第113話 魔王軍司令官アモイ


 日が暮れて魔王軍幹部を招いた領主の晩餐会が始まると、俺達も正装をしてパーティーの参加者の中に紛れ込んでいた。もちろん、クリエイト商会のフェンチネル支店長『ムーラ』として参加しており、燕尾服をキッチリと着こなして、それなりの商人っぽくみえるようにはしてあった。


 一方、ルシアは肩口に大きな花のかざりが付いたベトナムのアオザイのようなスリットの入ったタイトなドレスを着て、『ムーラ夫人』としてこの晩餐会に参加していた。本当なら、綺麗すぎるルシアを衆人環視の眼に触れさせたくないので連れてきたく無かったが、晩餐会が夫人同伴でなければ参加が不可能であったため、渋々連れてきていたのだ。


「あなた、えらいぎょーさんの人が集まりはったね。ちょっと多めに仕込んでおいてよかったわ」


 前日からクリエイト商会の飲食部門を総動員して、今回の晩餐会のメニューを仕上げてくれており、各テーブルに置かれた料理を食べている街の有力商人達や魔王軍の幹部からは感嘆の声が上がっていた。


「ルシアの作った料理だからね。みんながすごい勢いで食べてるみたいだ」

「そうですね。こういった立食形式の晩餐会は食事をガッツリと食べないのが基本でおしゃべりや酒を楽しむはずなんですが、皆様が食事に夢中になれている」


 クライットさんも晩餐会の裏方を仕切り終えたようで、会場に方に顔を出していた。


「そりゃあ、我がクリエイト商会が誇る中毒間違いなしのパーティーメニューとなっておりますので。魔王軍から引き合いがありましたら、食事の提供は対価しだいで対応させてもらいますよ」

「『ムーラ』殿はたくましいですなぁ。ならば、売り込みをかけるのであれば、今領主と話されている今次の遠征軍司令官である巨人族のアモイ様です」


 クライットが指差した先には天井の高い領主の屋敷でもあっても頭が擦りそうな大きな体躯をした男が、特製の椅子に腰を掛けて領主と親しそうに歓談を重ねていた。


 城門の時はいなかったが、あの馬車に乗っていたのは先ぶれの士官であったのだろうか。


 オレはクライットが指差した先にいる魔王軍司令官である男を観察していく。まず、背の高さに注目が行くが座っていても二メートル近い高さがあるので、立てば四メートル近い身長になる巨躯の男で、首や肩、腕や胸板といった所には隆起した筋肉を纏っていた。そして、スキンヘッドの頭に三白眼の眼といった容貌が更に恐ろしさを助長させていた。ゲームにも巨人族は魔王の手下として出てきていたが、ゲームと実物とではかなり威圧感からして違っていた。


「ご挨拶をなされますか?」


 隣にいたクライット尋ねたので、コクンと頷いた。ここで、あの魔王軍司令官であるアモイに取り入って信頼を勝ち得ておけば、上手く魔王軍をコントールできて屋敷への接近を遅らせることもできるような気がした。そして、その間に魔王の作った修練のダンジョンからメンテナンス権を奪取しておくこともできるだろう。


「では、お連れしますね」


 クライットが先導するように前に出ると、俺達は後ろについて領主とアモイが歓談する場所へ近づいていった。先導したクライットが領主に耳打ちすると、領主がこちらを一瞥していたが、やがて隣にいたアモイに耳打ちを始めていた。


 これなら目通りは叶いそうだな。この司令官の好きそうな物を聞き出して賄賂漬けにしておきたいところであるな。巨人族は何が好きだったかなぁ……武具か……確か武具を非常に好む種族だったよな。


 自らのゲーム知識を総動員して巨人族の買収に必要そうなものを思い出していく。ゲームでは街の有力者に賄賂を贈り、便宜を図ってもらえるシステムもあったので、こっちの世界でもそれが通用すると思われた。


「面を上げろ。お前がこの美味い飯を準備したクリエイト商会の代表者か?」

「ははっ! わたくしがクリエイト商会フェンチネル支店長『ムーラ』でございます。此度はアモイ司令官閣下にお目通りが叶い、夫婦ともに喜んでおります」


 礼を尽くした挨拶をアモイに返すと、アモイは面倒くさそうに手を振っていった。


「ワシは礼儀はいらんぞ。お前の顔にはワシに取り入りたいと書いてある。率直に言え。ワシに何をくれるのだ?」


 巨人族の男はストレートに賄賂を要求してきた。ここまであからさまに要求されるとかえって清々しいと思われる。隣にいたルシアもアモイの図々しさに笑いを堪えるのに必死のようだった。


「これは、率直な申し出をして頂き感謝いたしますぞ。であれば、わたくしどもからはアモイ司令官閣下に武具を贈らせて貰いたいと思ってます。ご要望などございますか? 我がクリエイト商会は今後武具製作にも手を出そうと思っておりますので、アモイ司令官閣下のお気に召す物を作らせますが」


 俺はなるべく低姿勢で揉み手をして、アモイの出方を窺った。


「ほほぅ、言った物をワシに作ってくれるのか? ならば、『巨人の大槌』を所望するとしよう。あれは中々手に入らなくてな。ワシの息子に贈りたいのだが、どこの商会も二の足を踏んでウンと言わぬのだ。お主の所で作れるのか?」


 アモイが要求してきた『巨人の大槌』は巨人族が装備すると攻撃力が増す槌で、大量の剛鋼石からつくる剛鋼鉄と大竜骨が必要であった。剛鉱石自体は流通網を使えば必要量が確保できるが、大竜骨はレアな素材であり、一般の流通には乗らない素材であった。


 大竜骨となるとワイバーン討伐か……。フェンチネルからだと北のオグニス山脈に営巣地があったはずだなぁ。


 知識を総動員してアモイの要求した『巨人の大槌』が作れるか考えを巡らせていく。能力的にはワイバーンの営巣地に入っても余裕で討伐ができると思うが、問題はワイバーンだけでなかった場合だ。あの山にはワイバーンの幼竜を狙って大物のドラゴンが住んでいるので、かち合うと少し危険な気がする。


 だが、ここでアモイの機嫌を取って御用商人として色々とコネを作っておけば、屋敷を攻撃されずにすむし、商会の更なる発展に繋がってくると思われた。


「謹んでお受けいたします。いくばくかのお時間を頂きますが、必ずアモイ様に献上させてもらいますので、その時はクリエイト商会をよろしくお頼み申します」

「おお、受けるのか! よかろう、ワシも魔王軍司令官の端くれ、見事に『巨人の大槌』を献上したら、遠征の間の糧食管理はお主の商会に任せる」


 アモイが『巨人の大槌』の製作請け負った俺を気に入ったのか、背中をバンバンと叩いて笑っていた。その後、領主が贅の限りを尽くした晩餐会は盛大に進んでいき、酒の入ったアモイは俺を話し相手として自分の武勲を散々に語り散らされることになったのはちょっとだけ失敗だったかもしれない。

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