第94話 旨味食堂繁盛記

「もつ鍋定食あがったよー。五番テーブルの方ね」

「はーい。お持ちします」


 胸を強調するデザインのミニスカートの制服を着たウェイトレスが定食を運んでいく。


 フェンチネルに開業したルシアプロデュースによる飯屋『旨味食堂』は爆発的人気と重度中毒者を拡散し続けており、行列の途絶えない店になっていた。おかげで、難民達をスタッフに雇うことができ、厨房やフロアで一生懸命に仕事をしていた。オレとしても利益をスタッフに還元するのと、過度な業務量にならないように人員を多めに配置しているため、スタッフ達の仕事への意欲は高く、こっちが言ってもいない自己研鑽ための勉強会まで開き始めていた。


 いやー。マジでみんな勤勉だな。働きすぎてない? そうだ……フェンチネルだと家賃が高いから、我が家に無料の社員寮を増設しないとな。行き来は一瞬で出来るし、ご飯もお屋敷スタッフがルシアと一緒に作ってくれるからね。完成したら、彼らに聞いてみることにしよう。どのみち、住民が増えてもいいように住む場所をこさえないといけないからなあ。


 キビキビと仕事をするスタッフ達を見て考えたことをメモに書き記していく。


「ツクルにーはん。そろそろ、二号店出しませんか? お客さんがえらい行列できて可愛そうですし」

「ルシアそう言うだろうと思って、クライットさんに近場の物件を探してもらっているよ。スタッフ募集もかけているし。料理人持ちが見つかって条件が折り合えば後のスタッフは難民優先で採用していこうと思ってる。彼らも職を探すのは容易ではないと思うからね。俺達は別に利益を求めないし、彼らの支援になればいいんじゃないかな」

「さすがツクルにーはん。仕事が早いですね。でね。二号店のコンセプトはもうちょい高級そうなお店にしようかと思ってます~。こっちは庶民派、二号店はプチ贅沢の店だと差別化できるかなと思って」


 ルシアは自分がプロデュースした店が繁盛して、とても喜んでいる。どれくらい喜んでいるかというと、狐耳がせわしなくパタパタと閉じたり開いたりしていたり、尻尾が左右にブンブンと勢いよく振れているのだ。これは、俺のルシアたん研究によると最大級の喜び状態であると確信できた。


「さすがルシア。プロデュースの仕方が上手いね。二号店のコンセプトはそれでいこう。だと店の名前を考えないと、それに制服もここのより落ち着いた感じの方がいいね」

「お店の名前は『デリカトゥーラ』がいいです。これ、おばーはんのやってたお店の名前……うちのせいでお店潰しちゃったけど……」


 そういえば、ルシアの祖母は魔王専属料理人だったと聞いたな。祖母が亡くなったあとは店をやっていたか分からないが、追放された時に店も閉じられたか。なら、ほぼ決まりだな。


「よし、二号店は家庭レストラン『デリカトゥーラ』でいこうか。ルシアはレシピの選定よろしくね」

「ツ、ツクルにーはんっ! さすが、うちの旦那様やわー。素敵」


 ファッーーーーーーーーーー!! ついに、ついにキタたあぁああ『旦那様発言』!! いや待て、冷静になれ、フェンチネルでは旅商人夫婦を偽装しているから、その設定に基づいての『旦那様発言』かもしれない。ふぅ、危ない。危うく先走って『今日の夜にでも子供作ろっか』とか言って『ツクルにーはん、何勘違いしてはるの?』というルシアたんの冷たい視線に曝される所であった。危ない、危ない。ルシアたん攻略はエベレスト登頂よりも厳しいことを忘れていたぜ。


 だが、ルシアたんが喜んでおっぱいを俺の腕に押し付けてきていると考えれば一縷の望みもあるのか……。


 ふと気になってルシアの方を向いた時、嬉しそうに翡翠色の眼をキラキラと輝かせている彼女を見たら、自分の中の邪な気持ちが綺麗さっぱりと消え失せていった。


 ルシアが喜んでいるなら、それだけでいっか……。何も慌てることはない。魔王から世界を取り返せば、ずっと一緒にいられるんだからな。


「ルシアが喜んでくれるなら、それで俺は満足さ」


 すっとルシアの腰に手を回して自分の方に抱き寄せてあげる。今できる俺の精一杯の感謝のしるしだった。


「ツクルにーはんは、うちに優しすぎやわ。でもね。ホンマに嬉しいんよ。うちが飲食店を経営して、繁盛させるのが夢だったよ。ジョブがなかったから諦めていたけど、ツクルにーはんがこうしてうちの夢を叶えてくれた。ホンマに夢のようだわ……」


