第111話 鰻丼

 ルシアによって綺麗に捌かれた大ウナギは若干の毒を持つ血を綺麗に洗い流されて、背中から開かれていた。ただ、通常の包丁では切れなかったので、工房にて【大包丁】を作りルシアに手渡して捌いてもらっていた。


「ふぅ、なんとか捌けましたね。大ウナギはんを捌くのは骨が折れますわ」


 大ウナギは通常のウナギの数倍以上の大きさあった。かば焼きにすると五〇人前は軽く作れそうなほどの身の量である。大ウナギの身をルシアが切り分けて行くと、主婦軍団が皮と身の間に綺麗に竹串を打ち込んでかば焼きにできるように下準備をしていた。


「ツクル様、簡易的な炭火のコンロを制作してください」


 作業の進行を見ていたバニィーが身を焼くのに必要なコンロの制作を依頼してくる。すでに屋敷の前のちょっとした広場には人が集まり、夕食の時間を刻々と待ち続けていた。そんな感じで人が集まっているので、ダイニングで食事を取るよりも、今日はこのまま、この場所でかば焼き焼きながらの屋外BBQで日頃の疲れを癒してもらおう的慰労会の企画をしたのだとバニィーの顔色から読み取れた。


「了解。じゃあ、今日は屋外で飯を食うか。酒もいっぱい出してくれよ」


 俺の言葉を聞いた職人達からワッと歓声が上がる。気の早い者達は保存の効く食材の食料貯蔵庫となっている屋敷裏の倉庫から葡萄酒やビールの入った酒樽を取りに走るもの達がいた。その者達を見送りながら、インベントリから作業台を取り出し、メニューから簡易コンロを探していく。


 【バーベキューコンロ】……屋外で炭火を使う調理器具 消費素材 レンガ:5 鉄のインゴット:2 木炭:3


 ボフッ!


 メニューから三つほど【バーベキューコンロ】を制作した。高さ八〇センチくらいでレンガ造りの台座に網が乗り、炭火を入れるための受け皿が付いた大人数用の【バーベキューコンロ】であった。俺は作業台の近くに出現した【バーベキューコンロ】をルシアの近くに設置していく。ビルダーの力によって炭まで用意されているので、手隙の者達が直ぐに設置された【バーベキューコンロ】の火起こしを始めてくれている。ルシアの飯にありつくために皆が必死になって働いてくれていた。


「ツクルにーはんはゆっくりと座って待っててくださいね。うちが飛び切りの鰻丼を作りますから」


 本日のメニューは鰻丼の決まったようだ。ものの本に寄れば、大ウナギの身は泥臭くて喰えたものではないと言われているが、魔王専属料理人の祖母に厳しく育てられたルシアの腕であれば、臭みを感じさせずに美味しく頂ける大鰻丼が食べられるに違いなかった。


「鰻丼かぁ、喰うのは久しぶりだなぁ……」


 あっちの世界で住んでいた時は牛丼屋が鰻丼と牛丼の合いの子を販売していたのを食べたが、そこまで美味しい物ではなかったと記憶していた。


 うな重って高級な奴だと五〇〇〇円以上するのがザラにあるけど、庶民派の俺は中国産の脂っこい鰻しか喰ったことがなかった。なので、別種の大ウナギとはいえ、天然のウナギを食べるのは始めてなので期待もしていた。


 そうこうしている内にルシアが鰻丼のタレを作り始めていた。小ぶりの寸胴に米から作った料理酒、醤油、はちみつ、砂糖を入れて煮詰め始めていた。広場全体に醤油の香ばしさと砂糖の甘い匂いが混じった空気が広がっていく。匂いを嗅いだ人達からの腹の音が大合唱をしていた。ちなみに、俺の腹も合唱に参加していた。


「えらい、ええ匂いがしてると思ったら、ルシア様がご飯を作っとりゃーすのか」

「これは醤油とお砂糖の匂いね。今日の夕飯は何かしら」


 お部屋でイチャイチャと毛繕いをしていたと思われるルリとハチが専用の扉からのそりと外に出てきた。


「今日は大物を川で釣り上げてね。鰻丼らしいよ。今タレを作っている所さ」


 タレの放つ匂いによって住民達は次々と集まって来ており、イルファやタマも匂いに釣られて出てきていた。一方、ルシア率いる主婦軍団は串打ちを終えたうなぎをせいろで蒸し始めていた。


「ちょっと待っとってなぁ。大ウナギはんは皮が固いから蒸さないと噛み切れない硬さになっちゃうから、美味しく食べるための下準備だとさせてね」


 みんなが思い思いの場所に腰を下ろしてルシア達の調理の進捗を眺めていると、倉庫に酒樽を取りに走った面子達が戦利品を担いで戻ってきていた。これで、料理のできるまではナッツ類や酒で空腹をしのげる。


