第138話 郷土料理?

 ギルマスとの面会を済ませ、ベラジネジョーでの支店設置を許可された俺は、市場調査をしているはずのルシアたちに合流することにした。


 ベラジネジョーは辺境のフェンチネルよりも王都に近い立地のため、様々な種族が数多く集まり、フェンチネルの何倍も人通りが多かった。


「ツクル、ワシをキチンと頭の上に乗せるニャ! こんな人通りの多い所で、さっきのギルドみたいな事態になったら、ワシの大切な毛並みが汚されてしまうニャ」

「タマちゃんも大変災難だったね。おいらは皆が身体の大きさにビビって近づかなかったけど、タマちゃんは小さくてかわいいから撫でられまくってた」

「まぁ、超絶に可愛いワシに触れていたいという、庶民どもの願いは分かるが、ワシの毛並みを触っていいのはイルファだけニャ」

「タマは珍しい種族らしいから、しょうがない」


 俺はそう言うと、ハチの頭に掴まっていたタマを自分の頭に乗っけると、市場の中をルシアを探して歩いていく。


 市場には、フェンチネルでは見られなかった素材や、食材などが所狭しと並べられている。そんな、市場の中でもルシアの姿は輝きを放っているように俺の眼に飛び込んできた。


 さすがルシアたん、この人込みでも後光が差すように光り輝いているぜ。


 ルリとピヨちゃん、イルファ、クロちゃんたちと何やら生地を物色しているようで、色合い的に男性向けと思われる色であった。


「ルシアー! お待たせ」


 少し遠くの生地屋で物色していたルシアに聞こえるように、大きな声で呼んで手を振ると、俺に気付いたようで、手招きしてくれていた。


 人混みを掻き分けて、ルシア達のもとに駆け寄っていく。


「ツクルにーはん。ギルド長とのご挨拶は結構早く終わりましたね~。うちたちは市場調査中やわ~」

「思いのほか、アモイ将軍の権威が行き届いているようでね。ギルマスさんも結構イカツイ顔だけどいい人だった」

「そうですか。それなら、この都市にも支店出せるようになるんですね。新しい素材や食材、生地なども割安に手に入りそうですから、ルシアパレスの生産品の質も向上しそうですよ」


 ルシアはお買い物資金名目で渡していたお金には未だに手を付けておらず、どうも俺のための服の生地や食材などを見て回っていたらしい。


 基本的にクリエイト商会のムーラ支店長夫人という肩書であるため、ある程度、上等な服を着てもらっているが、子供の頃から祖母に厳しく躾られていたルシアは意外と倹約家なのであった。


 キラキラの宝石類は好きみたいだが、買いたいとは思わないらしく、ダンジョンで発見した物を俺が無理矢理進呈している状況である。


 ただ、料理に関しては食材にこだわり、調理器具もいいものを求めてくるため、掘り出し物があれば購入してくるのだ。


「フルーツ類の種苗や野菜なども苗がありますし、香辛料やハーブなどもかなりの希少な物が手に入ります。ツクルにーはんにもっと美味しいご飯が作れそうだわ~」

「ルシアのご飯の内容が充実するとなると、それは一大事だな。街の人達もかなり喜ぶだろうし、店のメニューも増えそうだ」

「私、我慢できそうにないです」


 ルリがルシアの新メニューと聞いて、ジュルリと涎を垂らしている。


 とりあえず、アモイ将軍に頼まれている糧食の手配をする拠点を作るために支店の場所も探さないといけないし、市場調査はこれぐらいにして、物件探しも始めないといかなかった。


「まだ、市場調査するかい? ルリが我慢できそうにないから、飯屋探して昼食にしてみない?」

「もう、そんな時間ですか~。市場を見て回っていると時間が過ぎるのが早くて……。せっかく、新しい都市にきたんですから、ご当地のご飯探ししてみますか~」

「よし、じゃあ、支店の物件探しも兼ねて、飯にしよう」


 俺たちは市場の中にある飯屋を探して、店を後にすることにした。



 しばらく、飯屋を求めて市場を歩き回ると、市場の端に年数のかなり経った感じの酒場兼食事処から、とてもいい匂いが漂ってきているのをルシアが発見した。


 明らかに飲食店にしては汚れがヒドイのだが、ルシアが言ういい匂いが俺の鼻にも届いて来ていた。匂いの元はどうも何かの動物の肉を焼いた匂いであるが、香ばしい匂いが嗅覚を刺激して食欲を刺激してきていた。


「ツクルにーはん、ここにしましょう~」


 ルシアが俺の手を引いて、ボロッチイ食堂に入っていく。


 店内は外見と同じように使い込まれたテーブルやカウンターなどで、一応、清掃はされているようだ。常連と思われる客がニ~三人おり、昼間なのに酒を飲みつつ、店主の出している煮込み料理を食べていた。


