第2話
「ただいまぁ」
鍵を開け、独り言を呟きながら帰宅。無人の我が家に俺の声が空しく響く。当然返事はない。
そのはずなのだが。
「おかえりなさい」
無人の我が家から返事が返ってきた。その声は呟くような小さな声にも関わらずはっきりと耳に届く。淡白な響きからはこの美声の主が俺の帰宅を歓迎しているのかそうでないのかは窺えない。
「おぅ」
しかし俺は無人の我が家から無愛想な返事があったことに驚きもせず、それに対してぞんざいに返事をしながら靴を脱ぐ。
どうやら家族はみんな家にいないらしい。ダイニングに鞄を置き、手洗いとうがいを済ませる。
「今日は早いのね」
「お互いな。今日は何も用事がなかったし、宿題が多いんだよ」
「そう」
俺は美声の主と顔も合わさず何気ない会話をしながら冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いだ。察するに声の主はダイニングに隣接しているリビングのソファにいるようだが、ここから姿は見えない。
「ところで悟……」
声の主は俺、
「あ~、はいはい。買ってきましたよ」
「………」
なぜか無言の返事のなかに俺に対する不信感が漂っている。どうやら前回と前々回の失態を根に持っているらしい。へそを曲げられても困るので迅速に動こう。
床に置いていた鞄を開け帰りに買ってきた品物を手にリビングへ向かい、ソファーに座る声の主に品物を突き出す。
「ほら見ろ、サバ缶。ちゃんと味噌味だ、ほれ」
「まったく。高校生にもなってお使いが出来たくらいでドヤ顔しないで欲しいわ」
しかし声の主の反応は辛らつだ。嫌味を言いながら頬をタシタシと叩いてくる。だけどここは我慢だ、悟。
「まぁ、前々回は買い忘れ、前回は買い間違えてしょうゆ味を持ってくるようなあなただもの。よくやった、というところね」
あのとき「しょうゆ味なんか食えるか」と言ってサバ缶を投げつけてきたくせにまだ言いますか。しかもその後しっかりそのサバ缶食ってたし。それにそもそもあれは買い間違えではなく品切れだった訳で……いや、ここは我慢だ。
「はーい、よく出来ました。偉いわ、ア・ホ・ル♪」
上機嫌な声のリズムに合わせて今度は頭をタシタシと叩かれた。
前言撤回、我慢は身体に良くないな。
「くぉおらぁ! ムウ! てめぇ、いい加減にしろよ!」
普段は温厚な俺でも声を荒げるときがあるのだ。目の前のこいつはそのことを理解するべきだ。だというのにこいつは俺が叫んだ拍子に転がり落ちたサバ缶をその両手、もとい前足でキャッチするとそれを抱きかかえ丸くなった。
垂直に立てた尻尾を器用に波打つように動かしてみせて「はいはい」と言わんばかりだ。
俺は声の主を見下ろしながら、どっと疲れを感じた。ソファで丸くなっている黒猫はこちらを見てクスクス笑うばかりだ。
くそう、悪魔め。
目の前にいる黒猫。名前はムウ。その正体は悪魔だ。そしてこいつは俺の相棒で俺はいわゆる悪魔との契約なんてものをしてしまっている。
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