第110話 川の主


「ツクルにーはん!? この子、えろう引きが強いんですけど!! ああぁ!」

「こりゃあ、めちゃくちゃ大物かもしれないなぁ。逃げられないようにしないと」


 俺はしっかりと釣竿を握るために背後からルシアを抱きすくめるように身体を密着させていく。ルシアの尻尾が俺との間の緩衝材にされてしまっていた。だが、ルシアは獲物を釣り上げることに夢中になっている様で気が付いていない様子だった。


 尚も釣竿を水辺に引き込もうと、強烈な引きを見せる獲物に負けないように二人で釣竿を保持し、相手の体力が尽きるのを待つ。


「ツクルにーはん、一体何がかかっているんでしょうなぁ? 川魚だったら、こない強い引きはこないとおもうんやわ。ひゃああ!? に、にーはんの顔が近い」


 ルシアが不意にこちらに顔を向けたことで、俺がルシアを後ろから抱きすくめるようにして釣竿を持っていることに気が付いたようだ。急に動揺したように緩衝材になっていた尻尾がパタパタと動いたり、顔が赤くなったり、狐耳までパタパタとせわしなく動き始めていた。


「ルシア、今は緊急事態だから我慢して。コイツ釣り上げたら、離れるからさ」

「あ、いえ。別にツクルにーはんならええんですよ」


 ファッーーーーーーーーーー!! ルシアたん、この緊急時に何を言ってらっしゃるのですか! そんなこと言われたら四六時中引っ付いていますけど!


 ルシアの発した言葉に動揺した俺は持っていた釣竿から手を離しそうになった。


「ツクルにーはん、離したらダメ」

「あ、ああ! すまないっ! 少しビックリしてさ」

「今は目の前の子に集中しましょう」


 ルシアに促されて、再び釣竿の方に集中していく。釣り針を喰った相手も少し疲れてきたのか、強烈な引きは鳴りを潜め、こちらの引きに対しては抗うことをしなくなってきていた。


 しめた。今が釣り上げ時だ。


「ルシア、一気に釣り上げるからね」

「は、はい」

「せーのっ!!」


 タイミングを合わせて二人の力を使い、一気に釣竿を引き上げると、水面から飛び出してきたの丸々と肥った体長二メートルクラスの大ウナギであった。地面に釣り上げられた大ウナギはその長い身体をクネクネと動かし、未だに体力を残している様子であった。


「ひゃあああ!? 正体は大ウナギはんでしたか。えろう強い引きだから大きい子だと思ってたんだけど、大ウナギはんとは……」

「それにしてもデカイ……。大ウナギでも主クラスの大きさじゃないだろうか」


 ピチピチと跳ねている大ウナギの体の色は黄土色で黒っぽいまだらが入っている。そして、腹側は真珠のように真っ白な色をしていた。


 俺は地上に上った大ウナギを掴まえようとするが、ぬめぬめとした粘液を身体に纏っており、俺の手から逃げ出そうとしてバタバタと動いていた。


「うへえ、ぬめぬめして掴めねえ」

「ツクルにーはん、今夜のメインディッシュになる子だから、逃がしたらあきませんよ」


 ルシアも釣竿を放り出して俺と一緒になって大ウナギを掴まえようとしているが、暴れる大ウナギはぬめりを最大限に利用して川辺に向って逃げ出そうとしていた。


「やべえ、逃げられる」


 その時、逃げだそうとしていた大ウナギの頭に、ピヨちゃんのくちばしが目釘のように突き刺さって大ウナギを一撃で仕留めていた。頭を潰された大ウナギがビクン、ビクンと身体をくねらせていたが、やがて動かなくなった。


 あ、あのくちばしで貫かれた俺の頭はなぜ無事なのだろうか不思議でならないぞ。


 ピヨ、ピピイ。

 

 ピヨちゃんが仕留めた大ウナギを器用に咥え上げると、ズリズリと引き摺って屋敷の方に向かって歩き出していった。


「ピヨちゃん、待ってー」


 ルシアもピヨちゃんの後を追って屋敷の方に走って行ったので、俺は潰された大ウナギの頭が引っ掛かった釣竿を担いで、二人の後を追って屋敷に戻っていた。


 屋敷に戻ると、一日の仕事を終えた住人達が、ピヨちゃんが咥えていた本日の釣果を見て驚きの声があがり、その声に引き寄せられるように他の住民達も集まってきていた。


 俺達が屋敷に帰った頃にはすでに住民達は、釣果をルシアに調理してもらおうと、屋外で料理ができる準備を始めていた所だった。


「みんなの食い意地は素晴らしいね。すでに準備が整いつつあるよ」

「そうですねぇ。ウチが準備しようとしていた事をしっかりとやってくれてはるわ」


 俺もルシアも住民達の準備の良さに驚きながらも急造のテーブルに上に置かれた大ウナギの処理に取り掛かるべく、ルシアは自分の割烹着を取りに屋敷に戻っていった。


「それにしてもドデカイ大ウナギですなぁ。ツクル様は水源の川の主を釣り上げられたかもしれませんぞ」


 事態を把握して住民に指示を出していたバニィー達が話しかけてくる。弟のモニィーも大ウナギの大きさを見て驚いた顔をしていた。


「体長二メートルクラスの大物なんて滅多に見られないサイズですよ。この大物をルシア様がどんな美味しい料理に変えてくれるのか……」


 集まっている住民達はすでにルシアの食事によって胃袋を洗脳されて尽くされた者達で、摂取を怠ると、情緒に不安定さを見せ始める者も現れており、このままでいくと、中毒者が何か事件を起こさないか不安になるので、最近は奥様軍団を屋敷に呼んでルシアレシピの勉強会を開催しているのだ。この勉強会によって、ルシアのレシピが周知されるようになり、中毒患者達が暴徒化しないように手当てが行えるようになった。そして、奥様軍団の中でもルシアの地位は不動の物となり、イクリプス帝国という括りで考えれば、絶対権力者はルシアたんその人に決定した。


 後の世に食のイクリプス帝国とか書かれそうな気がするぞ。そしてルシアたんがレシピの女王様とかき記されていそうだ。間違いないな。

俺は大ウナギの前に集まった住民達の顔を見ながら、何百年後かに語られるであろうイクリプス帝国の建国記に記される無いように思いを馳せていた。

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