第121話 釣り餌
「だっはっ!!! 溺れるかと思ったぜ!!」
「ツクルにーはん、大丈夫ですかっ!!」
俺と同じように池に落ちていたルシアもまた全身がずぶ濡れになっており、モフモフの尻尾も水を大量に含んでぺったんこになっていた。
「ああ、大丈夫。それにしても厄介な場所に神像を作ってくれたものだ……」
浮島の神像はダミーで本物と思しき神像は池の底に鎮座しており、その池にダンジョンマスターである大ナマズが泳ぎ回っているという最悪仕様のダンジョンとなっていた。
「水の中だとおいらやルリちゃんは特技を使えなくなるし、動きもかなり制限されてまうなぁ」
「そうですね。あたしの特技も使うと水が凍ってしまうし」
「アタシも鎧が重うて沈んでしまうし、足場が定まらんけん、あの大ナマズの攻撃に中々対処がでけん」
水中という未経験の場所での戦闘は非常に困難を伴うと思われた。呼吸こそ、魔術やポーションで何とかできるようにはなるが、地上では使用できる特技の大半が使用不可能になり、その上、動きまでかなりの制限を受けるとあの池の底にいる大ナマズの討伐は難題に思えた。
水の中の敵か……こんなのは『クリエイト・ワールド』にいなかったしなぁ。俺が転生する前のバージョンアップ予告に水棲生物の魔物のアップデートが来ていたが……。こんなクソ仕様で戦闘させようとしていたのだろうか……
移動力低下、回避能力低下、特技の一部使用不可、呼吸管理とかまで考えると戦闘場所としてはかなり戦いたくない。
「そうやね。水の中では戦い辛そう」
「けど、あいつを倒さないと、このダンジョンから出れないし、戦うしかないんじゃないか。幸い、水中呼吸のポーションはまだたくさん残っているし、通常攻撃は通じそうだからゴリ押しで攻撃を重ねればいけるかも」
池の底にいる大ナマズは水中での移動速度はかなり速いものの、特殊な攻撃は見られず、攻撃を受けたイルファの状態を見る限り攻撃力は大したことはないと思われた。なので、能力を上昇させるポーションでドーピングした俺達が一斉に攻撃を仕掛ければ何とか押し切れるような気がする。
「お前等は馬鹿かニャ? なんで相手の有利な場所で戦おうとするニャ? 池に中にいるなら釣り上げればいいだろうがニャ」
イルファの胸で水にぬれた髭を擦っていたタマがとんでもない提案をしてきた。水中にいるあの大ナマズを釣り上げるというのだ。
「釣り上げる? イヤイヤ、竿が折れるでしょ!」
「竿なんかいらないニャ。ツクルの身体にぶっとい鋼線を巻きつけて、どぎつい匂いのする香水を頭からぶっかけて池に落とせば、あの大ナマズがパクリとツクルを喰ってくれるはずニャ。そうしたら、地上にいるみんなで釣り上げればいい」
タマの顔が妖しさを増していく。普段は人畜無害そうな子猫の姿をしているが、実にあくどく老獪な猫である側面を垣間見ることになった。
「い、いや。俺が餌になるの? 大ナマズにパクリと喰われる役はちょっと……」
釣り餌になるのはご勘弁願いたかったので、丁重にお断りすることにした。他の方法を考えようとすると、タマがルシアの方に視線を向けていた。
「じゃあ、ルシア様に――」
ファッ――――――――!! この人でなし!! よりにもよってルシアたんを釣り餌とか許すわけがないだろうがっ!
「……うち、頑張ります!!」
ファッ―――――――――――――!! ルシアたん、そこでやる気見せちゃダメェエエえええ!!
