第115話 旅のひととき
フェンチネルの城門を抜けると、一路北にあるオグニス山脈に向って移動を始める。第三の修練のダンジョンの位置を指し示すコンパスも北を指しており、オグニス山脈を目指して馬によって移動速度の増した俺達の集団は向っていった。
そして、一昼夜ほど街道を北に向かうと目の前に雪を被ったままの高い山々が視界に入り込んできていた。目的地であるオグニス山脈は標高三〇〇〇メートル級の山々が連なっている所で、人口密度の高い中原地域と辺境を分かつ境の役目も果たす山となっていた。あの山の向こう側は魔王が多く手を入れて創った都市があり、人口密度はフェンチネル以上の規模の都市がゴロゴロとしているのだ。
今現在通っている街道も王都から出撃した魔王軍達が通ってきた街道であるため、キチンと整備されており、イワンの蹄も減らずに快適に移動することができていた。
「よし、ちょっとコンパス確認するから、休憩にしようか」
街道脇には十数キロごとに休憩用の広場が設置がされており、石ベンチや石のテーブルなどが設置され、煮炊き用の焚き火を起こせるようになっていた。近くには山から流れ出た水によってできた川が流れており、水分の補給には事欠くことはなかった。
「でしたら、おやつにしましょうか。ちょうど、小腹も空きましたし、バニィーはん達が色々と果樹を育ててくれたおかげで美味しいジャムもできましたし、おかげでクラッカーも美味しく頂けると思うんやわ」
休憩するために広場に停まると、ルシアが早速、いそいそとおやつの準備を始めていた。昼食は一旦、屋敷に帰って皆と一緒に食べてきたが、それ以降は移動し詰めであったため、みんな少し疲れている様子だった。
「おやつの準備はアタシがするけんルシア様はそこのベンチで休んでくれん。旅はまだ長う続くけん、余り体力ば消耗されてはいけまっせんばい」
「火おこしはおいらがやるから任せてちょー」
「そう? じゃあ任せますわ~」
イルファがおやつの準備を始めようとしたルシアを制して、ルシアをベンチに座らせるとおやつの準備を手早く始め、ハチも辺りに落ちている焚き木になりそうな木の枝を集めると湯を沸かすための焚き火を【火炎の息】で起こしていく。
その間に俺はコンパスで第三の修練のダンジョンの位置を確認する。すでにかなり近い位置まで来ており、コンパスの点滅は赤色となって、川のある東を指していた。ワイバーンの営巣地であるオグニス山脈まではもう少し距離があるので、先に攻略するのは第三の修練のダンジョンになりそうであった。
おやつ休憩が終わったら周囲の探索をそろそろした方がいいな。川の中のダンジョンとかないといいけどなぁ。
広場の隣を流れる川は水量が多く、水深もかなり深そうな川となっているため、水中ダンジョンとかいう厄介な場所に設置されている可能性も無視することができないでいた。
「ツクルにーはん。おやつの準備が終ったみたいですよ。神聖イクリプス帝国農園産の果樹で作った各種のジャムの味見をお願いします。好評なら雑貨屋プロスペリッティーの商品として採用してもらおうかと思ってます~」
「採用決定」
「ひゃあ!? まだ、食べてもいないじゃないですか~」
「ルシアの作る物に外れは無いと聖イクリプス様も仰られている。よって、ルシアが商品化したいものは自動的に承認されるのだよ」
修練のダンジョンを前にしても、尚クリエイト商会の商品ラインナップを考えてくれているルシアには感謝しかなかった。あのクソ魔王が作ったイカレタダンジョンをクリアしないと世界を残すことができない訳だが、ルシアはそれでも『未来』に向って自分のできることを懸命に行ってくれていた。
そのルシアの姿勢に感銘を受けた俺は、万が一、クリアできない時という考えを捨て、必ずクリアをして世界を救い、ルシアとともにこの世界で生き抜く決意を再度覚悟することにした。
「ええ!? そないな話をイクリプス様とされてらっしゃるのですか? さすが、ツクルにーはんやわ~」
ルシアは俺がイクリプスと直接話せることを知っており、庭の聖堂に設置してある神像を通じて異空間に飛び、色々と文句をイクリプスに対して言っているのだ。当初はバグ取りに追われてやつれた顔をしていたが、最近はバグ取りが少し落ち着いたのか、それともルシアが奉納する食事が美味すぎるのか分からないが少しぽっちゃりとし始めていたような気がする。
「まぁ、イクリプスのことはさて置き。おやつにしようか」
俺はコンパスをしまうとみんなの待つテーブルに腰を掛けた。目の前にはクラッカーとともに色とりどりのジャムが並べられている。ルシアが試作したジャムであろう。
「手前からイチゴ、オレンジ、ブドウ、モモ、紫芋の五種類のジャムを作ってみました。みんな、美味しいと思いますけど、お味の感想下さい」
ハチやルリ達のクラッカーにはすでにジャムが塗られて置かれている。俺も一種類ずつジャムをクラッカーに塗っていく。そして、まずは定番のイチゴジャムを塗ったクラッカーを口に運んでいった。
ほのかな酸味とイチゴの甘みが凝縮されたジャムは、子供でも食べやすく、甘い物に飢えている庶民には爆発的にヒットしそうな味がしていた。
「イチゴは定番だね。これは売れるよ。子供達が喜びそうだ」
ルシアが嬉しそうにウンウンと頷いている。続いて、オレンジのジャムをつけたクラッカーを食べる。イチゴに比べると酸味が強くなっているが、甘さとのバランスはとても絶妙でこれもまた好きな人にはたまらない味に仕上がっている。
「オレンジも合格」
「アタシばオレンジが一番うまかね」
イルファはオレンジがお気に入りのようで、残りのクラッカーは全てオレンジジャムをつけて食べていた。三番目のブドウジャムは更に酸味が一段と増していて酸っぱいのだが、後からくる甘さが酸味によって際立ち癖になりそうな味付けであった。これは大人向けのジャムかもしれない。
「ブドウはちょっと大人向けだね。でも、美味い」
「おいらはブドウが一番美味しかった」
すでに食べ終えているハチがハマったのはブドウのジャムのようだ。それにしても喰うのが早いぞ。そう思いながら次のクラッカーに手を伸ばしていく。
モモのジャムはイチゴよりは酸味が強いが、それと同等に甘みが強く感じられるジャムで、香りも他のジャムに比べると強く味覚と嗅覚を刺激するジャムであった。
「モモは匂いがいいね。これもアリか」
「あたしはモモが好き。この匂いは美味しさを増してくれてるから」
ルリがゆっくりと味わって食べているのを隣でハチが涎を垂らして見ているが、ハチ君、君はもう食べてしまったのだよ。残念。最後に残った紫芋のジャムを口に運ぶ。これまでのジャムとは違い、酸味は全く無く、イモの甘みが口いっぱいに拡がっていった。
「紫芋のはお砂糖あんまり使ってないんで、イモ本来の甘さが出てると思いますよ」
「確かに甘いね。女性が好きそうな味だ」
五つ全部味見を終えたが、どれも十分に商品化できる味のクオリティーを持っているため、修練のダンジョンとワイバーンの件が片付いたらジャムの量産に向けて、屋敷の中にジャム工場を設置しようと決めた。そのためには、まず修練のダンジョンをクリアせねばならないのだ。
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