行がおかしくなった神経質な性質の男子生徒はいないかと探っていく。
「こいつかな?」
それらしい人物が挙がってきた。名前は
いわゆる優等生タイプ(といっても眼鏡でガリ勉という感じではない)の生徒で変わったアダ名はなく皆から苗字で呼ばれているような人物。
ちょっと細かくて口うるさいのがたまに気に障るが、ほとんどの場合が許容範囲であるため特に誰からも嫌われては(といってモテるわけでもない)いない。
そんな彼が最近ゴミに関してだけは妙にだらしなくなっている。例えばゴミ箱にゴミを投げ入れようとし、外しても入れ直さない。誰かに注意されれば直すが、もとがもと(寧ろ彼はそういう振る舞いを注意をする側の人間だった)なので気味が悪い。
そしてそれ以外は至って普通で素行が悪く(制服を着崩したり、言葉使いが乱暴になったり)なったりもしていない。
正確な情報というよりは周囲の人間のイメージから構築した人物像を確認する。
「こいつで決まりかな?」
「根拠は?」
「いや~、このタイプってはっきり言って地味な人って分類されるだろ?」
「まぁ、そうでしょうね」
気にすることはないぜ、佐藤栄太。大体の人はこんなもんさ。現に俺だってそうだ。
「そんな人物に関することがこんなに沢山夢に出てくるのはおかしい。それだけで充分異常事態だ。おまけにその原因は不明。そうなるとかなり怪しい」
「なるほどね……じゃあ、釣ってみる?」
「ああ、頼む。俺は深層の扉を開けてくる」
地面にしゃがみ込み準備を始めたムウに背を向け深層の扉へと向かいそれを開放する。夢の深層は守るべき本丸であると同時に敵を誘き出す為のエサだ。
あとはプラットホームと問題の高校生の夢を接続すればいい。こちらの予想が当たっているのなら、敵は誘き出されてくれるはずだ。
「ムウ、準備は?」
「出来たわ」
ムウの目の前には黒一色で描かれた図形がある。RPGなどで目にする魔方陣に近いが、円の中に敷き詰めるように
俺達は並んで円陣と深層の扉の間に立つ。俺は命ずるような声音で次のステップに移行するようムウに告げた。
「ムウ、コネクト、佐藤栄太」
「了解」
彼女が拍手をする。すると目の前の円陣が渦巻き始める。初めは柄が
「接続完了」
ムウが作業の完了を告げる。あとはそのときを待つだけだ。
「どうだ? いそうか?」
「いるわね、確実に。気配を思い切り感じるもの。それに……」
「それに?」
「早速お出ましよ」
ゆったりと手を挙げ渦を指し示すムウ。その指の先には渦から這い出ようとする存在の姿があった。
這い出てきたのは不恰好な人影だ。人影といっても身体に対して頭が大きすぎていて赤ん坊と子供の間のようなアンバランスな体型をしている。何より異様なのは頭と背中から左右に1本づつ生えている突起だ。グネグネとでたらめな軌道を描く左右非対称なそれは頭のものが角で、背中のものは翼のようではあるが、それ単独を見たとき同じように判断できるかどうか怪しい造形をしている。
ナイトメア。人の夢から生まれ出る不快・嫌悪の落とし子。夢の世界、ひいては現実世界の新たな脅威。俺達が倒さなければならない存在。
そして幼かった澪を苦しめていた連中だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます