第120話 池の主

 装備を整え直し、気を引き締め直した俺達は天然の岩盤を繰り抜いたようなゴツゴツと岩肌の通路を抜けてダンジョンマスターがいると思われる広場に出た。ルシアが更に多くの光球を撃ち上げて、闇に閉ざされていた広間を照らし出していく。


「……池? 池があるのか?」


 照らし出された広間には池があり、中央部は橋で繋がって浮島のようになっていた。そこにイクリプスの神像が設置されて灯明がユラユラと揺れている祭壇となっていた。


「今までのことを考えると、あの池にも何か仕掛けられていると思った方が良さそうですなぁ」

「ルシア様の言う通りだがね。あの池は絶対に怪しいがや」

「あたしもハチちゃんと同意見」


 みんなもルシア同様、中央部の池に何か仕込んであると勘繰っているようで、魔術の光に照らし出された水面を凝視していたが、この場からでは水中の様子までは確認できなかったため、俺達慎重に近づいていった。先頭をハチに任せ、浮島へ渡る橋まで来るが特にお出迎えや罠の気配は発見できなかった。ゆっくりと慎重に橋を渡って浮島に辿り着くと呆気なく神像の前にまで到着した。


「何もないね。こんなに簡単にたどり着くと絶対に何かあると思っていたけど……呆気ない。まさか、さっきのがダンジョンマスターだったとかいうオチじゃないよね」

「それやったら、楽できていいんですけどねぇ。魔王はんの作らはったダンジョンがそないにやさしいものだとは思えませんが……」


 ルシアも簡単にイクリプスの神像の前に到着できたことを訝しんでおり、皆と同様に辺りをキョロキョロと探っている様子であった。


「けど、今のうちに壊しておこう。ダンジョンマスターが現れてからは壊せないかもしれないしね」

「それが、ええでしょうね」


 俺は木槌を取り出すと、目の前の神像を叩く。


 ボフッ!


 神像が白煙を上げると、ゴゴゴという音が島全体に響き渡り、気が付くと島全体がひっくり返って俺達は全員が池の中に叩き落されてしまっていた。


 マジか! クソっ! 神像も罠だったのかよ。ヤバイなみんな大丈夫か?


 急に池の中に叩き落されたため、それぞれの状態が把握できず、ルシアが放っていた光球の発する光も池の中までは照らし出しておらず、暗い水中で俺を含めた全員がもがいていた。


 咄嗟にインベントリから、事前に作っておいた光玉を取り出して投げると、魔術の光の代わりの光源となり、水中の様子が分かるようになった。


 池の底に本物の神像があるのかよ。浮島のは偽装でこの池に叩き落すための罠というわけか。ってことは――


 光玉の発する光によって照らし出されたのは、池の底で神像を守るように鎮座した大きなナマズの姿であった。すでに俺達が浮島の神像を壊したことでこちらの存在には気付いているらしく。こちらへ向かい泳ぎ出そうとし始めている。


 この時になって俺は周囲の様子を確認した。ルシアはすでにピヨちゃんが救い上げて水面に出ているが、鎧を着ていたイルファと俺だけが沈降を続けており、ルリとハチは何とか自力で泳いで水面を目指していた。


 このままだとイルファとタマが溺れるな……。


 俺は冒険の役に立つだろうと思いクリエイト商会の伝手を使って色々と素材を集め、水中でも呼吸ができるようになるポーションを製造してあったため、インベントリから取り出すと、まずは自分が飲んだ。苦い味が喉を通り過ぎると、水中とは思えないほど普通に呼吸ができるようになり、水を呑み込んで溺れることも無くなった。すぐさま、沈み続けているイルファの元へ駆け寄ると新しいポーションを取り出して二人に飲ませていく。


「ぶがっ! ツクル様!! なんばしよる」

「ツクル!? うげ、まずいニャ! まずくて気絶しそうニャ」


 ポーションの効果を発揮したことで二人とも水中呼吸ができるようになり、溺れる心配はなくなった。しかし、その間に大ナマズが俺達の方に急速に近づいてきてしまっていた。


『我の眠りを覚ましたのはお前等だな。久しぶりに現れた獲物であるから、少し楽しんでから頂くことにしよう』


 大ナマズは水中を優雅に泳ぎながら触角をである髭をせわしく動かしてこちらの居場所を探ってきていた。眼こそ付いているが、年中暗い池の底にいたためかなり退化しており、匂いと髭を駆使して俺達を捕食しようとしていた。


「ツクル、ワシはこんなデカいのとやり合うとひと呑みにされてしまうニャ」

「分かっている。とりあえず、水面に出るぞ」


 俺はイルファの手を取ると水面に向けて泳ぎ始めるが、浮力よりも鎧の重さの方が勝っており、遅々として水面に近づいていくことはなかった。


 クソ、上に行けねえぇ。


 ジタバタと泳いでいる俺達に向かい、大ナマズがすごい勢いで水中を突進してくる。躱し損ねたイルファとタマが跳ね上げられたボールのように水中をゆっくりと飛ばされていった。


「イルファ!! タマ!!」

「アタシ達は大丈夫ばい……」


 大ナマズの突進を喰らった二人は何とか堪えたようで、痛みに顔を引きつらせているが、タマが回復魔術で傷を癒し始めていた。しかし、このままでは反撃も容易に行えず、大ナマズの好き勝手にいたぶられてしまうため、何か打開策を考えなければならなかった。


 どうする……。鎧を脱いで軽量化して水面を目指すか……。だが、それだと途中であの大ナマズに攻撃されて耐えられない可能性の方が高い。


 悠然と池の中を泳ぎ回る大ナマズに対する打開策を考えるものの、一向にいいアイデアは湧かず時間だけが過ぎていく。そんな時に水面から一本の縄が垂らされてくるのを発見した。


 ルシアが垂らしてくれた縄か? きっとピヨちゃんに持たせた袋の縄を出してくれたんだな。これに捕まって一回水面まで上がるか。


 目の前に降りてきた縄に近寄ってきたイルファも掴ませると、俺も掴まり、合図のために三回ほど強く引っ張った。すると、縄がすごい勢いで引き上げられていく。


『逃げるのか? 逃さぬぞ』


 縄に捕まって急速に引き上げられていく俺達を見た大ナマズも逃すまいと懸命の追いかけてくる。縄の引き上げのスピードと大ナマズの泳ぐスピードが早かったため、直ぐ近くにまで近づかれたが、ギリギリの所で水面に飛び出てイルファとともに床に打ち付けられた。


「イテテ……ちょっと勢いがあり過ぎのような気がしないでもないが……」


 ルリとハチに加えてルシアとピヨちゃんも縄を引っ張っていたようで、俺達を引き上げたのを確認するとこちらへ向かって走り寄ってきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る