第5話

 午後10時。浅間悟の入眠時刻だ。高校2年生のわりに早い時間だと思うが、こればかりは仕方ない。俺はいま宿題や明日の準備、トイレその他諸々を済ませ、寝巻きに着替えて自室のベッドに入り万全の態勢だ。そしてベッドの脇には人の姿のままのムウがちょこんと座っている。


「さあ、準備はいいかしら?」

「準備はいいけどさ、ムウさんよぉ……」

「なに?」


 怪訝そうな彼女に最近考えていたことを提案してみる。


「やー、これから寝るわけだけど、にゃんこさんに戻るのはどうだろう?」

「あっちの姿でどうやって私は悟の目と手を覆うっていうのよ?」


 これから俺は彼女に手を握られ更に両目を手で覆われることになる。そうする必要があるのだ。あるのだが、正直言って恥ずかしい。健全な男子高校生としてはつらい状況なんです、切実に。

 だから簡単には諦められない。


「昔みたいにすればいいじゃん。お前が猫の状態でアイマスクみたいに顔に乗っかって、俺が尻尾を掴む。これで万事……」

「変態。悟、私、悲しいわ。私の契約者であり、その成長を見守ってきたあなたが変態であることが。この変態」


 しかし俺が意見を言い終わる前にムウが汚物でも見るような目でこちらを見下ろし、俺の発言をねじ伏せた。

 正直わけがわからないが彼女の気迫は凄まじくかなり怖い。


「いや、その……」

「黙りなさい、変態」


 これ以上の発言を禁じた彼女はベッドの上に跳び移り、マウントポジションをとる。


「さぁ、手を出しなさい。『いざなって』あげるから」


 これ以上の反抗はかえって被害を大きくさせるだけに違いない。大人しく両手を差し出すと彼女はその手を握る。


「まったく、昔はこの姿であやしてあげたこともあるというのに。色気づくのを通り越して変態になっていただなんて……」


 ムウはぶつぶつと独り言を呟きながら、空いた手で目を覆い隠してくる。俺はというと自身の人生の黒歴史を掘り返されて泣きたい気分だった。まあいい、すぐに眠りがやってくる。そうすればきっと今までのやり取りも忘れるさ。いや、そうでないと困る。

 視界が完全に彼女の手に覆われ、ムウが一言だけ唱える。


「おやすみ、悟」


 その言葉が耳朶に触れると俺は一瞬で眠りに落ち、落下していった。決して人がたどり着くことの無い夢の世界の深淵しんえんへと。


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