第105話 陶器工房
翌日、バニィーを伴ってフェンチネルへ行き、買収予定の陶器工房の代表者と会うことにした。陶器工房はフェンチネルができた時からの老舗で、周りを住宅街に囲まれており、登り窯の煙突から出る煤によって後からできた住宅街の住民達から苦情が殺到し、ご近所トラブル化して遂には不買運動まで発展してしまい廃業に追いやられる寸前であるらしいと聞かされていた。
工房に着くと、年季の入った登り窯と作業工房が住宅街のど真ん中に立っており、窯の火は落とされていた。工房内も閑散としていてすでに廃業したのかと、間違いそうなほど活気がなかった。
「貴方が、先ごろこのフェンチネルで急成長しておられるクリエイト商会の代表者のムーラ殿か。見た目はお若いのに、中々のヤリ手だと聞いておりますぞ」
工房の奥に作られた応接室で俺に対応してくれた工房の代表者はジェマさんといい、頭の禿げあがった初老の老人であった。かなりやつれている様で、ご近所トラブルが頭皮に深刻なダメージを与えているらしい。ちなみに、まったく関係ない話だが、クリエイト商会の代表者として商談する際は、偽名として苗字の村上をもじった『ムーラ』と名乗っている。俺のことがビルダーだと知っているのは、フェンチネルではクライットくらいで、フェンチネル在住組の人は俺のことは商人だと説明してあった。
まぁ、一部の人が店舗改装を一人でやる俺の事を訝しんでいるようだが、彼らも言うべきことではないと判断している様で口を噤んでくれているのだ。
そうして、フェンチネルでは新興商会のフェンチネル支店長『ムーラ』という人物で押し通すことしていた。
「いえいえ、そのようなことはないですよ。私はただの新参者ですので」
「ご謙遜をこの短い期間で飲食店や雑貨店を幾つもお出しになった手腕はフェンチネルでは知らぬ者はおりませぬぞ」
クリエイト商会は、飲食店と雑貨店の店としてフェンチネルで広く認知されるようになり始めていた。成り上がりの新興商会だが、既存の商会とは利益面でぶつからず、クライットの口利きもあって良い関係を築けていた。おかげで、こういった買収話も色々とスムーズに事が運んでいた。
「お褒め頂きありがとうございます。おかげで、ジェマさんの工房とのご縁もできましたので、ありがたいことです」
俺は深くジェマさんに頭を下げる。
「さて、早速ですがご商談を始めさせてもらってよろしいでしょうか?」
ふくよかな兎人となったバニィーが、挨拶も早々に目的の商談を始めようとしていた。兎人族は農耕に秀でた種族だと思ったが、バニィーに関しては交渉ごとも得意そうに思える。
「そうしてもらえるとありがたい。事態は一刻の猶予もならない状態に差し迫っておるですよ」
ジェマはポンと膝を打つと、すぐにでも商談を始めたそうな顔になっている。近隣トラブルで工房が開店休業に追い込まれて資金繰りも相当に悪化していると思われ、かなり追い詰められた様子も見て取れた。
「そうでしたか。バニィーより、ジェマ様の置かれた状況をお聞きしておりましたが、そこまで切羽詰まっているとは露知らず。失礼しました」
「こちらこそ、催促するようですまないが……立ち退きが領主様権限で執行されることになってしまってね。代替地の提供もなく、私達は放り出されることになったのですよ。このフェンチネルが交易都市となる前からここで陶器を焼いてきた我々に煙たいから出ていけと言われました。こんな無体な仕打ちがありますか? 私は工房と登り窯を取られたら、どうやって食べていけばいいんですか?」
ジェマは心の内に溜まっていた鬱屈を俺に向って吐き出すように、とめどなくしゃべり続けていた。
「住民の人だってうちの工房が住宅街ができる前からあったのは知っていたはずだし、煤が飛ぶのもちゃんと説明をしてきた。けれど、フェンチネルが大きくなって人が増える度に住宅街からの苦情が増えて、その度に窯入れ自粛を通達され、遂には廃業まで追い込まれる寸前ですよ」
怒りの持って行き場がないジェマは交渉相手であるはずの俺達に対して、不満を盛大にぶちまけていた。クライットも領主のおこなった処遇に対してジェマに同情を感じ、大きな屋敷を構えているオレに紹介してでジェマの工房を救おうと思ったに違いなかった。
クライットは義理に厚い男だな。それにしても領主の裁定は一方的すぎるけど、住民側から金が流れてたのかな。ここの領主は金に執着を強く、金の味方だからな。
老舗の陶器工房とはいえ、度重なる窯入れ自粛をされていたジェマの工房に多額の賄賂を贈れる資金的余裕はないと思われる。
「そうですか……。大まかな話は聞いておりましたが、ジェマさんの心中をお察しします。そこで、うちのバニィーが事前にお話しさせてもらっていたと思いますが、ジェマさん工房の代替地の提供と工房の経営権を買い取らせてもらいたいのですよ。もちろん、工房を運営していただくのはジェマさんのままですし、代替地にはすでに同程度の登り窯と作業工房を作り終えております。その工房で職人と一緒に陶器を生産してもらい、うちの雑貨店の販路にのせたい思っているんですがどうでしょうか?」
バニィーによって事前に買収希望額を聞き取っており、ジェマが工房の代表者を俺に譲って、一職人頭として工房の職人達を仕切るということで、希望額の二倍の値段を提示していた。だが、『雑貨屋プロスペリッティー』の販路にのせるという条件は今この場で初めてジェマに伝えている。
「『雑貨屋プロスペリッティー』の販路にうちの陶器をのせるのですか? すまないが、うちは割と単価の高い磁器製品が主力なのだが……。失礼だが、客層が合わないと思うのだが……貴族や商人向けの高級磁器がうちの売りなので」
ジェマは『雑貨屋プロスペリッティー』の販路にのせるという言葉に大層ショックを受けている様であった。
「失礼ですけど、材料費、燃料代、敷地維持費を差し引いて、純粋に職人達の給与だけでジェマさん所の磁器を作れば、十分に『雑貨屋プロスペリッティー』の顧客層にも買える廉価な磁器が生産できると計算しておりますが」
「ん? 材料費も燃料代も敷地維持費も普通に作ろうとすれば、品物に転嫁しない訳にはいかぬでしょう。そんなに廉価で販売すれば、赤字を垂れ流すだけになると思うのだが?」
「クリエイト商会の用意した代替地であれば、それらすべてを差っ引けるのですよ。但し、フェンチネルには戻れないし、基本的に代替地からの外出は不可能になりますが」
ジェマの眼が驚きに見開いた。
「ムーラ殿の言っている意味が理解できませんが?」
やはり、実地でビルダーの力を見せないと俺の言っていることは理解してもらえなさそうなので、ジェマを連れて屋敷にある工房へ行くことにした。
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