第112話 魔王軍接近
「魔王軍がフェンチネルに近づいているだって?」
フェンチネル領主の家人であるクライットがクリエイト商会の窓口に訪れて重大時を告げていた。ようやく、商売や屋敷の方も軌道に乗り始めた所に予想外の速さで魔王軍が到着が近いことを告げられる。
ラストサン砦の魔王軍を倒して数ヵ月ほど経っているが、ユウヤが動員した魔王軍が最辺境部に近いこのフェンチネルまで遠征軍がやってきていたのだ。すでに明日にはこのフェンチネルに入場するとのことで、クライットをからは商人組合を通じて幹部達の接待をしてくれと頼まれていた。フェンチネルで俺がビルダーだと知っている者はクリエイト商会の一部の者とクライットだけであり、こちらにいる間はクリエイト商会フェンチネル支店長『ムーラ』という偽名を通していた。
「取り急ぎ、明日登城されるであろう。魔王軍の幹部達をもてなす料理をクリエイト商会に発注してくれとの、領主よりのご指示がありましたので、伝えに参った次第です」
魔王軍が常駐するとなると、俺が表に出て色々と行うことはマズいのかもしれないが、いっその事、相手の懐に入り込んでしまった方が疑われずにラストサン砦の時のようにやりやすくなるかもしれないな。
俺は新しく来る魔王軍もあのゴーレムと大砲によって守られた要塞を陥落させられるほど強力ではないと思っていた。相手は長々と王都から遠征をしてきている者達であり、移動だけでも大変であると思われるので、重い攻城兵器などは持ってきていないと思われるからだ。
このフェンチネルにも大砲類は保管されていないことを確認済みであり、強大な攻城兵器を持たない魔王軍であれば、俺が戦わなくても鉄人形隊とゴーレムで片が付くのである。
「わかりました。よろしいでしょう。いつも、世話になっているクライットさんの頼みであれば、うちは最大限の努力をさせてもらいますよ」
「すみませんな。ツクル……おっと『ムーラ』殿には危ない橋だと思いますが……他の商会が軒並み断ってきたので」
苦しい決断をしたことを顔に表したクライットであったが、彼のおかげでクリエイト商会は大きく成長することができていたので、受けた恩を返す時が来たべきと喜びの方が強かった。
「あなた……それで、うちは何人前をお作りすればよろしんやろか? 数によっては今から仕込まないと間に合わない物ありますからね」
隣でルシアが明日の晩餐会へ提供する料理の量を聞いてきた。だが、俺の耳にはルシアたんの放った『あなた』という言葉だけがリフレインのようにこだましていた。
ファッーーーーーーーーーーー!! そ、そんな本当の夫婦みたいなことを言われるとドキドキして血圧が上がってしまうのだよ! べ、便宜上、フェンチネルだと夫婦だけどそろそろ本当の嫁になってくれたっていいんだからねっ!
ルシアとの生活も長くなってきて、屋敷の住民達からも俺の嫁として認知され始めているが、まだ正式に夫婦になることを伝えたわけではないのを思い出していた。正式にプロポーズして嫁として我が家に迎えたいのだが、そのためには例のクソ魔王が作った世界の崩壊プログラムを解除するためのメンテナンス権を取り返すことをしなければならないのだ。
それさえ、取り返せば後は魔王軍を寄せ付けない屋敷を築いてルシアと寿命が尽きるまでこの地でまったりと生活するのが俺の生きがいになり始めていた。
プロポーズはこの世界が存続できることが決まった時にしよう。それまではルシアには悪いけど我慢してもらうしかないな。
疑似的な夫婦役をフェンチネルで過ごしている時間がとてもかけがえのない物だと思えてきた。
「あ、ああ。そうだったね。クライットさん、予定者数はどれくらいだい?」
「ええっと、魔王軍の幹部と街の有力者達もきますので、ざっと二〇〇名分くらいでしょうかね。もちろん、代金は支払いますので贅の限りを尽くした料理を出してくれと言われております」
クライットによって提示された人数は結構多く、食材が確保できるかとも思ったが、その辺はルシアが色々と調整して準備してくれると思うので、クライット引き受けることにした。
「よろしいでしょう。明日の夕刻までに準備いたしますので、その際は私も魔王軍の幹部の方とお近づきになれるようにセッティングして頂けるとありがたいです」
「おや! ムーラ殿がご挨拶に出るのですか? ほぅ、それもまた保身としてありなのかもしれませんなぁ」
クライットは俺の意図を察したようで、晩餐会での席上で魔王軍の幹部に挨拶ができるように取り計らってくれると言ってくれた。その後、ルシアを始めクリエイト商会の飲食部門を総動員して翌日に開催される領主の館での晩餐会への料理を準備していった。
翌日となり、魔王軍の先陣が城門に到着すると兵隊たちが城外に野営地の設営を始めていた。俺もその様子を見にクライットに連れられて城壁の上にきていた。
「ざっと見て一万くらいの兵が遠征してきてるのかな。それにしてもみんな疲れた顔をしているね。王都からは確か結構な距離があったけど歩いてきたのかな」
「でしょうな。転移ゲートは幹部クラスしか使わせて貰えないでしょうし、王都か数ヵ月の遠征を経てこの地に到着したのでしょう。装備の損耗具合を見ても結構シンドイ行軍だったと思われますよ」
饗応役を仰せつかっているクライットが野営を準備している魔王軍の兵士達を見ていた。ラストサン砦のような質の悪そうな兵士はさすがに少なそうだが、この数を街に受け入れれば確実にトラブルを引き起こすに違いないと思われるので、双方にとって不幸な事件が起こらないように対応するのは必要不可欠だと思われた。
「おっと、そろそろ魔王軍の幹部たちを乗せた馬車が到着するようですよ」
クライットが指差した先には兵士達とは違い、豪奢な馬車が土煙を上げてフェンチネルの城門に向けて数台まとめて走ってきていた。やがて、城門の前で止まると同乗していた者が開門の要求をしてきた。
「魔王軍司令官の到着だ! すぐに開門せよっ!」
お付きの者が衛兵を見下したように命令口調で開門を迫る。すぐに衛兵たちはフェンチネルの城門を開ける作業に取り掛かっていた。
「随分と傲慢な人達ですね。ここは領主の領地でしょうに」
「いや、魔王様の権限は何者よりも強いので、王都の魔王軍司令官は領主よりも権限が強いのですよ。だから、うちの領主様も機嫌を損ねないように接待を行うのですよ。もし、怒らせれば領地召し上げされて処刑される可能性もありますので……」
ラストサン砦の連中も酷いと思ったが、この世界を牛耳っている魔王軍は王都にいる奴等の方がより酷い奴等の気がしてきていた。
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