第131話 密約
翌日からは、完成した『巨人の大槌』を持ち、フェンチネルの屋敷に居を構えたアモイの下に訪問することにした。フェンチネルの領主が別宅にとして使っていた大き目の屋敷を接収し、遠征軍の指揮所として士官達が忙しく出入りをしている様子が見られた。領主の腹心であるクライットも接待役を仰せつかっている様で、アモイへの貢物を献上する場に立ち会い、領主への心証を良くしたいと言われていた。
「アモイ殿もムーラ殿が『巨人の大槌』を持ってこられるのを首を長くしてお待ちになられていましたよ。それに本腰を入れてビルダーの討伐をするための補給路を整備も始められたようで、レッツェンへ続く街道も工作部隊が街道の整備を進めております。フェンチネルの商人達は降って湧いたビジネスチャンスにアモイ殿に取り入ろうと色々な手を使っておりますが、未だに御用商人と言えるまでの信頼を得た者はおりません」
「それは、まだ俺にもチャンスがあるということだね。糧食だけでなく武具とか消耗品関係にも喰い込んでレッツェンやベラジネショーといった都市での商売を認めてもらえるようにならないとな」
「そのための『巨人の大槌』ですので、しっかりと売り込みをされますように。領主もツクル殿がアモイ殿に気に入られて出世されることを望んでおりますぞ」
クライットはフェンチネル領主の家人ではあるが、半分はクライット商会の相談役という立場でもあり、色々と商会の仕事も手伝ってもらっていた。口さがない者達からはクライットはクリエイト商会の営業担当だと言う者もいたが、本人も主人であるフェンチネル領主が儲かることであればとの思いでうちを手伝っていると広言している。
忙しく出入りしている士官達を横目にしながら、玄関にたどり着くと衛兵が俺達の姿を見て、すぐさまアモイのいる執務室へと通してくれた。衛兵がノックしてドアを開けると、室内では多くの士官が地図とにらめっこしながら喧々諤々と騒々しく怒鳴り合いをしていた。
士官達の話に耳を澄ませていると、俺が跡形もなく破壊したラストサン砦の惨状が遠征軍に伝わったらしく、ビルダーである俺が隠れ住む無人地帯に至る最終補給地点として機能していた砦をゼロから構築せねばならぬことで、この遠征が容易に討伐できないと判断しているようだ。フェンチネルから霧の大森林を抜けて行軍するにしても最速で二週間はかかるため、大軍を送り込むためには補給拠点の建設は重要であったのだ。そのため、遠征軍もフェンチネルに足止めになる可能性が高く、補給拠点の構築と糧食を維持するための補給路整備に多くの時間を割かざるを得なかった。
そんな喧騒の中、俺の姿を見つけたアモイが巨体に見合う大声で声を掛けてきた。
「おおぉ! 待っておったぞ! ムーラ殿! こちらに参られよ」
腹に響く大声でアモイが俺達を手招きする。呼ばれるがままにアモイがいる執務机の方へ近寄っていった。
「ご無沙汰しておりました。クリエイト商会のムーラでございます。本日は以前、晩餐会の席上にてお約束していた『巨人の大槌』が完成いたしましたので、アモイ殿に献上するために訪問させてもらいました」
献上用に持ち込んでいた『巨人の大槌』をアモイの眼前に置くと、待ち望んでいたアモイはすぐに手に取って品定めを始めていった。『巨人の大槌』は俺がビルダー能力で生成した武器であるため、出来としては普通のレベルの物であるが、レア素材を大量に消費して製作される武具であるため、滅多に出回る武器ではないのである。
「ほぅ、まぁ、まぁの出来だな。息子の腕前ならこれで十分だろう。それにしてもクリエイト商会は『巨人の大槌』を作れるレベルの鍛冶職人を雇っておるのか?」
アモイが『巨人の大槌』の品定めを終えたようで、机の上に品物を戻すと俺の方を鋭い視線で睨みつけてきた。
やっべえ。これって疑われているかな……。辺境都市に住む商人がレア素材を大量に集める資金力と製作可能な鍛冶職人を有するとか、ちょっとチート気味のレベルだった気がしないでもない。
