第3話

 帰宅してからひと段落し、そろそろ晩飯の準備に取り掛かろうかという時刻になると携帯がせわしなく鳴りメールの着信を告げた。


「……今日はひとり、か」


 メールを確認し返信を手早く済ませると二階にある自分の部屋から一階のダイニングへと移動し、晩飯の準備にとりかかる。とはいえ一人分なので大して手間はかけないし、かからない。


「今日はひとり?」


 すると足元から声がした。見るとムウがこちらを見上げている。頷くと彼女は猫のくせに肩をすくませ、やれやれと首を振った。


「仕方ないわね。ご一緒してあげるわ」


 なんとも恩着せがましい感じで言ってくるムウに俺は憎まれ口を叩く。


「打ち合わせもあるんだ。当然だろ?」


 すると彼女は前足を額に当て嘆き始める。


「ああ、悟。あなた昔はもっと可愛げがあったわ。こんなとき小さい頃のあなたなら素直に『ありがとう、ムウちゃん!』と言えたのに。大して賢く成長しなかったのだから、素直さを失ってしまったら致命的よ? その先には絶望しかないわ」

「くっ!」


 こういうとき昔からこっちの事を知っている相手というのは厄介だ。俺がこいつと契約したのが8歳のときだから、人生の半分をこいつと共に過ごしてきたことになる。そしてその間に知られた俺の弱みは数知れない。

 何も言い返せない俺は無言で晩飯の準備を続ける。しかし準備が終わるまで俺の背後でムウはニヤニヤとこちらを見続けていた。


「……なんだよ?」

「別に?」

「くっ!」

「ニヤニヤニヤニヤ……これは鳴き声よ。猫だもの」

「っ! ぬぅ~!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る