第106話 拡大するクリエイト商会

「な、なんと……このように立派な登り窯工房がすでに出来上がっているとは……」


 ジェマと共に屋敷に帰り、昨日俺が制作した登り窯工房を見学してもらっているのだが、長く職人をやってきたジェマが見ても急造でこしらえたとは思えないと言われるほどの見事な出来の登り窯になっていた。おかげで、憂色を見せていたジェマも中身を点検していく内に顔が紅潮し、点検を終えると直ぐにでもここで制作を行いたそうな顔になってしまっていた。


「急ごしらえの登り窯ですまないけど、ジェマさん達がここで磁器や陶器を生産してもらえるなら、燃料代、土地建物代、材料費はクリエイト商会が全て持ちますし、磁器と陶器の売り上げの一割は職人さんへの生産協力費としてバックさせてもらうことも契約書に盛り込みますので、是非こちらの施設に移って制作に腕を振るって頂きたい。もちろん、住む場所も無料で提供させてもらいますよ。外出の自由は無くなりますが、必要なものはクリエイト商会が伝手を使って必ず入手しますのでどうでしょうか?」


 登り窯工房の前でジェマに決断を促すように条件を提示していった。フェンチネルにこのままいれば、やがて工房は取り壊され無一文に近い形で放り出されることが決まっているため、ジェマの決断は早かった。


「よし、私の陶器工房はクリエイト商会さんに預かってもらうことにしよう。工房の職人達には私から声を掛けて、妻帯している者は家族を同伴することを認めて欲しい。そうしてくれるなら、私がキッチリと説得してこの地で存分に腕を振るわせてもらいたい。念押しですが、本当に毎日操業してもいいですな?」


 ジェマが工房の毎日稼働を念押ししてきた。住民トラブルによって長年の工房を追い出される格好となったため、かなり疑心暗鬼に囚われているようだ。


「ああ、風向きによる降煤は考慮して煙突も高めに作ってあるし、風向きも考えてある。住宅街も近隣には建てないことを約束しよう」

「ありがたい……」


 握手を求めてきたジェマの手を握り返してやった。


 クリエイト商会によるジェマの陶器工房の買収はトントン拍子に話が進み、一週間後には移住を決意した一〇人の職人とその家族達が道具と家財を持って転移ゲートをくぐり、屋敷に引っ越してきて新しく屋敷周辺に建てた集合住宅に住み始めた。


 この集合住宅も制作するのに、色々と知恵と工夫を絞って皆が住みやすいよう建設してあり、移り住んできた者達はその快適さから驚きの声を上げる者が多数出ていた。


 一方、ジェマはフェンチネルでの住民トラブルによって操業停止させられていた鬱憤を晴らすように、まずは陶土で作る陶器の作品を昼夜を問わず持てる技術をすべて注ぎ込んで、大量に作り上げては窯入れして、ジェマの工房が長年研究して使ってきた秘伝の釉薬を使用しての、簡素なデザインで高品質な陶器の壺や皿などが作り上げられていった。


 この簡素なデザインと品質の高い陶器は、完成するとすぐにフェンチネルの『雑貨屋プロスペリッティー』向けに出荷され、庶民が木製皿より、ほんの少し料金を上乗せすることで高級な陶器の皿やコップ、花瓶等の日用品を手に入れられるようになり、下街を中心に爆発的な売れ行きを叩き出し、ジェマ達が制作して窯出しした製品が入荷すると直ぐに完売する人気商品となり、競合する他社も他になかったため、陶器類はクリエイト商会の独壇場となることになった。


 このため、急遽、磁器製品用の登り窯を制作したいとジェマから伝えられ、オレがビルダーあることを明かし、驚かれながらもわずか半日で新しい磁器製品用の登り窯を制作していた。


 職人達も自分達が作った物が売れれば、その分給与以外の生産協力金が貰えるためやる気が高く、不眠不休でろくろを回したり、窯焚きを行っていたが、明らかに人員不足であったため、急遽バニィーを派遣してフェンチネル周辺の村の陶工達を多額のスカウト料を支払い移住してもらうことにした。


 このスカウトで新たに二〇人近い陶工が我が家の住人となり、更なる供給力のアップとともに、ジェマがもっとも得意としていた陶石を用いた磁器製品の制作にとりかかるようになり、本日、試作品第一号が窯出しされることになっていた。


「試作品が完成いたしました。原価がほぼ無料に近いので、販売価格はうちが以前出していた値段の半値で売っても十分に利益が出ますぞ」


 作業テーブルの上におかれた磁器は、日本にいた時に見ていた物と同じ緑、青、黄といった顔料により、意匠化された魔物や草花などの下絵付けがされた大皿の磁器で、吸水性のない硬い陶器であり、指で軽く弾くと金属音がしていた。見るからに高級そうな陶磁器に仕上がっており、貴族の屋敷に置かれていても不思議ではないほどの製品になっていた。


「磁器に関しては他の商会も扱っているからね。余り薄利多売をすると、そちらから叩かれちゃうからね。それに、これだけの逸品を安値で卸すのも勿体ない。『デリカトゥーラ』のディナーに来ている貴族や商人達に一割引くらいで販売しようかと思うんだ。それに、これなら別の街への交易品になるだろうしね」

「さすが、ツクル殿ですな。いや、クリエイト商会の若き出頭人の『ムーラ殿』と言った方がよろしいかな?」


 屋敷に移り住んだジェマ達には、俺の正体がクリエイト商会のフェンチネル支店長である『ムーラ』ではなく、ツクルという魔王軍が禁忌としているビルダーの能力を持った者だということを説明していた。ジェマもビルダーについては知っていたようで、登り窯を半日で作り上げる工程を見せると、呆気にとられながらも信用をしてくれていた。


「そこで褒めても何も出ないよ。いや出るか。高い値段で売れば、その分、ジェマ達に落ちるお金は膨大になるからね。ジャンジャン稼いでくれていいよ」

「確かにこの地で操業すると、ビックリするくらいの儲けが叩き出せそうですよ。うちの工房始まって以来の利益になりますね」


 ジェマも下街向けに制作した陶器類の爆発的ヒットにより、多くの利益を上げたことで、住民トラブルによる損失分を補填し、すでにプラスの方向にまで持ってきていたため、顔には余裕が浮かんでいた。


 なので、今回の磁器も慌てて売り出す必要はなく、更に改良を重ねて圧倒的な高品質を実現し、消費者に選んでもらえる製品を送り出せればいいと思っていた。そのこともジェマには伝えてあるので、試作品の出来栄えは素晴らしいが更なる向上を重ねてもらえるとありがたい。


 こうして、ジェマの工房を買収したクリエイト商会はフェンチネルでの地盤を更に強固な物へ発展させていくこととなった。

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