第125話 命の始末

 退避できる場所は灌木が茂り、下草も豊富に生えており、空中戦を行っている黒龍とワイバーンの戦闘空域からはほとんど視線を遮っているように思えた。一生懸命に走って滑り込んだ俺達は身を伏せて気配を消すと、ワイバーン対黒龍の戦いを観戦する。


「ツクルにーはん、ドラゴンはんとワイバーンはんがやりあってますなぁ。ワイバーンの営巣地にいる幼いワイバーンを食べにきたのかな」


 ルシアが俺の横に身を潜めて、観戦モードに入っている。距離が近いだけあってルシアからのいい匂いが鼻孔をくすぐっていた。最近、ルシアは石鹸にハーブのエキスを混ぜ込んだものを自作するようになり、汗をかいてもとてもいい匂いがする。もちろん、俺の衣服もそのハーブの石鹸を使用して洗っているためいい匂いに包まれているのだ。


 ハチからは『鼻の良い魔物には見つかってしまいますぜ』と言われているが、ルシアたんからいい匂いがする魅力からは逃れることはできず、俺決裁で許可していた。なので、もう少しだけ匂いを楽しむ。

 

 はぁ、いい匂いだ。元々、いい匂いのするルシアからもっといい匂いがすると一日中でも嗅いでいられるかもしれない。


「んんっ! ツクル様、ルシア様からよか匂いがするけんて言うて、余り露骨に匂いば嗅がれるんな如何なもんかと思うばい。ルシア様もツクル様に一言注意ばしちゃってくれん」


 イルファから厳重注意が飛ぶと背後に殺気を感じ取っていた。


 ピ、ピヨ、ピヨヨ!


 鈍い光を放っていたピヨちゃんのくちばしをタイミング良く、両手で挟んで天誅を未然に防ぐ。どうも、俺は近頃ピヨちゃんの殺気を感じ取れるようになったようだ。これも日々の修練の積み重ねのおかげである。


 ピヨ、ピピヨ!


 だが、くちばしを受け止めたことで油断した俺はピヨちゃんの尻尾の大蛇が頭上に迫っていたのを見逃していた。


 ファッ!? しまった! そっちか!


 気が付いた時にはすでに手遅れであり、両手を塞がれた俺は抵抗を諦めて、大蛇に頭を噛まれる選択をした。


「あんぎゃ、むふううううううううう」


 悲鳴を上げようとした俺の口をイルファが押さえてくる。


「ツクル様、ここで声ば出したら見つかってしまうばい。声出したらいけまっせん」

「ぴよちゃん、ダメよ。ツクルにーはんは別にエッチなことをしようとしてたわけじゃないんだからね。尻尾をしまいましょうね」


 ピピピ、ピヨ。


 ルシアに怒られたピヨちゃんが俺の頭を喰っている大蛇をしまうと、牙の刺さっていた場所から血がドクドクと流れ出す。思わず、回復ポーションを口にして自然回復力を高め傷口を塞いでいく。


「ああ、死ぬかと思った……。今からは真面目にやります」


 ピヨちゃんにより瀕死の重傷を負いかけた俺であったが、回復薬で体力を回復し、気を取り直して黒龍とワイバーンの戦いを観戦していく。


 戦いは黒龍がワイバーンの群れの数の多さによって劣勢気味であった。最強種である黒龍であるが、ワイバーンも集団になればかなりの戦闘力を発揮する魔物であるため苦戦をしているようだ。


「それにしても黒龍が襲ってくるとは……タイミングが良いというか悪いというか……」

「うちらは決着がついた方と戦いますか?」

「そうだね。黒龍もあれだけのワイバーンに襲われたら撃退されるかも知れないしね。まだ様子見しとこう」


 黒龍も口から火炎を噴き出し、ワイバーンを丸焦げにして撃退していく。後で戦闘空域の下の山を漁れば目的の大竜骨が見つかる可能性が高かった。レベルアップはできないが安全に回収ができるのであれば、それに越したことはない。


 尚もワイバーンと黒龍の戦いは続いていたが、黒龍が多数のワイバーンに群がられて、傷を負ったことで戦闘意欲を失い、別の方角に向けて逃げ出していった。残ったワイバーンもそれぞれの営巣地に戻り始めていく。


「ツクル様、先に黒龍との戦いで落下したワイバーンの素材を拾いを行きますか?」


 ルリが黒龍との戦いに敗れたワイバーンが墜落したと思われる山肌を見ていた。


「そうするか。俺達も下手に営巣地に近づいて囲まれたら黒龍に二の舞になっても困るしね。よし、じゃああっちの山肌に移動するとしよう。ハチ、偵察は任せるよ」

「任せてちょー」


 タタタと駆け足で先行したハチについて再び斜面に作られた細い山道を慎重に歩いていく。しばらく、歩くと戦闘の行われていた空域の真下に入り始め、黒龍の血や焼け焦げた木々が眼に飛び込んできた。


 偵察のため先行しているハチがこちらへ駆け戻ってくる姿が見えた。


「ツクル様! この先にワイバーンの営巣地がありましたがね。黒龍はその営巣地狙ってたかもしれん。それと、死骸からドロップしたと思われる素材があったから集めておいた」


 ハチがこちらに走り寄るのをやめると、クルクルとその場で駆け回り始めた場所を見ると、大竜骨と思われる素材とワイバーンの翼膜、手羽先もあるように見えた。我が家のスカウト犬は非常に優秀なのである。たまにポカもするが基本スペックはとっても優秀。


「グッジョブ! いい仕事した。今日の夕食はワイバーンの手羽先決定だな」

「ハチちゃんの分は大目に作ってあげるわね。ワイバーンの幼竜も黒龍との戦いに巻き込まれたようやわ……。このまま、放置するのは勿体ないから、貴方の命はうちがキッチリと『頂きます』」


 ルシアは手羽先と化したワイバーンの幼竜の素材にそっと手を当てて祈りに似た言葉を呟いていた。この世界でも生きるためには他の生物を犠牲にせねばならぬため、犠牲になった命はキチンと【始末】して美味しく頂くことにしている。


 これはこの世界に転生してルシアに教えられたことであった。俺のいた世界では食い物への感謝が薄れ、24時間いつでも食事にありつける生活になったため、その素材を提供している生物達への感謝が極端に薄れた社会になっていた。


 そんな生活をしていた俺はルシアが食事の際に食材に感謝を捧げているのを見て、改めて自分達が生きるために他の命を奪っていることを思い知り、それとともに食事を残すことはしなくなった。

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