第122話 ダンジョン解放
不意に大きな振動がしたかと思うと大ナマズが大きく口を開いた。その開いた口から見覚えのある床がチラリと覗いたので、釣り上げるのに成功したと確信し、剣を抜くと大ナマズの口から転がるように出ていった。
「ツクルにーはんっ!! 無事でよかったぁ……」
地面に転がり出た俺にルシア達が駆け寄って来る。
「タマちゃん!!」
イルファはタマを抱き上げると大きな胸の谷間に挟み込んで頬ずりをしていた。ちょっとだけうらやましいぞ。だが、そんなことをしている暇はなかった。釣り上げた大ナマズが再び池に戻っては全てが水の泡になってしまうのだ。
「ハチ、ルリ、ピヨちゃん! あいつが池に戻れないように回り込んで攻撃をよろしく頼む。イルファもいつまでもタマとイチャついてないで攻撃して! ルシアは俺の後ろからみんなの援護攻撃頼むよ。ここで一気にこのナマズを処理する」
「「「「はい」」」
指示を受けたルリ、ハチ、ピヨちゃんはすぐに大ナマズの帰路を塞ぐような形で池のほとりに回り込み、それぞれの特技を使用して攻撃を開始していく。地面に釣り上げられた大ナマズはビチビチと跳ねているだけで、反撃の気配は見せてこなかった。
『くそおおおぉ。卑怯だぞ。我を釣り上げるなど、そんな事態は想定外だっ! 我と池の中で戦え! この卑怯者の転生ビルダーめ』
「うるさい。こっちは命懸けなんだ。卑怯だろうがなんだろうが、生き延びてあの神像を叩き壊してルシアと一緒に暮らすんだっ! そのためならどんな手段だって使うと決めている。俺はルシアとこの世界で暮らしたいんだっ!」
ジタバタと暴れ回る大ナマズに手にした剣を深く突き込んでやる。卑怯だの何だのの苦情は一切受け付けない。リスポーンの無い一度きりの人生に対して綺麗に生きてやる道理はない。泥臭くても生き延びてルシアと家庭を持って死んでいくと決めたことに偽りはない。ルシアがいるこんな素晴らしい世界を頭のいかれたクソ魔王に絶対に好き勝手にはさせてやるもんか!
「ツクルにーはん……。そんなこと言われたら、うちは恥ずかしくて照れてしまいます……。でも、うちもツクルにーはんと一緒に生きて行きたいから大ナマズはんには倒れてもらいます。うちは結構、わがままなので」
後ろにいたルシアも最大火力で釣り上げた大ナマズに向かい魔術を撃ち放っていた。そして、イルファのキス攻撃を受けたタマもイケメン和装バージョンに変化して、今までの鬱憤を晴らすように火球を次々に放ちつづけて大ナマズを滅多打ちにしていく。
「お前のせいで、ワシがちょっとだけちびったニャ! もう絶対に釣りの餌役はやらないニャ!」
イケメン姿でそういったことを言われるとちょっと笑えるが、俺も二度と釣りの餌役はやらないと心に決めていた。あんなことを何度もしていたら命が幾つあっても足りないと思う。
『くっはっ! 我がこのような場所で攻撃に曝されるなど、魔王様も想定していない戦いだぞ。やり直しを求める!』
地面でビチビチと跳ねる大ナマズが次々と攻撃をヒットさせられて体力をそぎ落とされると、やり直しを求めてきたが、水中ステージで戦ったら勝てない気がするので、悪いがやり直しに応じる気は全くない。
「お断りだ! みんな一気に畳みかけるぞ!」
一段と攻撃の手を強めたことで、大ナマズは跳ねる元気もなくなり始めた。
『くぉおおお! 馬鹿な! 勝利が約束された戦いに負けるとは……馬鹿なぁああ!』
動きの鈍くなった大ナマズの眉間に剣を突き立てるとビクンと大きく身体を震わせると、ガクリと動かなくなった。
「ふぅ、これで勝ったね」
生命活動を停止した大ナマズから黒い靄が勢いよく噴出されていくと巨体を構成していたものがたちどころに消え去り、地面には小さなナマズが一匹転がっているだけになった。