アモイの放つ鋭い視線に貫かれて背中から冷たい汗が流れ落ちていく。
「ははは、そのような腕を持つ者がこの辺境に居るわけがありませんでしょう。この『巨人の大槌』を作るために屋敷や店舗を担保に借金をして、素材を方々から買い集め、大都市に名工に多額の金を払って何とか完成させたものですよ。此度、魔王軍の糧食管理の仕事を割り振って頂けなければ、私は世界一の大借金王となりますぞ」
「そうか……。ワシのわがままに付き合わせてしまったようだの。そこまでの漢気を見せられたら、ワシとしてもムーラ殿を重用せねばなるまい」
アモイの鋭い目付きが一瞬にして温和なものに変化していた。俺の言葉に嘘はないと判断したようだ。実の所、そういった面も調査されるかも知れないので、クライットの力を借りて色々と裏工作も修練のダンジョン攻略と並行して動いてもらっていたのだ。このアモイという巨人族の将軍は戦いだけでなく、緻密さも兼ね備えた男であった。
「私のアモイ将軍への赤心をお納めいただき恐悦至極にございます。このムーラ、魔王軍のお力になることであれば、粉骨砕身の働きをして参りますぞ。なんなりとお申し付けください」
俺はすぐさまアモイへ拝礼を行う。後ろに控えていたクライットも同じく拝礼を行っていた。
「ハハハ。ムーラ殿にはこれより約束通り、遠征軍の糧食管理の全権を任せることにする。目下の計画では北のベラジネショーと東のレッツェンから糧食を調達し、フェンチネルに作る駐屯地に一旦集め、ラストサン砦の代わりに建設中の補給拠点が完成したら無人地帯への進軍を始めることにしておる。魔王陛下からは早く攻めるようにと督促がきておるが、補給も無しに進めばたどり着く前に軍が消え去ってしまうと申し上げて時間を頂いておるのだ」
「ビルダーの討伐には今しばらくの時間がかかりそうですな。私としては戦が長引き稼がせて貰えるとアモイ殿への付け届けも増やせてありがたいのですが」
アモイから更なる歓心を買うために賄賂を匂わせていく、金や物に靡くアモイの信用を得るためには、自分も同類であると見せかけるのが最重要と思われ、討伐の長期化による兵站ビジネスにて得られる利益配分をアモイにも還元する用意があることを暗に伝えておいた。すると、効果はてきめんでアモイが俺を手招きして座っている席の方へ近寄るような仕草をしていた。ゆっくりと俺が近寄るとアモイが耳元で囁き始める。
『ベラジネショーとレッツェンの補給士官達はワシの手の者を送ってある。彼らには帳面に載らない余剰物資を管理してもらっているので、ムーラ殿はその才覚と人脈を持って余剰物資を上手く捌いて欲しいのだ。もちろんベラジネショー、レッツェンにおける支店の開設はワシのお墨付きということで領主達も文句は言うまい。ワシは今回の討伐遠征を利用して魔王軍における席次を上げるための政治的な資金調達をしたいとも思っておるのだ』
『ほほぅ。そのために私を利用すると……よろしいでしょう。アモイ将軍閣下が更なる権勢を得られるように資金調達のお手伝いをさせてもらうことに致します』
『ムーラ殿を得られたのが、この遠征での収穫であった』
俺がやろうとしていたことをアモイから切り出されたので、二つ返事で請け負うことにした。余剰の物資は魔王軍が各地から集めた品物だと思われるが、軍の横流し品であり原価はタダ同然であるため、そういった物資を大都市の商人に安く卸して利益を得ることでうちの影響力を高めていくことに使いたいと思っている。稼いだ利益はアモイへの付け届け以外は民に還付していこうと思っている。
「ははは、ワシは善き右腕を得たぞ!!」
アモイが思いっきり背中を叩いてきたので、思わず大きく咳き込んでしまった。
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