「いらっしゃい。この辺じゃ見ない顔だな? ベラジネジョーは初めてか? まぁ、汚いところだが座っていけ」


 店主の男は店に入ってきた俺たちを見ると、笑みを浮かべて席を勧めてきていた。


「妖猫族やフェンリル族、ヘルハウンド族まで……ん? そのバカでかいひよこはコカトリス族だし、ちっこいのは黒龍か?」


 店主は入り口からゾロゾロと入ってきた俺たちを見て、笑みを浮かべていた顔色が急速に変わっていった。


 やはり、普通に魔王四天王種族が揃うのは珍しいんだろうなぁ。悪目立ちしないといいが。


 転生ビルダーであることを周囲の人に悟られないようにしなければならないので、あまり人が多いベラジネジョーでは更に用心を重ねなければならないかもしれない。


「すみません。お邪魔なら失礼しますが……」

「まぁ、いいぜ。どうせ、店は暇だしな。それにしても若いのに身なりもいいし、魔王四天王種族連れているし、綺麗な奥さんまで連れているところ、いいところの御貴族様か?」


 店主は俺の素性を訝しみながらも、商売人特有の愛想よい顔に戻っていた。金さえ払ってもらえるなら、客の素性は詮索せずに対応してくれるようだ。


 店主に勧められた席に座ると、店先までいい匂いを届けていた謎の焼肉に視線を移していた。


「いい匂いに釣られてうちの奥さんが入ってしまったのでね。今、焼いている肉は何の肉だろうか?」

「馬の肉さ。この辺は馬産地も近いからな。食用肉として結構昔から喰われてるんだ」


 店主が焼いていた謎肉は馬の肉だった。馬肉と聞いて思い出すのは馬刺しなのだが、串に刺してタレをかけての炭焼きにされているのを見る限り、こちらの世界では生食文化なさそうである。


「お馬さんのお肉でしたか~。うちも何の肉だろうと思ってましたけど、馬肉でしたか~。そのタレはりんご、玉葱、醤油、砂糖、酢、ごま油、にんにく、しょうがとかで味付けしてますか?」


 ルシアが漂ってくる匂いから、串焼きに塗られたタレの中身を予想して店主に質問していた。


「お嬢さん、凄いな。匂いだけで分かるのか? 今言ったので正解だぞ。割と秘伝のタレだったんだが、匂いだけで当てられるとはな」


 匂いだけで当てられた店主は、驚いた顔でルシアを見ていた。食に関してのルシアの能力は素晴らしいというしかないのだ。


 店主はルシアが食に詳しいと分かると、焼き上がった馬肉の串焼きを差し出してきていた。


「いいねぇ。お嬢さんは食道楽をしてきてるみたいだな。わしの自慢の串焼きを喰ってみてくれよ」

「なら、遠慮なくいただきます~」

「俺にも同じのをください。とりあえず、五人前」


 いい加減、腹も減ってきていたので、俺もルシアと同じ串焼きをイルファ達の分も含め注文していた。


 ルシアは目の前のタレ付きの串焼きを慎重に口元に運ぶと、垂れた髪が串焼きに掛からないように、かきあげながら行儀よく馬肉を噛み千切る。


 むぅ。そこはかとなくエロさを感じる仕草だ……。さすがルシアたん。


「んん! おいしい! さっぱりとしている馬肉にタレが凄く合いますね。これなら、いっぱい食べても胸やけしなくてすみそうやわ~」


 ルシアの食べる姿を見ていたら、口の奥から唾液が大量に発生し、早く食わせろとせっつかれているような感覚に襲われる。


 ルリ達も俺と同じようにルシアが食べる姿に食欲を刺激されたようで、店主が焼き台で焼いている串焼きとルシアの口元と交互に視線が移動していた。


「お嬢さんは喰い方も綺麗だな。最近の若いやつにしてはよく躾られてる。喰い方の汚いやつは作る側も萎えるからな。これだけ綺麗な喰いっぷり見せてくれると、こっちも食べてもらいてぇ」


 店主は俺たちに串焼きを出すと、ルシアには馬肉をワインで煮込んだと思われる煮込み料理を出していた。


「これが馬肉の煮込みですか。お箸で切れるくらい煮込まれている」


 店主の出した煮込まれた馬肉は箸でスッと切れるほどトロトロに煮込まれており、その肉を食べたルシアの眼が味を最大限に楽しむため閉じられていった。


「んー。美味しいわぁ。臭みも丁寧に処理してありますし、隠し味に醤油とお砂糖を入れて甘辛仕上げにしているんですね~。うちにこの発想はなかったです」


 クリエイト商会の外食部門統括者でもあるルシアを唸らせる飯を出した店主が嬉しそうな顔をしていた。


 料理人として作った物を美味しいと言ってもらえるのはとても嬉しいことらしい。


「お嬢さんは凄いな。意外と隠し味まで分かる常連は少ないんだがなぁ……」


 店主もルシアの能力の高さを知り、感心しているようで、その後は次々と自慢の料理を出しては、ルシアに味見をさせていった。


 そして、俺たちもお相伴に預かり、馬肉料理の美味さに舌鼓を打つことになった。

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