「やりましたね。これであとは神像を壊せばダンジョンクリアですね」
「ああ、まさかナマズに喰われるハメになるとは思わなかったけどね。あとは池の底の神像を壊せば脱出路が生成されるはずだから、ちょっと潜って来る」
俺は木槌に持ち帰ると三度池に飛び込んで、底に沈んでいる神像のもとへ泳いでいく。池の底に鎮座していた神像を木槌で叩くと同時にイクリプスのいる異空間に飛ばされる感覚が身体を包み込んでいった。
「毎度、毎度、呼び付けるなと言ったじゃないか」
転生時に飛ばされた馴染みの空間に浮かんでいるイクリプスが不機嫌そうな顔をする。
「しょうがないじゃない。祭壇から呼んでも応じてくれないし。こういった機会でないと」
解放したメンテナンス権を使って、魔王ユウヤが創り出した致命的バグの発生を遅らせる延命操作を続けているイクリプスであったが、最近はかなりの権限がイクリプスに戻っているため、最初よりも眼の下のクマは薄くなって血色も良くなっていた。
「今回で三つ解放したからかなりの猶予ができただろ? 数年くらい大丈夫か?」
今まで二つほど解放して世界の寿命が延びていたので、同じように思ってイクリプスに尋ねてみたが、彼女の眼が横に逸れる。
「えーっと……今回のダンジョンクリアで六割の権限が返ってきたわね。色々と小細工してみるけど、ユウヤの作った自壊プログラムが結構面倒でね。下手に触ると一気にカウントダウンが進む仕様になっているみたいなのが判明したわ……。私も頑張ってみるけど、大幅な延長はできなそうね。そして、停めるには完全なメンテナンス権の奪取と魔王の命が必要なことも割り出せたのよ。ユウヤの奴はどっちに転んでも自分が死ぬように仕掛けているわ。あいつはやっぱり狂ってるわね」
「ダンジョンクリアだけでは停められないというのか。クソ仕様だな。生き残るためには魔王を討伐とかって」
「そうね。一人で死ぬか、みんな道連れで死ぬかの違いだけど……ハッキリ言ってどっちもクソね」
イクリプスはユウヤがどちらに転がっても死ぬようにしていたことを気にしているようだ。きっと、ユウヤのことが何だかんだ言っても好きなのかもしれない。もしくは憎たらしいのが募り過ぎておかしくなっている可能性もあるが。
「どちらにせよ。魔王との戦いは不可避か……」
「ユウヤも目覚めて体調を取り戻し始めているようだし、もたつくと一気に攻め込まれて滅ぼされるかもよ」
「そうか? 意外と俺の作った屋敷の防衛力は高いぜ。それに魔王も権限が縮小されてチートな物は作れないだろ?」
「私がMODの管理者権限を書き換えているからね。現存している物しか使えないように書き換えてる。それでも、かなり強力な軍団を従えてるわよ。でも、魔王軍も魔王が世界をすべて滅ぼそうとしているとは思ってないんで、協力は仰げるかもよ」
イクリプスは魔王が魔王軍幹部に世界を滅ぼすことを伝えていないことを暴露していた。俺はてっきり、魔王軍幹部には話が伝わっていて魔王に手を貸している物と思っていたが、魔王軍も一枚岩ではないことが判明した。そうなってくると色々とやりようはあると思われる。
膨大な戦力を持つ魔王軍の内側に入り込んで、内部を侵食していきつつ、屋敷への決戦に魔王を引き出せば何とかなるかもしれないと希望を見出せる気がした。
「ほほぅ。なら、商会の活動ももっと励まないといけないなぁ。とりあえず、イクリプスは魔王の弱体化に務めてくれるとありがたい」
「はいはい。分かってるわよ。ルシアには美味しいご飯ありがとねって伝えておいてね」
「ああ、分かった。伝えておく」
イクリプスに雑に手を振ると、辺りが白い光に包まれていった。
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