 感動しきりのルシアであったが、彼女の夢が一つ叶えられたと知ると嬉しくてたまらなくなる。


「ルシアの夢は俺の夢だからね。まだ、あるならどんどんと言ってくれよ」

「そ、そんな。夢を叶えてしもたら、朝起きた時に『夢だったんやね』ってオチがつくに決まってます。だから、夢は叶っちゃダメなんですよ」

「そうかい? とりあえず、今この目の前の現実だからね。朝起きてもここに店があるからよろしく頼むよ」

「あ、はい。分かってますよ」


 ルシアはクスリと笑って再び俺の方に身を寄せてきた。公衆の面前ではあるが、表向きは旅商人の夫婦と言っているのでイチャイチャしていても怒られないのだ。ただ、店のウェイトレスへの嫌がらせを取り締まる風紀委員長のピヨちゃんの眼が獲物を探し求める猛禽類のようになっていることだけが不安材料だった。


 開店当初は刺激的な店の制服に興奮した男性客達がウェイトレス達に悪戯をしようとしていたが、その度にピヨちゃんによる鉄拳制裁ならぬ、くちばし制裁を喰らうのを見て、今ではキチンと調教されウェイトレスは愛でる物だという認識が男性客の間での共通認識になっている。


 だが、初めて利用するお客さんにはまでは周知徹底できておらず、今もまたウェイトレスの女性へ悪戯を仕掛けようとする男性客がいた。


「姉ちゃん……綺麗な服を着ているな。誘ってるのかよ。ほら、こっちでお酌してくれよ。俺の隣で」

「やめてください。当店ではそういったサービスは提供しておりません。やめてください」

「だいぶ待たされた挙句に金払っている客に対してその言い草はないだろう。謝罪の気持ちがあるなら、俺の隣でお酌しろよ。あんたのことは割と好みだからな」


 くたびれたおっさんが、うちの大事なウェイトレスにいちゃもんを付けてお酌をさせようとしていた。店にいる常連客は新規のおっさんの態度を見て、ふぅーとため息をついているようだ。


「やめてください。当店ではそういったサービスは提供していません。これ以上、私の手を握られるのであれば、対抗措置を取らせてもらいますよ」

「ああ!! 対抗措置だぁ! この店はお客に対してそんな態度を取るのかよっ! クソみてえな飯に金を払ってならんでまで喰ってやるって言ってるんだ。そのお客様に対して、そんなことを言うのかよっ! この店最悪だなっ!」


 くたびれたおっさんが発した言葉で、店の中にいたお客も含めた全員の気配が戦闘モードに切り替わったようだ。そして、ピヨちゃんの眼が見開いたかと思うと、ウェイトレスの手を引き寄せていたおっさんの前に走り出した。


 ピヨ、ピヨヨ、ピヨロ、ピヨ、ピピ(只今より、ゴミムシの排除を行います。お見苦しい場面をお見せしますが、あしからずご了承ください)


 ピヨちゃんの言葉を専属通訳をできる異能をもったスタッフが周囲のお客に事情を説明していく。自分が足繁く通う店の悪口を言われていたお客たちはおっさんに蔑みの視線を送る者や合掌を送る者もいた。


「なんだっ! この店は飲食店なのにこんなバカでけえひよこ飼ってるのか。衛生環境はどうなっているんだよっ! 責任者だ――――」


 問答無用で繰り出されたピヨちゃんのくちばしがおっさんのこめかみにヒットしていた。先ごろ、『手加減』を習得したらしく、会心の一撃を繰り出してもHP1で寸止めできる力を得て、相手を死に至らしめる危険は無くなっていた。


 こめかみを貫かれたおっさんはビクビクと震えながら泡を吹いてのびていた。


 ピヨ。ピヨヨ、ピヨオオ。(ゴミムシは排除しました。皆様、お食事をお楽しみください)


 セクハラおっさんをピヨちゃんが撃退したことで、客席からはやんやの喝さいがあびせられていた。マナーの悪い人はうちの店の客ではないを徹底しているため、ピヨちゃんの行動はお客に是認されるのだ。傲慢かと思われるが、商売っ気を出して運営している店ではないので、客層はこちらで選ばせてもらっている。


 つまり、うちの店ではお客様は『お客様』であって『神様』ではないので、無体な要求や、先程のようなセクハラまがいの行為をする人にはご退場願っている。それでも、ルシアの料理の中毒性は客を手放すことはないため、客が減ることはなかった。


「ああいう人はそういった店にいけばいいんだけどね」


 ピヨちゃんが気絶したおっさんをくちばしで加えて、店舗の外へ放り出していく。一種の見せしめのようなものであるが、アレをやられた人間で二回目の来店をした根性のある奴は今のところいなかった。


 邪魔者が排除されたことでいつもの喧騒を取り戻した食堂は慌ただしくランチタイムに突入していった。

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