第7話

 言い争いに疲れた俺たちは階段を踏みしめていた。遺跡は広さが体育館程で円柱型をしている。そしてその外周に螺旋らせん階段が配してあり、いまはそこを上っているのだ。

 光の柱を眺めつついつものことながら長い階段だと内心毒づく。ムウに言わせれば最下層に簡単にたどり着けない造りになっているのだから当然なのだそうだが。

 遺跡の最下層、光の柱が流れ込む泉があるあの場所は夢の深層というもので俺達が守らなければならない本丸だ。


「やっと着いたか」


 ようやく階段が終わり目の前には大きな扉が現れる。いつも通りそれを開く。

 扉の先にはただただ白い空間が広がっている。背後にある深層への扉以外は何もないので、この空間がどれほどの広さなのかは計り知れない。

 今までの道のりを考えるとこの真っ白な空間にもあの光の柱があるはずなのだが、それは見当たらない。

 プラットホームと俺達が呼ぶ白い空間に腰を下ろし休憩する。一方ムウはプラットホームの床をタシタシと猫パンチのような動作で叩いている。やがて準備が出来たのだろう。こちらを見て指示を促してきた。


「アクセスしたわ。どうする?」

「ん~、この時間なら、検索ワードなしでテキストの表示」

「了解」


 ムウが頷き目を閉じる。すると数秒の間を置いて俺の周囲の地面からヒュルヒュルと紙のようなものが無数に出現し天に向かって伸び始める。

 俺たちがテキストと呼ぶ紙のようなものには断片的な文章がつづられている。これはこの町の人々の夢、その内容を文章にしたものだ。

 このプラットホームは町の人々の夢と繋がっている。そしてムウがプラットホームを介してそれを文章という形で見せていてくれているのだ。


「さて……じゃあ、調査といきますか!」


 俺はネットサーフィンでもするかのような感覚で他人の夢を流し読みし始める。夢にもいろいろなタイプがあるのだが、俺が探すのは特定のタイプのものだ。すなわち、現実の生活とリンクしているもの、特にどことなくブログやSNSに通じる雰囲気のあるものだ。

 このタイプの夢がいま夢の世界に影響を及ぼし、さらには現実世界にも危機をもたらすのかもしれないのだ。


 俺とムウが契約を結んだ時分。ブログやSNSといった物が人々に浸透し始め、コレが夢の世界に影響を与え始めていた。

 ブログやSNSを通じ誰もが世界に向け自分の思いや情報を発信できるようになった。そのことによる恩恵は当然あった。だがネガティブな面もまたあったのだ

 個人の発する思いや情報には負の感情を含むものが少なからずある。ニュースで報じられるような事柄ではないが、身の回りで起こった嫌な出来事。周囲の人には気にならないが自分にとっては不快な出来事。そうした負の感情とそうした感情を呼び起こすものが世界に向けて発信される。

 ある情報は共感を伴い受け手にキャッチされ、さらにその受け手が新たな発信者になることでまた別の人へと伝達される。これを繰り返すことでネット・リアルを問わず世界中に負の感情が伝染する。

 ネット上で発生する炎上やお祭り騒ぎの原因の一端は内容そのものがどうこうというよりこの感情の感染にあるのだそうだ。

 そしてそれと酷似した出来事が夢の世界で発生している。ムウが言うには夢の世界はもともとそういった性質を備えていて、ネットやその他諸々のツールが開発されたことでその性質が強化されただけなのだが。


 それが夢と夢のシンクロだ。


 世界中の人々の無意識は繋がっている。そして人の意識は夢を見ているとき最も無意識に近づく。それゆえ人の夢と夢とは繋がりうる。これが夢と夢のシンクロだ。


 とはいえ、夢というものは千差万別なものであり、個人の感情が色濃く反映されているものだから簡単には繋がらない。家族や恋人同士くらいの関わりがない限りは繋がることはまづない。つまり共通の情報とそれに対する似通った感情を持ち合わせたもの同士のものでないと夢と夢はシンクロしないのだ。

 それがいまブログやSNSの浸透により人々の間でそういった土台が構築されやすくなり、夢のシンクロが頻発するようになったのだ。そしてそれが俺たちが追っている脅威をこの世界に生み出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る