 気が利く奴がいたようで保存用のナッツ類を持ち込み、空腹をしのぐためのおやつとして酒や果実ジュースと共に皆に配り始めていた。


 俺の所にもビールとナッツ類が配られたので、ルリに器を冷やしてもらう。


「ごめん。これ冷やしてくれるかい。俺は冷たいのが好きなんだ」

「いいですよ。ふううう」


 ルリが氷の息でビールの入った器を冷やしていく。氷の息によって凍る寸前まで冷やされたビールを掲げると、みんなが飲みやすいように乾杯の挨拶をしておいた。


「本日は屋外での慰労会だから、無礼講にしよう。酒もジュースも好きなだけだしていいよ。足らなかったら肉焼いて食おう。日頃のみんなの労働に感謝を! 乾杯!」


 料理しているルシア率いる主婦軍団以外の住民が飲み物を掲げると口々に『乾杯』といい、飲み物に口をつけていった。急遽、始まった慰労会であるが、うちの屋敷に住む住民は勤勉すぎる者が多く、働ぎすぎな感じもあったので、たまには羽目を外して飲んだくれてガス抜きするのも悪くないと思えた。料理番であるルシア達には後で交代で楽しんで貰えればとも思う。


 広場の各所で酒やジュースを飲みながら、和気あいあいとウナギが出来上がるのを待つ光景が広がっているが、数ヵ月前まではここが無人の荒野だったとは俺とルシア以外には誰も知らないのだろうと思った。


 随分と、色々な人が移り住んで来たし、色んな施設もできたし、こうやってこの土地は国として発展していくことになるのかなぁ。あの無能女神がアホな魔王にメンテナンス権さえ奪われなければ、もっとゆっくりと時間を掛けてこの土地を改変していく楽しみを味わえるのに……。そろそろ、三つ目の修練のダンジョンを攻略する時期が近づいているか……。


 クリエイト商会の拡大とイクリプス帝国の首都たる自分の屋敷の拡大に時間を割いていたが、世界の崩壊を起こす致命的なバグを消すために必要なメンテナンス権を取り戻す期限がせまりつつあった。底意地の悪い魔王が作った修練のダンジョンは用心に用心を重ねても罠が仕掛けられているダンジョンであるため、細心の注意を払って攻略せねばならない対象である。


 その事を思うと憂鬱になるのだが、挑まねば世界は突如終わりを告げて、一瞬にして俺もルシアも存在を失ってしまう。絶対にそんなことだけは避けたい。


 憂鬱さに包まれそうになった俺の眼に蒸しあがったウナギが例のタレに漬けられて炭火の上で焼かれ始めている映像が飛び込んできた。そして、あのウナギ独特の匂いが鼻の先を掠めていく。


「ツクルにーはん、もう少しでできますからね~。お待ちください」


 米も一緒に飯盒炊飯されているようで、米の炊ける匂いも加わり、空腹度がより一層増していった。そして、焼きあがったウナギのかば焼きを乗せた鰻丼が完成すると、どこからともなく地鳴りのような歓声が上がり始める。完成した鰻丼第一号はルシアの手によって俺に手渡された。


「お待ちどうさまでした」


 にっこりと笑って渡された鰻丼は凶暴な匂いを発して俺の胃を刺激し続けている。蓋を開けた際の、香りの高さに、周りの住人達から歓声が上がる。香ばしいタレの香りが鼻をくすぐっていった。箸を慌てて割ると、慎重に一口目を口に運ぶ。タレは、甘すぎず辛すぎず、ちょうど良い感じ。そして、どちらかというと優しい味わいのタレだ。タレ自身は、あまり自己主張をせずウナギの美味しさを引き立てていた。蒲焼というのは、時としてタレの味で食べてしまうが、ルシアの作ったタレは鰻本来の味を邪魔しないで鰻を引き立てる脇役に徹している。蒸されてつけ焼きされたふっくら柔らかい鰻の脂は丁度良く、タレの味の味に劣らぬ風味と歯ごたえを与えてくれていた。


 俺とルシアの釣り上げたウナギは「鰻の味がしっかりとするけれど、川魚臭い嫌味なところが全くない」といった最上級のウナギだと思われる美味さである。


「美味いしか言えないね」


 ルシアの顔が一瞬で綻ぶ。


「良かった。ツクルにーはんのお墨付きなら、皆さん喜ばれますね」


 すでに完成した鰻丼は次々と住民達に配られており、各所で美味さのため発せられた悲鳴が上がって騒然としている。この鰻丼は最強にヤバイルシア飯として登録される可能性がある食い物に認定されそうだ。


 こうして、慰労会はそのまま、BBQ大会となり、日ごろの疲れを癒すため酒や食事が振る舞われて夜遅くまで開催されることとなった。

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