「お、俺がやるに決まっているだろう!! ルシアは釣り上げ役を申し付ける。これは、誰にも反対させないからね。そして、タマ君。君も引き手としては役に立たないから、俺と一緒に来るように」
「ああっ! タマちゃん」
イルファの胸元に収まっていたタマの首根っこを摑まえると、俺の鎧の中に押し込みインベントリから取り出した鋼線を腹周りにグルグルと巻いていく。
「にゃぎゃあぁ! ワシがなんで一緒に喰われるのニャ! ツクルが餌になるのが筋ニャ!」
「じゃあ、イルファを――」
鎧の中でジタバタしていたタマが動きを止めて俺を見上げていた。
「ば、馬鹿野郎! ワシがやるしかないだろうがニャ!」
「タマちゃん……」
覚悟を決めたタマの姿を見たイルファがハンカチで目元を拭っている。男子たるもの好きな女子の前では出来ぬと言ってはならぬのである。ともに覚悟を完了した俺とタマは綱をそれぞれの伴侶に手渡す。
「ツクルにーはん……絶対に放しませんからね」
「タマちゃんはアタシが必ず守ってみせるけんね」
俺達は無言でうなずくと、敵寄せの匂いを放つポーションを頭からひっかぶると大ナマズの待つ池の中にダイブしていった。
水中にダイブすると水中呼吸のポーションはまだ効果を持続している様で、新たに取り出した光玉を投下して暗い池の底を照らし出していく。すぐさま、さきほどの大ナマズが俺達の発している匂いに引き寄せられて、もの凄い勢いでこちらに近寄ってきていた。
「この鋼線が引き千切られるってことはないよな?」
「そ、そんなのはやってみないと分からないニャ。切られたら消化される前に自力脱出を敢行するしかあるまいニャ」
この猫は意外と大雑把な考えを持っていることを思い知らされた。釣り上げられる保証のないままに飛び込んだ俺も俺だが、喰われたら自力脱出とか無茶振りを要求されるとは思わなかった。
しかし、すでに大ナマズはこちらに向けて急速に近づいて来ており、今更中止にするわけにもいかなかったので、運を天に任せて、大ナマズの口に飛び込んでいくことにした。
『我の餌になりに舞い戻ったか』
大ナマズは心なしか顔をニンマリとさせているようだが、餌にはなるが食べられるつもりはないのだ。
「そうだ。脱出は不可能だし、水中でお前と戦っても勝てる気がしねえぇ。だから、俺はゲームオーバーすることに決めた。餌になってやるから、悪いけど、痛みのないのように丸呑みしてもらえるとありがたい。咀嚼はカンベンな」
俺は突進してくる大ナマズに対して無防備を貫き、そのまま丸呑みをさせようと画策する。
『そうか。潔い選択だ。望み通り丸呑みにしてやるわ』
大ナマズは俺の演技を本気と思ったようで、大きな口を開けると俺とタマを丸呑みしようと近寄ってきた。そして、俺達は大ナマズの口に収まることになった。
「フフ、フフフ……馬鹿な奴め」
俺はびっしりと生えたナマズの歯を避けて喉の付近まで進むと、愛用の剣を取り出し、釣り上げの際に外れないように剣にも鋼線を巻きつけ、喉元深くまで剣を突き立ててやった。
ウオオオオオオン!
喉の奥に剣を突き立てられた大ナマズは痛みで暴れ出していた。その間に俺は鋼線を強く三度引っ張る。すると、力強い引き上げの手ごたえがやってきていた。
「おっしゃ! ルシア達が引き上げ始めてくれた」
「ツクル、剣だけだと不安だから、あと二~三本の剣を巻きつけて突き立てておくニャ」
俺はインベントリから予備の剣を取り出すとタマの指摘通りに鋼線に巻いて別の場所にも突き立てて抜けにくくしておいた。その間にも引き上げは続いており、地上で鋼線を引っ張るルシア達が大ナマズとの格闘を続けていた。
ジタバタと暴れ続ける大ナマズとの戦いは数十分が越えようとしていた。途中で何度か針代わりの剣が抜けそうになったが、その度に俺が刺し直していった。その影響で大ナマズも大きく体力を消費して、初めに比べると動きが鈍くなり始めていた。
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