第4話
「準備が整ってきたようね。さあ、悟、サバ缶を温めなさい」
晩飯の支度が終わりに近づいたタイミングでムウが指示を出してきた。だが、さっきのこともあり俺はその要求を突っぱねる。
「やだね。大体お前、自分で出来るだろうが」
傍から見れば猫相手に何を言っているんだという話だが、ムウはただの猫じゃない。まあ、人語を使いこなしている時点で普通の猫である訳がないのだが。
「それもそうね。いつぞやみたいにサバをレンジで爆散させられては困るもの」
きっちりと言葉で報復を済ませると、ムウは前足を宙にかかげ伸びをした。その様は猫そのものだが、次の瞬間彼女の身体に変化が生じる。全身がただの黒色の影と化し、猫の姿はただのシルエットになる。続いてそのシルエットの四肢が伸張し大きくなり始める。
バルーンアートのように影はその形状を変化させながら膨張を続け、やがて猫の後ろ足だった二本の脚で直立する。猫の耳や尾は失せて、影の輪郭はごくありきたりな形に納まった。すなわち、人型に。
風船が割れるように影は一瞬膨張してからはじけた。音もない破裂の後には一人の少女が立っていた。
黒い装束を身に纏い、首から上以外ほとんど露出の無い格好の少女。いわゆるゴスロリとは趣の異なる動き易そうなドレスに無駄の無いしなやかな肢体が包まれている。髪は短く、釣り目がちな瞳には気の強さと行動的な性格が滲み出ている。
容姿はかなり整っていて、お近づきになりたいと一瞬思ってからやっぱり無理と断念してしまうような、いわゆる高嶺の花といった感じだろう。とはいえこいつは悪魔なので近づかないほうがいい。というかムウだ。
人型に変身したムウは勝手知ったるという感じで皿と箸を用意しサバ缶を開け、ラップをしてからレンジで加熱を開始した。加熱終了を告げる小気味良い音と同時に皿を取り出し、ダイニングの食卓、俺の正面の席に着いた。その動作は機敏で素早くも慌しさを感じさせない猫の動きを思わせる。
「「いただきます」」
俺たちは揃って合唱すると食事と打ち合わせを開始した。
打ち合わせ。俺たちは今日見聞きしたこの町での出来事、特にトラブルについて報告しあう。もっとも、主に話すのは日中猫の姿で町を出歩いているムウなのだが。
「やっぱり、ゴミが散らかってるって話が多いみたいだな」
「そうね。というより今回の件に関しては決まりだと思うわ。夢のほうもここのところそれがトピックになっているし」
いま俺たちが住むこの町ではゴミが散乱しているという事が頻繁に起こっている。それも単にゴミ捨て場が鳥獣に荒らされているという話だけでなく、誰かが意図的に町を汚しているとしか思えないような場合もあるのだ。
実際俺も今日通学路でゴミ箱が横倒しにされているのを数箇所で見かけた。
いまはまだ市役所等がそれに対して回覧板を出したり呼びかけを行ったりという動きは無いが、それも時間の問題だろう。そしてそうなることは避けたい。
それから俺たちはそれ以外のトラブルは発生していないかだとか夢がどうのといった話を続け、とにかくこのゴミ問題をなんとかしようという結論に至った。
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