第90話 至福の時

「ツクルにーはんはホンマに働きすぎやわ。あんまり働き過ぎたらあかんよ」


 俺は緊急第二次改装を終えたことで、真っ白に燃え尽きていた。やり始めたら完成するまでのめり込んでしまうのが、やり込みゲーマーの性分であり、存在意義でもあるので、これだけはどうしようもなかったのである。


 そんな働きすぎな俺を心配したルシアが、お風呂場で完成祝いのリフレッシュイチャイチャタイムを提供してくれていた。この至福の時を得るためにピヨちゃんには事前に『神の手ゴッドハンドマッサージ』を施術しておいて違う世界にお散歩に行ってもらっている。なので、今はお風呂にルシアたんと二人きりなのだ。


 ルシアたんが一生懸命に背中を洗ってくれているのだが、いつもより心なしか距離感が近いため、背中にポヨン、ポヨンと何かが当たっていた。


 いつもなら、ここで『ファッーーー』ってなるのだが、今日の俺は屋敷の二次改装を終え、大人への階段を一歩昇ったことで至極冷静に事態の推移を見守ることができていた。


 背中に当たる感触の善きこと、善きこと……まさに極楽といったところか……。


「ツクルにーはん? うちの話ちゃんと聞いてます?」

「あ? え? ごめん、ごめんなんだっけ?」

「だから、あんまり根をつめてお仕事されるのは控えはってくださいねってことです。うちの大事な人がぽっくりと逝かれてしまったらと思うと、心がギューと痛くなってしまうのをツクルにーはんも知っておいて欲しいの」


 そう言ったルシアは背後からギュッと抱きついてきた。肌と肌が触れあいルシアの熱が俺の身体を温めていってくれる。あちらの世界で一人寂しくぽっくりと逝って、転生した先で出会った俺の運命の赤い糸の人。そんな運命の赤い糸の人は可愛くて、モフモフしてて、料理が上手くて、ちょっとだけ嫉妬心があるけど、心優しい狐娘だった。


「は、はい。以後気を付けます。ルシアを心配させることは致しません」

「ホンマに? うちはきっともの凄い心配性な性分なんだけど、ツクルにーはんは分かってはる?」

「無理、無茶、無謀は致しません」

「でも、一人で黙ってやるでしょ。そういう時はうちも必ず手伝わせてください。お願いだから……もう、一人になるのは耐えられないから……」


 背中に温かい滴が垂れてきた。多分、ルシアが泣いていると思われる。


「ああ、ごめんよ」


 しばらくの間、ルシアは俺の背中にしがみついて泣いたままだった。


「ヘクシ! ううぅ冷える」

「ご、ごめんなさい。うちのせいでツクルにーはんが風邪引いてしまうわ。今、流しますから一緒にお風呂で身体を温めましょう」

「あ、あ、はい」


 入浴用タオルを巻いたルシアに手を引かれて滝つぼのお風呂へ身を沈めることにした。風紀委員長からのお達しで入浴の際、男子は腰巻タオル、女子は胸元まで隠した入浴用タオルを着用することが混浴する際には義務付けられており、破ると風紀委員長からの容赦ない鉄槌が下ることになる。


 なので、キチンと装備を付けて入浴をしている。ピヨちゃんの会心率は俺に対してはなぜか100%近い発動率を記録しており、いつか必ず頭蓋骨を打ち抜かれそうな気がする。


「にーはん……」


 お湯に入ったルシアが俺の肩に頭を預けてきた。俺もちょっとだけ勇気を出してルシアの肩を抱き寄せていく。雲一つなく晴れた穏やかな青い空を見上げながら、好きな人と過ごせる時間を感じると人生が充足していくのを感じていた。しかし、この世界で一番大事なルシアとの時間を守るためには俺は頭のいかれた魔王からメンテナンス権を取り戻して、あの無能女神にしっかりとバグ取りをさせなきゃならなかった。


 それに今回魔王軍と本格的にやりあったことで、彼らも本腰を入れて俺達を潰しに来ると思われ、より一層の防衛能力を向上させなければならなかった。


 このルシアとの至福の時間を守るためなら、どんな手を使ってでも魔王からメンテナンス権を毟り取ってやる。


 こうして、ルシアとのイチャイチャタイムは終了するのかと思っていたら、サプライズなことが発生した。そのサプライズは、ピヨちゃんを目覚めさせて風呂から上がり、新しく作った寝室にて今現在、行われていた。


「ふぅーー」

「はぅうううん。らめぇええ。ルシア君、そこに息を吹きかけてはイカンよぉほおおぉおお」

「そうですか? ほら、ふぅうう。ツクルにーはんがビクン、ビクンしてカワイイわぁ~」

「あっ、あっ、ダメですからぁ。そこに息を吹きかけちゃダメェエエ!!」


 ベッドの上でルシアに膝枕されているのだが、只今、梵天付きの耳かきで絶賛耳掃除中だ。誰だい? 『お色気シーンキタあああぁあ』とか小躍りしていた者達は? これはKENZENな物語なのだよ。不埒な想像をした者にはピヨ大明神の天罰が下ると思いなさい。


 という訳で、ルシアが今俺の耳を優しく掃除してくれているのだ。だが、耳が弱い俺にとって耳に息を吹きかけられるのは、焦らされるのと同意義であった。


「だめです。ツクルにーはん。奥に大きなの見つけたから、うちが取らないとあかんのです」


 妙なやる気を出したルシアが耳かきを優しく扱いながら、ふんふんと鼻歌を歌いながら嬉しそうに耳かきを動かしていく。生まれてから耳掃除を他人にさせたことが無かった俺は、ルシアによって耳の穴を蹂躙される快感に堕ちてしまいそうになる。


 ファッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! いいのぅうう。お耳の奥が気持ちいいのぅううう。


 お風呂上がりでいい匂いをさせたルシアの膝に頭を預けて、すべてを委ねた形で横になっていた。自分の母親ですら触らせなかった場所を委ねたことで、より一層ルシアに傾倒していくのが自分でも理解できている。俺はもうルシアなしでは生きられない身体にされてしまっているのだ。


 そう思うとルシア成分を摂取するべく抵抗をやめて彼女にすべてを委ねることにした。


「じゃあ、お任せするけど。他人にさせるのは初めてだから優しくしてね」

「うちにお任せして、ツクルにーはんは寝ててもいいですよ~」


 お言葉に甘えて、寝ようとも思ったがルシアが喜んでいるようで、フサフサの尻尾が左右に振れていたのが目についた。そして、手持ち無沙汰であったため、つい魔が差して彼女の尻尾の毛繕いを始めてしまった。これが実に楽しいことで、尻尾の先の毛玉になりかけている毛を丹念に解きほぐして取り除くことを始めると楽しくてしょうがなかった。


「にーはん……尻尾弄る時は言うてやぁ~。ビクンってなったらにーはんの耳に穴が開いちゃいますよ」

「むぅ、それは困るが……毛玉とっていい? というか取らせてください」

「ふぅ、にーはんも好きですね。おかげでうちの尻尾はいつもフサフサですけど。でも、あんまり激しくしたら耳かきしてるからアカンよ」

「はい。鋭意奮闘努力いたします」


 こうして、俺はルシアにやさしく耳かきをしてもらいながら、彼女の尻尾の毛玉取りをひたすらに行い、至福の時を過ごしていくのであった。

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