第114話 ワイバーンと修練のダンジョン

※ユウヤ視点


 暗い闇の中で女の甘い体臭がオレの鼻孔をくすぐっていく。そして、温かく肌理の細かい女の肌が吸い付くようにしてオレの身体を温めていた。その温かさに包まれて深い眠りを堪能しようとしていたが、不意に身体を揺さぶられて微睡みの中から覚醒させられた。


「ユウヤ様お休みの所、申し訳ありません。フェンチネルに到着したアモイから連絡が入りましたわ」


 魔王城の寝室で夜伽を命じた側女が申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。今回イクリプスが送り込んだビルダーがオレの作った修練のダンジョンを二つもクリアしたせいで、この世界を『リセット』させるための破滅プログラムが二度も延期された上に、久しぶりに長い間覚醒しているため、衰えた身体を回復させるために世話係として傍に置いていた女であった。


 暇つぶしにオレの秘書的なこともやらせているが、卒なくこなす有能な女であった。だが、オレとして体力を回復させるためだけの有用な道具としてしか見ていない女である。


「そうか。繋げ」

「承りました」


 女が暗い寝室の明かりを点けると、真っ白な裸体を隠そうともせずに通信結晶のモニターを操作してアモイのいるフェンチネルの通信結晶を呼び出していた。


「通信を繋げる前に服を着ろ。オレの女が他人に裸を曝すな」

「し、失礼しました。すぐに服を着て、お繫ぎしますのでお待ちください」


 有用な道具以外の感情はないが、自分の女が他人に肌を見せるのは極めて不快なので注意を与えた。女はハッとした顔で驚き、次いで急いで肌を隠すために衣服を着ていく。


 この女の献身的な介護のおかげで衰えていた身体はかなりの回復を見せ、短い時間であれば不自由なく歩ける程度まで回復していた。


 服を着た女が再び通信結晶を操作してアモイを呼び出していた。オレはベッドに横になったまま、通信が繋がるのを待ち、数回のコールで通信が繋がると、スキンヘッドで三白眼のイカツイ男の顔がモニターに映し出される。


「魔王陛下、魔王軍司令アモイ、本日フェンチネルに到着いたしました。お待たせしましたが、ようやく到着いたしましたので、陛下の眠りを妨げるビルダーの捜索に入りたいと思います」

「ようやく、着いたか。だが、休んでいる暇はないぞ。転移ゲートも設置していない田舎街から更に南のラストサン砦を目指せ。オレが作った修練のダンジョンをクリアしたビルダーは、ラストサン砦より南の地域にいるはずだ。クリアされたダンジョンはその二つの地域に隠すように設置していたやつだからな。さすがのオレもあの二つがクリアされるとは思ってなかった。どんな手段を使ってもいいから南を捜索してビルダーを見つけだせ」

「御意! 見つけ次第、ワシも出向いて一気に殲滅してくれます。魔王陛下におかれましては城にて吉報をお待ちください」

「できるだけ、早く見つけ出して首を挙げろ」


 アモイは深く拝礼をしていた。オレは女に一瞥を送ると通信を終える操作を行わせる。そして、睡眠を邪魔された腹立ちを女にぶつけた。


「寝入りばなを起こされたオレはとても機嫌が悪いぞ。早くこっちにこい」

「はい。お待ちくださいませ」


 女は再び衣服を脱いでオレのベッドに入りその肌を身体に押し当てて眠るための温かさを提供し始めた。



※ツクル視点

 

 晩餐会の翌日からはアモイに贈呈するための『巨人の大槌』の素材大竜骨を手に入れるために、ワイバーンの営巣地があるオグニス山脈に向けて遠征準備と第三番目の修練のダンジョンの場所の捜索を並行して行うことにしていた。


 遠征メンバーはいつもと同じ、ルリ、ハチ、イルファ、タマ、ピヨちゃん&ルシアに俺の乗馬イワンを仲間に加えて行くことにした。しばらくの間は屋敷とクリエイト商会はバニィーが切り盛りをしてくれるようで、遠征の方に集中することができる。バニィーは恰幅の良さと愛想の良さで屋敷の住民からも商会の関係者からも信頼され、屋敷の代表やクリエイト商会の番頭として認識され始めていた。


「バニィー、すまないね。またちょっとお出かけするから、日中の商会業務とかも任せちゃって申し訳ないけど頼むね」

「お任せください。ツクル様不在の間は商会の方はクライット様とご相談して滞りなく運営致しますし、屋敷の方もゴーレム達に任せておけば大事無いと思います。皆様こそお気をつけていってらっしゃいませ」


 領主の家人であるクライットもクリエイト商会の重要な事業パートナーとして欠かせない人物であり、便宜を図って貰う代わりに顧問料を支払い、お手伝いをしてもらっているのだ。クライット自身は命を助けられた恩義を返すための便宜であるといって顧問料を貰うことを固辞していたが、俺がどうしても受け取って欲しいと頼み込んで貰っていていた。


 主人である領主にも商人組合をキチンと通して献金をしているため、クライットの顧問就任の件も了承して貰えている。クリエイト商会の売り上げはおかげさまで十分上がっており、彼らの顧問料や献金なども無理なく拠出できていた。都市の有力者を味方に付けておけば色々と商会の活動もしやすいし、魔王軍への目くらましにもなるはずだった。


「ああ、俺達の方は大丈夫だ。ドラゴンが来たら即逃げ出してくるからね。ワイバーンだけなら余裕で狩れると思うし、あとは修練のダンジョン次第かな」

「修練のダンジョンですか……。そればかりはツクル様達にお願いするしかありませんからなぁ」

「魔王の狂気に巻き込まれて、この世界を『リセット』させる気はサラサラないよ」


 バニィー達までにはこの世界が魔王ユウヤの作った狂気に破滅プログラムによって存亡の危機にあることは知っており、『修練のダンジョン』という言葉の意味を深く理解もしていた。なので、バニィーは俺の手を強く握り、真剣な表情でこちらを見てくる。


「本当に頼みました。私はツクル様の下でこの一生を全うして転生の輪廻に戻りたいと思っております。それに、自分事で申し訳ないですが、息子のミックに『未来』を残してやりたいとも思っているんです。こんなことを言うとツクル様のプレッシャーになると思うもしれませんが本心からの言葉でございます」

「ああ、俺もルシアと一緒に暮らして子供を作って、この地で生を全うしたいと思っている。だから、全力で修練のダンジョンからメンテナンス権を奪取してくるさ。せっかく商会も屋敷も大きくなってきた所で『リセット』なんてさせないよ」


 俺は力強くバニィーの手を握り返すと、転移ゲートを起動させてフェンチネルへ移動していった。

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